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またもやジャンプ作者の性犯罪

今日8月8日(2020年)、『週刊少年ジャンプ』で連載中の『アクタージュ act-age』の原作者が「女子中学生への猥褻行為で逮捕」
というニュースですが、ただでさえ嫌悪すべき犯罪なのに、その加害者が”少年少女向けの漫画雑誌”で仕事をしているのですから、教師の性犯罪に似た胸糞悪さを感じます。
報道によると、マツキタツヤ容疑者は、路上を歩いていた女子中学生にそっと近づいて体を触って逃げるという下衆な行為を、少なくとも2度繰り返し、本人も概ねそれを認めているといいますから、擁護のしようもありません。連載の方も中止になることでしょう。
『ジャンプ』は看板に傷がついただけではなく、連載にも穴が開いたわけです。

ただ、”ジャンプ作者の性犯罪”というのは、そんなに驚くことでもありません。
02年には2度の未成年買春で『週刊少年ジャンプ』連載中だった島袋光年氏が逮捕されていますし、18年には『ジャンプスクエア』の和月伸宏氏が児童ポルノ禁止法(単純所持)で書類送検されたばかりです。
もちろん、連載も休止に追い込まれました。
マツキタツヤ容疑者だってそのことは知っているはずなのに、より悪質な強制猥褻に及ぶというのは、かなり異常です。おそらくは病気の類でしょう。
もちろんそれは減刑の要件にはなりませんけどね。

また、『アクタージュ』のファンが気になるのは、連載が再開されるか否かという点だと思われます。
島袋氏や和月氏は一定の期間を置いてから、別漫画を書き始めたり、連載が再開されたりしてますので、可能性はゼロではありません。
ちなみに、島袋氏は懲役2年・執行猶予4年という判決を受け、同じ集英社の他紙で復帰したのは逮捕から約2年後ですから、懲役の年数を謹慎期間としたのでしょう。
罰金20万円の判決の和月氏が連載中の作品を再スタートしたのは書類送検から約半年後ですが、児童ポルノの単純所持は「1年以下の懲役又は百万円以下の罰金」なので、集英社は半年くらいの謹慎期間が妥当と考えたのかもしれません。

そう考えると、「6月以上10年以下の懲役」が課せられる強制猥褻のマツキタツヤ容疑者は5年くらいの謹慎期間でしょうか。
ただ、島袋氏の連載作品は一度打ち切りになったあと、3年後に他紙で完結編として再開されましたけど、『アクタージュ』の場合はさらに長い期間を置かねばならないはずなので、ファンも関心が薄くなってしまうかもしれません。
もっとも、それはかなりましな方で、犯罪の悪質性からいうと、集英社は連載の完全な打ち切りだけではなく、既刊(単行本は12巻出てます)の絶版すら検討しているはずです。

私はマツキタツヤ容疑者の犯罪は絶対に許せないという立場ですが、絶版にも反対です。
白々しいいい方ですが、作品に罪はないと思うんです。
とはいえ、この『アクタージュ』が書店の棚や、オンラインの漫画販売サイトに、何事もなく並ぶのは、ちょっと受け入れられません。
販売するにしても何らかのレギュレーションをかける必要があるでしょう。

そして、もちろん連載だって、時間を置いた上で、少年誌以外であれば、再開していいと思います。
早目に再開したいというのであれば、同人誌という手もあるでしょう。
ファンのためにも完結させるのが義務というものです。
世間の理解を得るために(反感を抑えるため)、収益の多くを生活困窮家庭の子供たちに寄付するという手もあります。
マツキタツヤ容疑者はまだ若いのですから、罪を悔いて、新たな境地で活動を再開して欲しいものです。

また、その悔いるでいえば、『ジャンプ』の集英社は、過去の作者たちの性犯罪に対する処分が、正しかったのかどうか、もう一度よく考えてみるべきです。
少年少女が読む雑誌の作者が性犯罪で裁かれるということを軽視してきたようにしか思えません。
02年の島袋氏を集英社から追放し、2度と連載させないという厳しい姿勢を取るべきでした。
この3度目の事件は、泣いて馬謖を切らなかった結果です。
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日本で民主主義を揺るがしているのはマスコミ

先日行われた東京都知事選挙は、首都のリーダーを選ぶ戦いというのみならず、与野党対決という形になったため、全国ニュースでも大きく扱われ、国民の関心を集めていましたが、これが地方の知事選挙だと、普通はほとんど報じられないものです。
例外としては、大阪府(大坂都)や沖縄県(基地)のように大きな争点があったり、タレント候補がキャッチーな主張をしていたりなど、話題性があるときのみといっていいでしょう。

その意味でいうと、昨日7月12日に投開票が行われた2020鹿児島県知事選挙は、全国のひとびとの耳目をひく、興味深い争いだったと思うんです。
この選挙は初当選から4年の三反園訓県政を採点するというものでしたが、三反園知事というのは「脱原発」を大看板に掲げ、同じ考えの野党(当時の民進と社民)や反原発市民団体の支持を受けて当選しながら、それが遅々として進まないでいると、いつの間にかその看板を取り下げ、なんと今回の選挙では原発容認の与党(自民と公明)に推薦を要請したんです。
これだけでも鹿児島県民は呆れたでしょうけど、なんと三反園知事に裏切られた野党(立憲)が推薦したのが4年前に与党から支援を受けていた伊藤祐一郎元知事(三反園知事の前に3期)だったのですから唖然としてしまいます。
4年前の”脱”と”容認”が真逆になったわけです。
このわけのわからない状況に、多くの県民は呆れるのを通り越し、冷ややかな憤りに包まれたようです。

そしてその”どちらも嫌”という空気を受け、鹿児島県の心あるひとたちが目を付けたのが、鹿児島市出身の経産官僚で、内閣府地方創生推進室次や大臣官房審議官を務めたこともある塩田康一氏でした。
九州経済産業局長の任にあった塩田氏も割とすんなりそれを受け入れ、立候補を表明していますから、”いずれは”という思いもあったのかもしれません。
掲げたマニフェストも官僚らしくバランスのいいものでしたし(角が立たない)、原発については”脱”を維持しつつも、県民の声や専門家の意見を聞きながら柔軟に対応するという姿勢でした。

そして、選挙の結果、勝ったのはもちろん塩田候補でした。
22万2千票を集め、19万5千票の三反園候補(62歳)をなんとか振り切り、13万2千票の伊藤候補(72歳)とは大差をつけての勝利でしたけど、開票速報はなかなか白熱したものだったことでしょう。投票率は前回から7%ほども下がっていましたけどね…。
塩田候補の勝因は、経歴のよさと、思想的に偏らない政策、そして54歳という年齢だったようです。
一般的に地方の府県民が求めているのはこういうひとですよね。
これで人柄さえまともなら、県民の支持を集め、長く県政を担うことになるでしょう。

この2020鹿児島県知事選挙は、ようするに、4年前、マスコミや有識者や市民団体が煽った”脱原発”に浮かされた県民が、正気を取り戻したというだけのことだと思います。
三反園知事は脱原発以外の公約もなかなか実現できず、その手腕には常に疑問の声が付きまとっていました(人柄への批判や公職選挙法違反疑惑も)。
全国ネットで活躍していた有名な解説員(テレ朝、報道ステーション)が地元に帰ってきてくれて、流行の政策を叫んでいるからといって、それに乗せられてはいけないということを鹿児島のひとたちもよく学んだことでしょう。

…という具合に私はこの選挙を総括したのですが、これが共同通信の手によると、「自公推薦が敗れる 塩田氏初当選、「安倍離れ」進む」という見出しになるのですから、ちょっと理解に苦しみます。
自公が三反園候補を推薦していたのは事実ですが、塩田氏はそれが決まったあとに立候補し、彼も自公に推薦を要請するも断られたのですから(自公の判断は選挙の仁義ですね)、これはいわゆる保守分裂選挙ですし、そもそも鹿児島県民がこれを中央政治と結びつけていたとも思えません。
立憲推薦の伊藤候補が惨敗していることも含め、安倍離れも何もないはずです。
むしろ、塩田候補は内閣府や大臣官房で働いていたのですから、”現政権とのパイプ”というのを県民が期待した可能性すらあるんじゃないでしょうか。

それにしてもここ数年の共同通信は”誤報”が多すぎます。
最近も「日本が香港安全法に関する中国批判声明に参加しなかったことで欧米が失望」と書いていましたが、日本はG7外相会議で批判声明を出していますし、政府としても遺憾の意を示していますから、完全に国際社会とは足並みを揃えています。
また、一昨日も「合流協議を進めている立憲民主と国民民主は党名以外は折り合った」と書いて、両党党首がSNSですぐさま否定するということがありました(水面下では進めているそうです)。共同通信としては、安倍政権に対抗する勢力が結集しつつあるという雰囲気を醸成したかったのでしょう。

こうやって見てきてわかるのは、これは誤報ではなく、共同通信の願望ということです。
私もたまにブログでこういうことを書いて反省しますけど、共同通信といえばいくつもの新聞やテレビに記事を提供する日本最大手の通信社なのですから、事実を捻じ曲げながらの配信は、日本国民全体にとてつもない悪影響を及ぼしてしまいます。
特に地方紙なんかは共同通信の記事ばかりなのですから、地方に住む者としては、本当に気を付けて欲しい、というか本気で考えを改めて欲しいと思います。
恐ろしいことに、謝罪も訂正もしませんしね。

マスコミお得意のフレーズでいえば、これこそ「民主主義の根幹を揺るがす」行為ですぜ。
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梅の旬、梅干しの旬

父の日といえば6月の第3日曜ですが、今年(2020年)は最も遅い21日になるため、考える時間がたっぷりあったので、実家の父にはちょっと捻っていこうと思ったんですけど、逆に考え過ぎてまとまらず、結局、そこそこ定番だという”梅干し”にしました。
父も母もよく食べているので間違いありませんしね。
私ももちろん大好きです。小さい頃から祖母が作る梅干しばかりを食べていました。
ですから、我が家でも梅干しは買わなかったのですが、祖母が亡くなってからは、仕方なく買うようになってしまいました(祖母から作り方を伝授された叔にときおりもらうこともあります)。

それでもいまだに梅干しは祖母のものを思い出しますし、この6月の梅の旬の時期に小売店などで完熟のそれが大量に売っているのを見ると、なんだか嬉しくなってきます。
これを綺麗にしてから塩漬けして、梅雨明けの8月上旬には、いよいよ土用干しかあ、と想像するわけです。
晴天の下の梅漬けの鮮やかな紅色と、その匂いを思い出すと、よだれが出てきます。
梅の旬が6月ならば、梅干しの旬は8月といいたいものです。
食べ頃は10月11月からですけど。

ちなみに、いま「鮮やかな紅色」と書きましたけど、作り方によっては、このときの色は完熟梅の橙色のままかもしれません。
これは赤紫蘇を入れる順番の違いです。
土用干し前の塩漬けの途中で赤紫蘇を入れていれば紅に、入れていなければ橙のままというわけです。
橙のものも、そのあとの本漬けで赤紫蘇を入れる場合が多いわけですが、入れずにそのまま本漬けをする”白干し”の梅干しというのもあります。
紀州などではその白を際立たせたいがために”白梅の梅”を漬けるというのですから、さすがですね。

もっとも、個人的にはやはり赤紫蘇が欠かせません。
色だけではなく、赤紫蘇の香りや風味があってこその梅干しだと思います。
また、赤紫蘇は6月~7月が旬で、ちょうど梅漬けとタイミングが合うんです。京都に住んでいた頃は、7月の”大原の赤”にもわくわくしていました。
歴史的にいえば、赤紫蘇で梅干しを色付けするようになったのは江戸時代中期頃からのようですが、紫蘇には防腐作用もありますし、東洋医学的には様々な薬効があるといいますし、梅干しがさらなる高みに上ったといっていいでしょう。
梅干しは日本人が好む漬物ランキングでも常に上位に位置していますし、なんといっても白ご飯に乗せれば”日の丸”になりますから、梅干しは日本人の心の友です。
父にも真っ赤なやつを贈りました。

ただ、贈答用の梅干しって、ちょっと大きすぎませんか?
梅は大きさで等級が分かれているので仕方ないかもしれませんが、父は高齢なものですから、あんまり大きいのだと塩分が気になります。
小ぶりで艶のいいやつを漬けてくれた方がこっちとしてはありがたいんですけどね。
そういう需要、けっこうあるんじゃないでしょうか。
製造会社のみなさん、ぜひご検討を。

あっ、今年はもう間に合わないか!
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文書改竄問題、真実を知りたいのは一緒

私たちはつい最近、〈#検察庁法改正案に抗議します〉とやらいう胡散臭い運動のなかで、インターネット上で作られたフェイクニュースにマスコミが信用を与え、拡大させるという、民主主義にとって非常に危険な流れを見てきたわけですが、そこに良識あるひとたちからの批判がいくらあっても、一部のひとたちとマスコミはその手法を止めないようです。

今日6月15日(2020年)、いわゆる森友学園問題に絡む財務省の国有地売却に関する決裁文書改竄問題で自殺した近畿財務局職員・赤木俊夫さんの妻らが集めた”再調査要望署名”が内閣官房に届けられたとの報道がありました。
署名はこの3月27日~6月14日の間にインターネット上で募られ、数が35万件以上に達し、宛先は安倍晋三総理とのことです。
妻らは赤木さんが自殺に至った原因と経緯を「公正中立な第三者委員会によって調査して欲しい」と要望しているわけです。

ちなみに、改竄問題に関しては、内閣官房から財務省に対して徹底的に調査するよう指示があり、財務省はそれに従って調査を進め、理財局長だった佐川宣寿氏が絵を書き、財務省の一部がそれに従って改竄をしたことを認め、幹部ら20人ほどに懲戒処分が下されました。
また、大阪地検特捜部での捜査では、対象になっていた10人の職員はいずれも不起訴となり、その後開かれた検察審査会でも”起訴相当”とまではゆかず、”不起訴不当”からの検察の再捜査で再び不起訴との判断が下され、この一件は裁判には至りませんでした。
こういう結果になったのは、そもそも売却費が不当に安かったわけでもなく、文書の改竄された部分も間に立った(適法な範囲)議員秘書らの名前を消したにすぎず、罪に問うほどのものではないという判断だったといっていいでしょう。
財務省が忖度しすぎたというわけです。

そんな文書改竄問題のなかで、近畿財務局員としてそれに携わらざるを得なかった赤木さんは国会対応や検察の捜査などで、肉体的にも精神的にも疲弊し、自殺に追い込まれたと人事院が判断し、”公務災害”が認定されています。
人事院というのは国家公務員の人事を管理し、労働基本権を守るための行政官庁であり、内閣からも各省庁からも”独立”した機関なので、その判断は公正中立なもののはずですが、赤木さんの妻らは、その調査内容や情報の開示の範囲に不満があると述べると同時に、財務省内部での圧力や佐川宣寿氏によるパワーハラスメントが夫を追い込んだと主張し、今年の3月18日に国と佐川氏を相手取った損害賠償の民事訴訟を起こしているんです。

ここで誰だってあれっ?と思いますよね。
赤木さんの妻らはこの訴訟を起こした後に「公正中立な第三者委員会」を求める再調査要望署名を始めているんです。
いうまでもなく、裁判こそがまさにそれですし、第三者委員会なんていらないはずですよね?
私は赤木さんの奥さんに心から同情していますし、自殺の原因や経緯を知りたいという気持ちも理解できますし、もし自分が奥さんの立場ならば同じように思うはずです。
しかし、解決方法の選択は違います。
日本は法治国家なのですから、裁判でとことん戦うのが正しい道だと思います。

要望書の送り先である安倍総理もそれを受け入れず、裁判の行方を見守ることになるでしょう。
そういう判断ができなければ、法治国会の行政トップとしては失格です。
”情”に流されてはいけません。
しかし、そのとき、おそらくマスコミは「総理は要望書を拒否した」といって批判的に報じるに違いありません。
今日のニュースでも赤木さんの妻らが訴訟を起こしていることは黙っていましたし、”政府は一連の問題を終わらせようとしている”という印象操作といっていいでしょう。

こういった状況から、私はどうしても赤木さんの奥さんを全面的に支持する気にはなりません。
真実が知りたいのか、誰かを攻撃したいのか、わからないからです。
これは私の憶測ですが、悲嘆に暮れる奥さんを唆しているひとがいるのではないでしょうか?

この2月には武漢ウイルスの帰国者受け入れを担当していた職員が自殺をしていますが、その背景や経緯はよくわかっていませんし、官僚の自殺にはそういうケースが目立つので、それを徹底的に究明するには裁判しかありません。
ひとつの尊い命が失われるというだけではなく、官僚のひとたちは日本の宝ですから、それが不条理に壊されることが私には許せません。
官僚組織の体質に問題があるのだとしたら、それを改善すべきですし、それをするのは政治ではなく、官僚ひとりひとりの気概の持ちようだと思います。

それが真のエリートってものじゃないでしょうか。
仲間の死を見て、立ち上がって欲しいものです。
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八ッ橋訴訟と伝統の守り方

前回、京都の修学旅行のことを書いていたのに、ふれないのもおかしい話なので、今回は6月10日に京都地裁で判決が下った〈八ッ橋訴訟〉について少し書いてみることにします。

そもそもこの裁判がどういうものかといいますと、京都の老舗八ツ橋屋である〈聖護院八ッ橋総本店〉が「元禄2年(1689年)創業」と謳い、自分のところが最も古いといっているのを、これまた同じく老舗の〈井筒八ッ橋本舗〉が「その創業年が本当だという証拠はなく、消費者に聖護院が八ツ橋の考案者だと誤認させる」として、表示の差し止めと損害賠償を求めて18年に民事訴訟を起こしたんです。

我々一般人にしたら、聖護院はもう何十年も「元禄2年」といっているので、いまさら感があって戸惑うところなのですが、実は〈京都八ッ橋商工業協同組合〉のなかでは何十年も前から、その”起源”については議論の対象になっていたんです。
その起源は大きくわけて2つあって、ひとつは江戸時代初期に筝曲を完成させた八橋検校にちなんで、箏の形を模したお菓子を作ったという〈楽器説〉。
もうひとつは、『伊勢物語』東下りに出てくる「みかわの国八橋」から取ったという〈三河の橋説〉。
組合のなかでもひとつには定まっていませんし、それくらい八ッ橋というのは、いつどこで誰が作ったかわからないお菓子なのです。

ですから、各お店は互いの創業がいつかなどには目くじらを立ててこなかったのでしょうけど、ここ数年、アベノミクスによって外国人観光客が急増すると、創業年が有効なフレーバーテキストになってしまい、”最も古い”と自称する聖護院が優位に立ってしまったこと
で議論が過熱してきたようです。
そこで組合内で話し合いが持たれたものの、聖護院側が創業表示を取り下げることを頑なに拒んだため、訴訟という運びになったわけです。

そしてその裁判の結果はといいますと、京都地裁は請求を”棄却”、つまりこれで聖護院は元禄2年を謳い続けることが可能になったわけです(井筒側は控訴するようです)。
ただし、判決では元禄2年が正しいと認めたわけではなく、「それは江戸時代に創業したという認識を消費者にもたらす程度で、商品選択に影響を与えるほどのものではない」という判断を下しただけのことです。

しかし、私はこの判決に疑問を感じています。
たとえば、世界の一流ブランドで創業年を明記していないところはひとつといってありませんし、日本のインバウンドの主体である中国人は”老舗を好む”という専門家の分析もあるんです。
これは中国には100年以上の歴史のある企業が少ないためだといわれています。
それなのに「商品選択に影響を与えない」といえるのでしょうか?
日本には老舗が多いせいで、日本人は伝統の価値が見えなくなっているのかもしれません。
失ったり、奪われたりしたときに気づいても遅いんです。

もっとも、こと”日本人の消費者”に限っていえば、元禄2年は大した訴求力を持たないでしょう。
なにしろ、いまの八ッ橋の売れ筋は、昔ながらの焼いたタイプではなく、60年代から販売されるようになった生タイプです。
味の種類も伝統のニッキにこだわらず、抹茶だのチョコだの黒ゴマだのと豊富に揃え、そういう新商品開発力やパッケージのデザイン力などが商品選択に影響を与える時代になっているのです。

その”生八ッ橋”でいえば、本来のそれは八ッ橋を焼く前のでろんとした生地のことをいうはずなのに、一般的にイメージされるのは”生の生地で餡を包んだもの”になっていますよね。
「お土産に生八ッ橋を買ってきて」と頼まれて、生地だけのやつを持っていったら、余程の八ッ橋好き以外からはガッカリされるはずです。

そんな餡を包んだ生八ッ橋の始まりといわれているのが、あの有名な〈おたべ〉です。
京都の町で首振り舞妓の人形を見たことのあるひとも多いでしょう。あれです。
販売元である〈株式会社美十〉は1957年に八ッ橋製造に乗り込んでいった新参者でしたが、66年に〈おたべ〉が大ヒットして、老舗ひしめく業界で確固たる地位を築いたというのですから大したものです。
その後、他のお店でも餡を包んだものにそれぞれ名前を付けて販売し、主力商品となり、八ッ橋自体も他の土産お菓子との競争に打ち勝っているのですから、〈おたべ〉は八ッ橋の歴史を変えたといっていいでしょう。

革新こそが伝統を守る、とはこういうことをいうのだと思います。
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かつしき

Author:かつしき
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