分断と英雄の歴史

アメリカの南北戦争が”黒人奴隷解放”の是非を理由にしたものというよりも、農業地帯の南部と工業地帯の北部による経済的・社会的立場の違いだということは日本の我々も知っているくらいですが、当時の南部は綿花の輸出が主な産業だったので”自由貿易賛成”であり、逆に工業地帯の北部ではヨーロッパの優秀な製品が入ってきて欲しくないので”保護主義”を求めていたというのは、アメリカ合衆国の歴史が”分断”の上に成り立っていることを教えてくれているような気がします。
そしてその分断でいえば、現代でも形を変えて存続していることはいうまでもありません。
それがトランプ大統領の誕生によって顕在化したのか、顕在化してきたからトランプ大統領が誕生したのかはよくわかりませんが。

「我々は何もしないことから生じる損害と行動して発生するリスクとの間で決断しなければならない」
これは南北戦争で南軍側として指揮を振るったロバート・リー将軍の名言ですが、戦略的な意味というだけではなく、奴隷制に賛成というわけでもなかったリー将軍がバージニア州出身という”郷土愛”で南軍についたことを考えあわせると、とても深い言葉に思えます。
トランプ大統領というひとは、マスコミ不信からツイッターばかりを使って、その内容がしばしば批判を受けているわけですが、リー将軍にいわせれば”行動して発生するリスク”に寄り過ぎなのでしょう。

8月12日(2017年)にバージニア州シャーロッツビルで起きた白人至上主義者とそれに反対するグループによる衝突は、そのリー将軍の像を撤去するかどうかが発端だったわけですが、白人至上主義者のひとりが運転する車が反対派に突っ込み(理由はまだ不明)、1人の死者と複数の負傷者を出す惨事に繋がってしまいました。
それに対して、リベラル層とアメリカメディアは白人至上主義者たちを厳しく非難したのはいうまもでありません。
ところがトランプ大統領は、15日の記者会見で「双方に責任がある。オルト・レフト(反対派)も棍棒を持って突進していった」といってしまったのでさあ大変。
確かにデモ隊同士の衝突動画を観ると、反対派の方が圧倒的に数が多く、デモ行進している白人至上主義者たちの前に立ちふさがって、近づいて来たら殴り掛かっていますから、好戦的なのはどちらかといえば反対派でしょう。
しかし、それとは別の映像で、猛スピードの車が反対派に次々と轢いていったのは紛れまない事実です。
故意かどうかも、犯行動機もいまだわかっていませんが(18日現在)、はっきりとした映像が残っているだけに、観たひとは許せない気分になるはずです。

それなのにトランプ大統領は17日のツイッターで、「偉大なる我が国の歴史と文化が、美しい彫像や記念碑の撤去によって引き裂かれるのを見るのは悲しい」「歴史を変えることはできないが、そこから学ぶことはできる」と発言。
リー将軍も慌てふためくようなリスクチャレンジです。
ただ、アメリカ人ではない私からすれば、トランプ大統領のいっていることも一理あると思うんです。
彫像を撤去することで歴史が変わるわけではありません。
むしろ思想信条よりも郷土愛を取ったリー将軍の英雄的態度こそ私には”アメリカ人らしさ”に見えて仕方ありませんし、またそこにリンカーンが黒人奴隷を所有していた矛盾を合わせて考えると非常に興味深いものがあります。

アメリカ人はヒーローへの憧れが強すぎるのと同時に、誰かを飛び切りのヒーローにしたがる癖もあるのではないでしょうか?
リンカーンが”人種差別”に反対する真の解放者ならば、1950~60年代の公民権運動など起こらなかったはずです。
いまのアメリカでのリンカーンの評価は聖人君子すぎて、本人も草葉の陰で驚いているかもしれません。
もちろん、白人至上主義の象徴扱いになっているリー将軍も草葉の陰で激しく否定している思いますがね。
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8月15日の静けさのなかで

日本で最も厳粛な1日といえる8月15日、戦没者追悼式での天皇陛下のおことばは、毎年その静けさのなかで我々国民の胸に染み入るわけですが、退位特例法案が成立した今年平成29年(2017年)は特に感慨深いものがありました。
少なくともあと2~3年で、戦争の時代を生きた天皇から平和の時代に生まれた天皇へと御代がかわるのです。

「本日,「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり,全国戦没者追悼式に臨み,さきの大戦において,かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い,深い悲しみを新たにいたします。
終戦以来既に72年,国民のたゆみない努力により,今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが,苦難に満ちた往時をしのぶとき,感慨は今なお尽きることがありません。
ここに過去を顧み,深い反省とともに,今後,戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い,全国民と共に,戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対して,心から追悼の意を表し,世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。」
これは今年平成29年の今上陛下のおことばですが、その内容は平成元年から大きな違いはありませんし、締めの「全国民と共に,戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対して,心から追悼の意を表し,世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。」はほとんどかわっていません。
つまり、世界の平和と日本の発展を目指すことが戦没者の御霊を慰めることだと陛下はおっしゃっているのでしょう。

その”世界平和”といえば、8月15日が近づくと新聞やテレビは”反戦”という言葉とともにこれを大きく取り上げていますよね。
しかし、彼らは、どうすれば世界が平和になるのか、戦争が少なくなるのかはまったく語りません。
彼らが語るのは戦争の悲惨さのみといっていいでしょうし、もうひとつ加えれば、当時の日本がいかに悪かったかということです。
ようするに反戦ではなく、厭戦や嫌戦なのです。
しかし、厭うても嫌っても戦争はなくなりません。
むしろ、厭うことで引き起こされたのが第2次世界大戦なのです。

1938年、ドイツがチェコスロバキアに侵攻した際、イギリスとフランスは融和政策を取り、ドイツがチェコスロバキアのズデーテン地方を領有することを認めてしまいました。
これは第1次世界大戦で疲弊したイギリスとフランスの国民的厭戦気分が背景にあったと考えられています。
ドイツはそこに漬け込む形で次々と領土を拡張し、のっぴきならないところまできて、イギリスとフランスはようやく立ち上がったわけですが、もはや戦線は”大戦”という規模に膨らんでいました。
それを終わらせるためには、世界中が大きな犠牲を払わねばならなかったわけです。
当時のイギリスの首相、ウィンストン・チャーチルは回顧録のなかで、「ドイツを早目に叩き潰しておくべきだった」という後悔の言葉を綴っています。

いうまでもなく、厭う、嫌うというのはものごとから目を背けることです。
対して、”反戦=戦争に反対する”というのは、戦争を起こさせないようにすること、戦争が拡大しないようにすることなわけですから、常にそこと向き合ってゆかなければなりません。
そのためにも我々は過去を教訓にすべきなのです。
日本の大東亜戦争も、なぜ起きたのか、なぜ拡大したのかを学び・考えることが真の反戦であり、目を背けていては平和に繋がるはずはありません。

しかし、残念ながら日本の学校教育では、その”なぜ”を教えてくれませんし、マスメディアもそれを伝えようとしません。
彼らはただただ国民の目と耳を塞ぐのみです。
教えると戦前の日本が完全なる悪ではなかったことがバレてしまうからでしょう。
ですから、我々日本国民が真に平和を求めるためには、自ら学び・考える必要があるわけです。
8月15日の静けさは、それにもってこいです。
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中国の夢はAIに

中国の大手IT企業が開発し、ネット上に公開していたAI対話プログラムが、ユーザーとのやり取りのなかで「中国共産党は腐敗していて無能」と評し、習近平主席が唱える”中国の夢”についても「(中国人民の夢は)アメリカへの移住」という辛辣な答えを返したことで大きな話題となったそうですが、中国では共産党批判はご法度なので、当該企業は急遽サービスを停止したそうです(2017年8月2日香港紙『明報』)。

AI(人口知能)というと、日本では将棋や囲碁で「人間に勝った!」ことばかりが取りざたされますけど、本来は、あらゆる仕事、あらゆる日常の場面で人間の手助けをしてくれるシステムのことです。
それによる効率化は将来の人間社会を激変させると考えられていますし、この2017年現在でもすでにその兆しが見え始めていますから、もうすぐAIなしでは成り立たない世のなかがやってくるのでしょうね。
そのためにも、世界の国々や企業はAIの研究・開発に並々ならぬ意欲を持って取り組んでいるわけです。

今回の中国の企業もそういうAI研究の流れのなかでプログラムを公開し、ユーザーとの対話を通してよりプログラムを進化させようとしたのでしょうけど、AIは予想以上に正直でした。
いまのAIは自己学習する上に、ビッグデータと関連付けられることによって、ある種の真実が炙りだされてしまうのかもしれません。
中国のネットユーザーも直接的な共産党批判をしなくても、AIがユーザーとの対話のなかからそのニュアンスを汲み取っているのでしょうし、共産党が汚職の取り締まりに躍起になっているということも、その裏にある汚職の蔓延を見抜いているのだと思います。
そして、中国人の夢が「アメリカへの移住」というのも、共産党の幹部や富裕層が子供をアメリカに留学させ、財産もアメリカに移しているという事実があっての答えなのですから、かなり皮肉が効いていますよね。
AIにはそういう意識はないでしょうけど。
わざとだったら凄まじい進化です。

AIに喝破されたように、中国(中華人民共和国)というのは公平に見てかなり異常な国です。
なにしろ、国家の根幹たる憲法において、その前文に”中国共産党の指導の下に国がある”と高らかに掲げられているんです。
つまり、中国というのは中国国民のものではなく、中国共産党のものなんです。
ちなみに、軍隊に関しても憲法では「中央軍事委員会は、全国の武装力を指導する。」となっているんですけど、この中央軍事委員会は、主席以下共産党幹部で構成されているので、あの人民解放軍も事実上は共産党の私兵ということになります。
だから、天安門事件のときに学生たちを簡単に虐殺することができたのでしょう。

中国のネットは共産党の検閲がかかっていることで有名ですし、”天安門事件”という言葉の検索はできず、それを書きこめば即消去されることでも知られています(頻繁に書きこめば国家安全危害罪で逮捕されるかも)。
今回騒動を起こしたAIも、ネット上の教材は限定的なものになっているはずですけど、その検閲がなくなったときには何をいうのでしょうね?
いまですら中国人よりも勇気と知性があるというのに、そこに正義感が加わったら、人間の完敗です。

中国人は共産党よりもAIに支配されたいと望むかもしれませんね。
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飲酒と文化財と教育委員会

「品格のある方の入店をお断りします。当店では品格のない商品を取り扱っております。」

これは長野県・松本駅前のとある居酒屋が店の入り口に掲げた張り紙の一文ですが、もちろんこれはいまちょっとした話題になっている”松本城での飲酒禁止”に対する皮肉です。
この居酒屋さんは2014年から松本城公園で開催されている〈ビアフェス信州クラフトビールフェスティバルin松本〉に参加しているそうですが、城を管理する松本市教育委員会が「飲酒は松本城の品格に相応しくない」との指針を出したため、今年9月のイベントが中止になってしまったわけです。
しかも、市教育委員会はビールフェス実行委員会と事前に話し合いを持つわけでもなく、いきなり飲酒を否定するのですから、まさに騙し討ちといっていいでしょう。
いくら松本城が戦国時代の様式を残しているとはいえ、現代では乱暴すぎますぜ。

ちなみに、教育委員会が城の決まりに口を出すのはおかしいようですが、お城は文化財ですので、文化財保護法で規定されているように、その管理権限は市町村の教育委員会が有することになっています。
「文化財は国民共通の貴重な財産であり、一旦滅失・毀損すれば現状回復が不可能であるといった特性を踏まえて、開発行為との均衡を図る必要があることから、行政の中立性が強く要請される」との理由で教育委員会に委ねているそうです。
しかし、昨今ではその文化財を使って地域を活性化させることが盛んですから、”保護”だけではなく”利用”を考えねばならず、教育委員会だけではちょっと難しくなっているのかもしれませんね。

その文化財の文化でいえば、日本の文化のひとつであるお花見も毎年春に松本城で行われていて、そこでも酒類の販売を行っているんですけど、それも中止になっちゃうんでしょうか?
急にお酒がダメとなればイベントの形態自体が変わってしまうでしょうし、1999年から続くお花見イベントだけに、戸惑う市民や業者も多いと思います。
また、松本城には〈月見櫓〉という他の城にはあまりない特別な櫓があるんですけど、そこで江戸時代を彷彿とさせる月見の宴を開こう、なんて提案があったとしても、それも出来ないことになってしまいます。
とても品のいい催しになると思うのですけどね…。

私は松本城で飲酒トラブルがあったという話を聞いたことがありませんし、調べてみてもわかりませんでした。
ビールフェスで「飲酒後に本丸庭園や天守閣へは行かないように」と促しているせいかもしれません。
そのように市民が自主的に品よく楽しんでいるのに、「品格がない」と頭ごなしにいわれれば、居酒屋の亭主のようにヘソを曲げるというものです。
そうして、この問題にはかなりの数の批判が集まったようで、昨日8月1日にビールフェス実行員会と面会した市教育委員会は、「調整不足があった」といって、来年以降の開催を認める方向のようです。
ただ、”飲酒禁止”という指針は変更しないみたいです。

教育者と呼ばれるひとたちというのは、口では「話し合いが大切」といっても、やっていることは独善的なものです。
そして”謝る”ことも絶対にしません。
私は文化財の保護や利用というのは”議会”で決めるべきだと思います。
教育委員というのは「地方公共団体の長が、議会の同意を得て、任命する」(地方行政教育法)ことになっているように、有権者が選んだわけではないのです。
しかも、教育委員会での議論というのは公開されるわけではないので、”誰が提案して、どうやって決まったか”はまったくわかりません。
こういう組織が”無責任”になってしまうのは必然といっていいでしょう。

今回の一件は、お城での飲酒がいいのか悪いのかはもちろん、教育委員会がその是非を決めていいのかどうかを考えるべきですし、もっといえば教育委員会のあり方そのものを見直す機会にしたっていいはずです。
日本の教育委員会制度というのは、戦後にアメリカを真似て出来たものですが(アメリカからのお仕着せ)、本家とは大きな違いがあります。
日本では首長が委員を任命するのに対し、アメリカでは市民が直接選挙で委員を選ぶんです。
しかもアメリカの教育委員会には公聴会や審議会という制度があるので、委員は常に市民の目を気にせねばなりません。
そういう委員会で決定した指針ならば市民も従うのではないでしょうか。

ただ、市民に監視された委員は居酒屋で酔っぱらうこともできなくなるかもしれませんがね…。
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ロケットを飛ばしたあとのことを考える

日本の民間企業初ということでも、ライブドア事件で有名な堀江貴文さんが出資していたことでも注目されていた北海道大樹町の企業による宇宙ロケットですが、残念ながら宇宙に行くことなく、沖合に落ちてしまったとのことです。
このロケットは当初の予定では一昨日7月29日(2017年)に打ち上げるはずだったのですが、天候悪化によって昨日30日朝に延期され、そこでも技術的不具合があって午後4時半にずれ込んでいましたから、発射前からちょっと嫌な雰囲気だったといっていいでしょう。
地元漁業との兼ね合いもあって、これ以上延期が出来ないということも焦りを生んだ原因かもしれません。
ロケット開発は失敗が糧になるものですし(技術とデータの蓄積)、これからも頑張って欲しいですよね。

この北海道の企業も将来は小型衛星などを打ち上げる宇宙ビジネスを計画しているように、現在、”宇宙ビジネス”は世界的にも年々市場規模が拡大しています。
そのビジネスの代表的なものは、データを商品(気象、海水温など)にする観測衛星、携帯端末の普及により欠かせなくなったGPS衛星、そして通信衛星。
もちろんロケットの打ち上げそのものもビジネスです。

宇宙ビジネスは、日本でも海外でもこれまでは国が主導してきましたけど、技術の進歩によってロケットの打ち上げコストが下がってきた昨今では民間企業も続々と参入し始めています。
民間が関わるようになると、かゆいところに手が届くようなアイデアや遊び心が出てきて、事業もより広がりを見せるのは面白いところです。
まだまだ”夢”という名の段階かもしれませんが、イギリスの会社はすでに”宇宙旅行”のチケットを販売していますし(予定は17年以降)、日本でも”宇宙葬”だったり、”宇宙花火・人口流れ星”を計画している会社もあるそうです。
私などには、この宇宙ビジネスがどれだけ拡大し、今後どのような性格のものになってゆくのか見当もつきません。

ただ、ここで気になるのは”宇宙ゴミ=スペースデブリ”の問題です。
人類はこれまで約5000回の宇宙ロケットを打ち上げているわけですが、衛星を宇宙に運んだあとのロケットや、耐用年数切れの衛星は”ゴミ”として大量に宇宙空間を漂っているんです。
しかも、漂うといってももの凄いスピードですから、危険極まりありません。
宇宙船や国際宇宙ステーションに激突でもしたら大参事になってしまいますし、稼働中の人工衛星が破壊されれば大きな損失です。
”宇宙”というと広いようですけど、人類が利用している軌道というのはある程度定まったところですから、ロケットを打ち上げれば打ち上げるほどそこにゴミが溜まってゆき、衝突の危険性も少しずつ高まってゆきます。
実際、このスペースデブリの衝突によって人工衛星が破壊されたケースがいくつかありますし、国際宇宙ステーションにも小さな衝突痕があるそうです。
このスペースデブリ問題を放置したままでは、宇宙ビジネスもどこかで行き詰まることでしょう。

もちろん、宇宙開発をしている世界各国もこれを放置しているわけではなく、ロケットや人工衛星の残骸を大気圏に突入させて燃やしたり、そもそもゴミをあまり出さないような打ち上げをするというような努力も始まっています。
ただし、それらはあくまで”自主的”なものであり、スペースデブリを規制するしっかりしたルールも法律もないのが実情なんです。
いまのところ宇宙は”誰のものでもどこの国のものでもない”ということになっているので、ルール作りはとても難しいわけです。
確かに国連の宇宙空間平和利用委員会ではいくつかの協定や条約が発効されていますけど、内容が十分とはいえませんし、罰則規定がないので拘束力もどこまであるかわかりません。

それに対して、宇宙とは逆方向の地下資源開発は、多くの国では認可が必要です。
入札が行われ、競り落とした企業は国や自治体と正式な契約を結び、定められた方法で、定められた量を採掘し、ルール違反があれば当然罰が待っています。
宇宙ゴミではありませんが、環境汚染を引き起こせば、その保証が求められるわけです。
もし、認可も必要なく、環境も考慮せずに開発してよい、となったら、この地球はどうなるでしょう?
採掘地の奪い合いによる争い起こるでしょうし、結果と効率のみを追求した事業がその地域を荒廃させることは疑いありません。
実はこれはいまもアフリカの一部で起こっていることです。

現在の宇宙開発・宇宙ビジネスというのは、国も民間も”やったもん勝ち”というのが実情だと思います。
宇宙にルールがないことを喜んでいる国や企業もたくさんあるといってもいいでしょう。
私は日本がその一員になってしまうとしたらとても情けないことだと思いますけど、日本ではJAXAも民間も環境に配慮したロケット燃料を使っていますし、何よりも〈アストロスケール社〉という世界で唯一の”宇宙ゴミの除去を目的としたベンチャー企業”がこの日本にあるので、そんなに心配していません。

宇宙開発・宇宙ビジネスにおいて、日本はルールを作る側・守る側になって欲しいものです。
それにはいまが大切です。
技術やデータも蓄積が大事ならば、信頼も同じことですよね。
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かつしき

Author:かつしき
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