仮面総選挙

国政選挙は仁義なき戦いなどとも呼ばれ、候補者のなかには”当選するためにはなんでもする”という輩も数多くいるわけですが、この2017衆院選はそれを絵に描いたような見苦しい戦いが繰り広げられています。
いうまでもなく、その汚臭の元は民進党であり、それが希望の党や立憲民主党、無所属へと撒き散らされ、国民からすれば”政策論争”以前に”人間としてどうなのか?”という観点で政党と候補者を見比べなければならないのは、本当に辛いものがあります。

私の住む長野県でも、「改憲反対!安保法制反対!」と叫んでいた民進党の前議員が一夜にして小池百合子代表の”股をくぐり”保守派へと転向したのは私も大いに呆れましたし、ある前議員は希望の党と小池代表の人気が下がっているのを見て寸前で無所属に変更し、「私は信念を曲げない!」とドヤ顔をするのですから、見ているこっちが恥ずかしくなります。

もちろんこれは”議席を増やすためにはなんでもする”という小池代表も同じことです。
結党当初は「考え方の合わないひとは排除する」といっていたのに、それでは政権交代可能な233議席に足りないとなると、急に間口を広げ、有象無象を取り込むのですから、それまでの支持者からもそっぽを向かれるというものです。
選挙戦が進むにつれ、希望の党の情勢が芳しくないとなってくると、その有象無象のなかには小池代表に公然と反旗を翻す候補者もいて、香川1区から立候補している小川淳也氏などはHPに「憲法9条の改悪については明確に反対」と書いているのですから、仁義もへったくれもあったものじゃありません。

そんな希望の党と小池代表について、部分連携をしている日本維新の会の松井一郎代表は、「希望の党では踏み絵を踏んでいるのにそれを無視するむちゃくちゃな候補者が出てきている。小池さんのガバナンスの問題だが、希望の党は幹事長も政調会長もおらず、小池さんひとりでやっているので気の毒だ」(10月17日大阪府庁にて)という、エールとも嫌味とも取れる発言をしていました。
松井代表からすれば、希望の党と連携した当時は、”国政のキャスティングボードを握れるかもしれない”という期待があったのでしょうに、小池さん人気が失速したことと、小池さんから排除されたひとたちが作った立憲民主党が思わぬ強敵になってしまったことで、愚痴も出てきたのかもしれません。

もともと維新の会と小池さんは考え方が極めて近く、ひとつの塊になれば国政でも面白い存在になるはずでした。
しかし、小池さんが民進党のおかしな人間を大量に仲間にしてしまったことで、今後の維新と希望の連携の可能性は低くなってしまったといっていいでしょう。
小さな政府・規制緩和・自由競争といった理念を持つ新自由主義(維新の会は改革保守といっています)の政党が、ある程度の力を持ち、諸問題の議論を活発化させることは、日本の未来にとっても有用なことだと私は思います。

そしてまた新自由主義の勢力が存在感を発揮すれば、本当の”リベラル”もまた見えてくるはずなんです。
日本ではおかしなことに”リベラル=護憲””リベラル=軍事力放棄”という定義づけがされていますけど、もともとリベラルというのは”個人の自由や権利を大切にする立場”のことですから、憲法や軍隊とは関係ないんです。
たとえばリベラルの本場フランスではなんども憲法改正が行われていますし、海外での軍事力行使も必要ならば厭いません。
それはアメリカのリベラル・民主党でも同じことです(※”リベラルの夢”オバマ前大統領も海外派兵しています)。
ですから、日本でも、改憲派で自衛軍設立を目指しながら、大きな政府を志向し、社会の公平性や個人の権利を重視する政党や政治家がいれば、それは間違いなく”リベラル”なんです。

ところが日本の自称リベラルは、個人を守ることより、国家の力を削ぐことに熱心なのです。
私はそれはただの反体制、反権威だと思います。
民主主義国家というのは、その国に暮らす国民を守るものです。
その国家に力がなければ国民は守れません。
個人主義の国アメリカが、愛国者の国アメリカであるのは、それがわかっているからでしょう。

この2017衆院選挙では、リベラルの仮面を被ったり、保守の仮面を被ったりしている偽者がたくさんいますけど、我々は騙されないようにしたいですね。
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これほどまでに国民を愚弄する政党があったでしょうか

我々のお隣にある中国の正式名称は〈中華人民共和国〉であり、英語表記は〈People's Republic of China〉になりますが、私はこれを見聞きする度に失笑を禁じ得ません。
共和国=Republicというのは、国民が主権を持ち、特定の支配層(君主)がいない国家を意味するわけですが、中国はそこにさらに人民=Peopleを付け加え、より民主的であることを強調しているんです。
しかし、ご存知のように中国は共産党の独裁国家であり、一般国民は完全なる被支配層です。
まあ、中共からすれば、清朝や明朝のような皇帝がいないという意味で共和国を名乗っているのでしょうけど、客観的に見れば中国の国家主席は現代の皇帝にすぎません。
それを”人民共和国”などと自称するのは、民主主義や社会主義を愚弄する行為といえるでしょう。

そんな独裁国家・中国では、国民に選挙権がないのも有名です。
選挙というのはまさに民主主義です。
誰もが自由に自分の考えを述べることができ、誰もが自由に自分が賛成するひとに一票を投じることができる。
我々にとっては当たり前のことですが、独裁国家を見ていると、その当たり前のことがなんとも貴重に思えますよね。

私はそういう民主主義の信奉者なので、選挙では色んな主義主張を聞くのが好きですし、自分と異なる意見でもそれを頭ごなしに否定する気にもなりません。むしろそういう話を聞いている方が楽しくなってきます。
しかし、そんな私でも、矛盾したことばかりいっているひとや、意見をコロコロ変えるひとの話はまったく面白くありません。むしろ腹が立つばかりです。
その代表例はこの2017衆議院選挙の”民進党”です。
彼らは民主主義を愚弄しているとしかいいようがありません。

今選挙での民進党は、票が欲しさに小池百合子代表の希望の党への合流を画策し、一部の人間は小池さんから「考え方が違う」
といって断られると、「我々は信念を曲げない」とかいって新党を立ち上げました。
最初は小池さんに抱き付く気満々だったくせに。
そして、”信念を曲げて”希望の党に加わり、ほくそ笑んでいた連中も、小池さんの人気が下降してくると不満たらたら。
無節操な野合が原因のひとつでしょうに。

しかも、公示後の10月12日には民進党の小川敏夫参院議員会長が「民進党は不滅だ。希望の党に行ったひとも立憲民主に行ったひとも無所属のひとも選挙後に再結集すればいい」という手前勝手極まりない発言。
またこれに乗っかるような形で、13日には岡田克也元代表が「民進党に留まる」と宣言したかと思うと、野田佳彦元総理も「選挙後、また本当の仲間とやり直したい」といって民進党の再結集を呼びかける始末。
(※両者とも今回は無所属で出馬。)
報道によると、元民進候補たちのなかにはこれに期待する向きもあるというのですから、節操がないにもほどがあります。
このままでは有権者が”希望の党の○○候補(元民進)”に一票を投じ、それが受かったとしても、選挙後には素知らぬ顔で民進党に戻ってしまう可能性があるわけです。
これは”立憲民主党の○○候補(元民進)”にもいえることです。

この再結集論について、希望の党との合流を主導した民進党の前原誠司代表は「国民を愚弄する話だ」といって批判していましたけど、そもそも希望の党への”看板の掛け変え”自体が国民を愚弄していることを忘れてはなりません。
前原さんは民進党候補の全員が希望の党に受け入れてもらえなかったら「切腹する」と約束していたみたいですけど、この混乱の責任をどう取るつもりなのでしょうか?

とりあえず、我々国民は投票日までに自分のところの候補者が”元民進”かどうか調べておくことにしましょう!
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嘘つきで無責任なDNA

この10月10日に公示された2017衆議院選挙ですが、マスコミ各社が伝える選挙序盤の情勢調査によると、自民・公明の与党が堅調、希望の党は下落傾向、立憲民主党が躍進の見込みだそうです。
今選挙の目玉になるはずだった希望の党は、小池百合子代表が都政と国政を天秤にかけたことと、”排除の論理”をいいながらも考え方の違う旧民進党議員を大量に受け入れたことで、多くの国民の信用を失ってしまったというわけです。
逆に小池さんから排除された立憲民主党は「信念を曲げなかったひとたち」との評価を得ていると報じられているのですから、選挙の”風”というのは本当に面白いものです。

ただ、もちろんその”風”というのは自然に吹いているだけではなく、マスメディアが必至に扇いでいるという面も否定できません。
それは小池さんと希望の党を見ていればよくわかることです。
安倍政権嫌いのメディアは、9月に小池さんが新党を立ち上げ、民進党と合流することがわかると、小池さんを安倍政権打倒の救世主のように持て囃したものの、小池さんが民進党左派や民進党の主要メンバーらを受け入れないと明言すると、応援のチャントをブーイングに変え始めました。
マスメディアは民進党が小池新党を乗っ取って党勢を維持し、今後も日本の政治を混乱させることを期待していたのに、小池さんはそれを許さなかったので、”敵”として認定したわけです。
小池さんは”改憲派”ですからね。

その憲法でいえば、立憲民主党は〈立憲主義〉を標榜しているわけですが、立憲というのは”憲法に立脚する”ことを意味するのに関わらず、彼らが公約で謳うのは「憲法改悪反対」なのですから、これはいわゆる〈護憲〉にすぎません。
ではなぜ立憲民主党は正直に護憲民主党を名乗らないのか?
それは近年の世論調査で改憲賛成が反対を上回り、現実的な安全保障を鑑みても、「憲法改悪反対」などと叫んでいれば、あまりにも無責任だと国民が感じてしまうからです。
共産党や社民党のようなマイナー政党との差別化を図ったといってもいいでしょう。
真実でいえば、民進党の看板を掛け変えたのと同じく、護憲を立憲という耳障りのいい言葉で上塗りしたにすぎませんがね。

憲法を変えたくない立憲民主党は、国民の関心事である安全保障については、「安保法制は学識経験者から憲法違反の指摘がある」として、「領域警備法の制定と憲法の枠内での周辺事態法強化で主権を守る」といっていますけど、そもそもその周辺事態法だって「憲法違反だ」と批判している学識経験者の団体がありますし、立憲民主党と連携している共産党も同じ主張なんです。
私には立憲民主党の憲法解釈はご都合主義にしか見えません。

このように枝野幸男代表の立憲民主党は本当に無責任な政党です。
それは今回の選挙公約にもよく表れていて、そこには「保育士や介護職員などの給与引き上げ」、「赤字中小企業・小規模零細事業者に対する社会保険料負担の減免」、「児童手当・高校授業料無償化の所得制限廃止、大学授業料の減免」などといった夢のような話が並んでいますが、そのための”財源”をどうするかについては一切触れていないんです。
消費増税も凍結ですし、そもそも経済政策というものがありません。
名前を何度変えても民主党時代からの無責任体質がしっかり受け継がれているというわけです。

また、立憲民主党が「信念を曲げなかった」ように見えるのも、結果そうなっただけであり、その過程に紆余曲折があったことを忘れてはいけません。
枝野代表もその仲間たちも当初は希望の党への合流を了承していたんです。
小池さんが”安保法制賛成””憲法改正賛成”だということはずっと前からわかっていたわけですから、一度は”信念を曲げる”ことを受け入れているんです。
ところが、小池さんが考え方の違う人間とは一緒にやれないといい出したため、枝野代表は仕方なく新党を結成したにすぎません。
枝野代表とその仲間たちが本当に信念のひとならば、民進党の両院議員総会で前原代表の合流案を真向否定し、反対を明言したはずです。
その上で新党を立ち上げるのが本物です。

無責任で嘘つきなひとたちに騙されてはいけません。
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信州からのカッコいい刺客

希望の党の小池百合子代表といえば英語が堪能で、日本語での会話のなかでも聞き慣れない英単語を織り交ぜるようなお方ですから、和製英語は似合わないはずですけど、今日10月6日(2017年)に発表した衆院選の選挙公約のお題は〈ユリノミクス〉。
聞いているこっちが恥ずかしくなってきました。
しかもその3本の矢ならぬ12本のゼロがまた場当たり的で、
①原発ゼロ②隠ぺいゼロ③企業団体献金ゼロ④待機児童ゼロ⑤受動喫煙ゼロ⑥満員電車ゼロ⑦.ペット殺処分ゼロ⑧フードロスゼロ⑨ブラック企業ゼロ⑩花粉症ゼロ⑪移動困難者ゼロ⑫電柱ゼロ
どれも有権者の賛同を得られるような政策でしょうけど、国政と地方行政がごっちゃになっていますし、原発とペットが同レベルで語られることには違和感を禁じ得ません。
耳障りのいいフレーズを並べていたら公約を作っている側もわけがわからなくなってしまったのでしょう。

また、”隠ぺい”や”ブラック”でいえば、音喜多俊都議と上田令子都議が「都民ファーストの会は情報公開が徹底されてない」「小池知事空の圧力で自由に活動できない」「毎月21万円を党に上納しているが使い道を教えてもらえない」といった理由で都民ファーストから離党(10月5日)していましたけど、彼らの主張が本当ならば、小池さんはすでに公約を反故にしていることになります。
まあ、都議選からわずか3ヶ月で離党者を出すのですから、少なくてもリーダーシップは欠如しているということでしょうね。

音喜多議員たちの指摘以外にも、小池さんの希望の党は出だしから矛盾だらけです。
なにしろ、”保守の党”を自称しているくせに、つい先ごろまで「安保反対!」「改憲反対!」と叫んでいた民進党の議員を大量に引き受けているのですからね。
小池さんは9月29日の記者会見で「考え方が一致しないひとは排除する」という方向性を示していたものの、それだと政権交代=過半数獲得する候補者を立てらないとわかったのか、10月3日の1次公認では民進党の”転向組”が名を連ねているのですから、私もさすがに呆れてしまいました。
多くの国民が同じように思ったのではないでしょうか。
なんでもいいから数を揃えようというのは野合に他なりませんし、そんな形で国政を担っても上手くゆくはずがありません。
小池さんも民進党もあまりにも無責任です。

そしてその無責任でいえば、厚顔無恥な変節をしている民進党の前・元議員たちは、有権者や支持者にいったいどうやって説明しているのでしょう?
私の地元長野1区でも、民進党の篠原孝前議員が3日の公認発表後に行われた地元の会合で、支持者たちから希望の党ではなく無所属で出馬するよう強く要請されたとの報道がありました。
篠原さんはいわゆる左派であり、安保や憲法に対する考え方も小池さんとは180度違うので、その支持者だって希望の党に加わることに賛成するはずもありません。
篠原さんはその場ではどうするのか明言せず、支援者たちの声を「重く受け止める」といってその場を後にしたようです。

そして翌4日に開かれた民進党長野県連の記者会見で、篠原さんは希望の党の公認を”辞退”し、無所属で出馬すると発表。
「小池さんの靴は舐めない。私には政治家として歩んできた14年間の矜持がある!」
きりっとした表情でそう語る篠原さんの様子が全国ニュースにも流れていたかと思います。
しかし、こうして”筋を通した”篠原さんですが、その横には希望の党から出馬する民進党の”転向組”が並んでいたんですよね。
すごく居た堪れなかったと思います。
あんただけカッコつけるなよ!っていう声が聞こえてきそうでした。

そもそも篠原さんにそんな強い矜持があれば、29日に小池さんが「排除」をいってすぐに態度を鮮明にしてもよかったんです。
野田佳彦元総理や枝野幸男前議員などはすぐに諦めたじゃないですか。
それなのに篠原さんは最後まで決断を引っ張って、公認発表後に断ったのですから、「俺は最初からおかしいと思っていた!」みたいなことをいうのはあまりカッコよくありません。
他の民進党のひとたちに比べたらいくらか”まし”という程度なものです。

しかし、この”まし”が光輝いて見えるのですから、民進党と希望の党がどれだけ酷いかわかるというものです。
正論をまき散らす篠原さんは小池さんと希望の党にとっての最悪の刺客になるかもしれませんね。
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日本にリベラル政党ってあるのでしょうか?

希望の党の小池百合子代表が、民進党との合流について記者から「リベラル派をどうするのか?」と聞かれ、「排除する」と明言したことで、行き場をなくした民進党の枝野幸男代表代行が新党を立ち上げたのが昨日10月2日(2017年)。多くのマスコミはこの新党を「リベラルの受け皿」と呼んでいます。

それにしても、この〈リベラル〉という政治用語は日本ではいつ頃から一般的になったのでしょう?
たとえば、日本社会党(1945年-96年)は「リベラル政党」と呼ばれたことはなかったはずです。
おそらく、社会民主連合の田英夫氏が94年に〈新党護憲リベラル〉を結成したことが嚆矢であり、98年に”保守”の自民党に対抗する形で民主党が誕生した時に、マスコミや”進歩的”知識人がそれを「リベラル」と呼び始めたことで、少しずつ定着していったのだと思います。

しかし、私は日本の政治における”リベラル”というのがなんのかいまだによくわかりません。
リベラル(自由主義)がいうところの自由というのは、簡単にいうと”個人の自由”です。
国家や宗教、伝統的権威や価値観から「個人の権利を守ろう」という考え方です。
これはもちろんヨーロッパで生まれたものですが(18世紀)、その背景に王政とカトリックによる支配の強さがあったのはいうまでもありません。
そこには身分差という絶対的な格差があり、多くのひとびとは自由を制限されていたわけです。

もちろん、現代のヨーロッパは民主主義に染まり、そういう中世・近世的な格差はなくなりましたが、”キリスト教的価値観”と”階級差”と”人種格差”は残ったままです。
そして産業革命以降、”貧富の格差”も広がり続けています。
そういう伝統的価値観の押しつけや型にはまった社会制度から個人を守り、格差をなくそうとするのがリベラルといっていいでしょう。
ヨーロッパや、その属国として生まれたアメリカにリベラル政党が存在するのは、歴史的・社会的背景があるからです。

翻って我々の日本ではどうなのでしょう?
階級差や人種格差を感じることのあまりない国ですし、特定の宗教がひとびとの価値観や社会制度に強く影響を及ぼしているということもありません。
(※欧米で議論になる結婚制度や同性愛や中絶問題、死刑の是非などはキリスト教と関係があります。)
ですから私は「日本のリベラル政党」と聞いてもまったくピンとこないんです。
欧米と比べると、日本というのはずいぶんと”個人の自由”が守られた国です。
むろん、細かな格差や差別はあるでしょうし、貧富の格差だけは監視を怠ると広がり続けるので注意が必要ですけど、それらを現実的に是正してきたのは”保守”であるはzの自由民主党なのですから、自民党こそが日本のリベラルなのかもしれませんよね。
逆に日本でリベラルを自称する人間や団体は、自由を”自分勝手”と勘違いしていることが多いような気がします(民進党がまさにそれ)。

また、そのリベラルですが、世界的には社会主義や共産主義のことをリベラルとは呼びません。
ソヴィエト連邦や旧東欧諸国、中国やキューバや北朝鮮を見ればわかることです。
社会主義や共産主義が生むのは個人を抑圧する独裁国家です。
ですから、枝野新党や共産党をリベラルと呼ぶのは間違いなのです。
正しくは左翼や革新、極左です。
もちろん、彼らが目指す先には”個人の自由”はありません。
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かつしき

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