希望の党は改革保守を貫いて

「寛容な改革保守を目指す」といって、9月27日(2017年)に華々しく結党された小池百合子代表の〈希望の党〉ですが、10月22日投開票の衆院選では235人の候補者のうち50人しか当選しないという大惨敗を喫し、早くも党内から「解党」を促すような声まで上がっているというのですから、政治の世界では一寸先は闇ですね。
しかも当選した50人の47人が”元民進党”であり、そのうち”改革保守”と呼べる議員はほとんどおらず、”バッジを付けられるのだったら信念はいつでも曲げる”という議員ばかりなのですから、党としての性格も今後どうなるかはまったくわかりません。

今日10月27日、両院議員総会を開いた希望の党は、懸案だった国会議員団代表(共同代表)を誰にするか話し合ったものの、結局それは置かずに、当面は大島敦議員(前民進党幹事長)に幹事長と政調会長を任せ、11月末に共同代表選挙を行う方針とのことです。
首班指名には「当選回数が最も多い」という理由で渡辺周議員の名前を書くことを決めたといいますけど、なんとも消極的ですね。
おそらく、全ては合流が内定している前原誠司・民進党代表と玄葉光一郎議員が加わってからということなのでしょう。

衆院選の惨敗によって小池百合子代表の影響力が低下し、結党メンバーの多くが落選したことで、希望の党の”民進党色”が一層強くなってきているせいか、「寛容な改革保守」という方向性はほとんど聞こえてきません(長島昭久議員くらい)。
玉木雄一郎議員ら元民進たちが口を揃えていうのは「自民党に代る選択肢」です。
そのためには「野党が一塊にならなければならない」と彼らはいう。
そこに”党の理念”はありません。
あるのは”我欲”だけです。
政権を取ったら、日本と日本国民がどれだけ安全で豊かになるのかというビジョンがまったくないんです。
そう、かつての民主党政権のように。

このままでは希望の党の先細りは火を見るより明らかです。
ここはまず”寛容な改革保守”という原点に立ち返るべきです。
選挙では、小池代表が”初の女性総理”という野望によって判断を過ち、自民党の票を削るために考え方の違う元民進党の人間を多数受け入れ、性格のぼやけた党になってしまったばかりか、元民進党の無節操さが党のイメージを酷く下げてしまいました。
敗戦後、当初の予定通り希望の党の乗っ取りを進める元民進たちは、党を自分たちの色に染めようと企てていますけど、ここは小池代表が得意のワンマンぶりを発揮して、強引に”改革保守”へと舵を切るしかありません。

ライバルである立憲民主党は、”左翼”を”リベラル”といってごまかしながらも、自分たちのアイデンティティを鮮明にしたために、選挙で躍進を遂げたわけです。
選挙後に立民の枝野幸男代表は「野党再編をするつもりはない。立憲民主党の理念に賛同いただいて、党が大きくなっていくということを目指す」といって野合を否定しています。
希望の党もその方向性で行くべきです。

安倍晋三総理が政権を取った2012年以降、ほとんどの野党が党勢を衰えさせ、なかにはみんなの党のように解党してしまったところすらあります。
その理由は”野合”なんです。
たとえば、橋下徹さんと松井一郎さんの日本維新の会は石原慎太郎さんの太陽の党と合流し(松野頼久氏ら民主党の一部も)、2012年の衆院選では54議席を得ましたけど、路線対立から内部はギクシャクし、2014年に維新グループが江田憲司さんの結いの党との合流を模索すると、結いの党とは考え方の違う石原グループが離脱して分党。
そうして結いの党と合流した日本維新の会は維新の党へと名を改めたものの、有権者は維新がごちゃごちゃするのを好ましく思わず、2014年の衆院選では41議席(←42)と微減。
そこに翌年に行われた〈大阪都構想の住民投票〉で敗れた橋下徹市長が政治家引退を表明すると、維新の党はすっかり勢いがなくなってしまいます。
それで橋下さんを見限った旧民主と旧結いグループは、民主党にすり寄り、維新の党は分裂。

すったもんだの末に元の形に落ち着いた松井一郎代表・橋下徹最高顧問の日本維新の会は衆院14人の小規模政党となり、この2017衆院選では11人に。
野合、乗っ取り、分裂、先細り。
絵に描いたような転落劇でした。
最初の〈大阪維新〉の頃の志を貫いていたら、いまごろどうなっていたのかと夢想してしまいます。
維新は保守寄りの現実に即した効率的な国家・社会を目指す改革政党のせいか、改革に消極的な真保守政党とも、左派の改革政党とも肌が合わなかったわけです。
合うとしたら”改革保守”でしょうね。
私は希望と維新は一緒になるべきだと思います。

一足飛びに政権交代を狙うのではなく、純化路線で強くまとまった方が国民の信頼を得られますし、自民党との連立という可能性もあるわけですから、目先の欲に惑わされないことです。
しがらみのない改革が必要だと思っている日本人は多いと思いますし、それを前面に押し出して、「宗教左派か我々か!」と有権者に問うのも面白いでしょう。

とにかく改革保守です。
希望の党も、獣医師会とべったりの、既得権の代弁者のような人間を代表に選らんだら、そこでお終いですぜ。
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小池代表の失言選挙

〈ガラスの天井〉。
この言葉は女性解放運動や公民権運動を経た80年代のアメリカで、女性やマイノリティの社会進出が一般化しながらも、なかなか社会の中枢で活躍できない状況を指して、「まるで見えない障壁があるようだ」という比喩で生まれたものです。
社会全体にある潜在的な差別や区別の意識といっていいでしょう。

これはいまなお世界中に残っているといわれていますが、改善されているのもまた事実です。
一昔前まではほとんどいなかった女性やマイノリティの政治指導者は珍しいものではありませんし、それは大企業の経営者も同じことです。
アメリカのオバマ前大統領、ドイツのメルケル首相、IMFのクリスティーヌ・ラガルド専務理事、ゲイであることを告白したアップルのティム・クック氏、Facebookのシェリル・サンドバーグ氏、インド系アメリカ人(女性)であるペプシコーラのインドラ・ヌーイ氏などなど。
欧米では〈ガラスの天井〉ももはや過去のもののように見えます。

そのもうひとつの証拠といってはなんですが、昨年(2016年)のアメリカ大統領選挙に敗れたヒラリー・クリントン氏は、敗戦の弁のなかで「ガラスの天井を破れなかった」といって、”アメリカ国民が女性大統領を受け入れてくれなかった”と暗に示唆していましたけど、国民の側はその認識に否定的でした。
「ヒラリーが女性だから嫌なのではなく、ヒラリーが嫌なのだ」という意見が多かったわけです。
むしろ、敗戦の原因を直視せず、女性であることを理由にしてしまっために余計に嫌われてしまったといってもいいでしょう。

これと同じようなことをしてしまったのが、この2017衆院選挙で惨敗を喫した希望の党の小池百合子代表です。
都知事として出張中のパリで選挙結果を見守った小池氏は、「都知事選や都議選でガラスの天井を破ったと思ったら鉄の天井があった」といって、敗因を”女性進出を阻む日本社会の狭量さ”だと述べていたのです。
このような敗因分析は希望の党の議員のなからも聞こえてきませんし、マスコミもいっていませんし、ネット世論などでも聞いたことがありません。
いっているのは”小池さんただひとり”です。

希望の党の敗因としてよくいわれるのは、小池さんが民進党左派を「排除」したことですけど、小池さんはそのことを「言葉選びを注意すべきだった」と反省はしていたものの、大きな理由だとは思っていないようですね。
小池さんにしたら、”考え方の違うひととは一緒にやれない”という至極まっとうなことをいったのに、マスコミがそれを”失言”だといって煽ったことへの憤りもあるかもしれません。
私個人は、小池さんの”失言”は「政権交代」を掲げたことだと思っています。
手持ちの駒もおらず、民進党からも人間を選別してしまったら衆院の過半数を取れるわけがないのに、なぜそれをいってしまったのか本当に疑問です。
選挙後に小池さん本人がいっていたように、「知事選・都議選の大勝で自分自身に驕りがあった」のかもしれませんね。
普通に考えれば、今選挙は”改革保守”としての地盤を固める戦い方をすべきでした。
”日本初の女性総理”という野望が勝負勘を鈍らせてしまったのでしょう。

また、今後のことを考えれば負けた後の態度というのも大事になるはずですけど、パリに出張中というのもまるで負け戦から逃げたようですし、そこでの「鉄の天井」もトンチンカンないい訳でした。
しかも、この「鉄の天井」は、国際会議のイベントでキャロライン・ケネディ前駐日米大使と対談をしているなかでの言葉ですから、世界中に配信されてしまった可能性があるんです。
小池さんが意図したかどうかに関わらず、”日本の有権者は女性に差別的だ”と世界に喧伝したに等しいわけです。
ですが、この選挙で「小池さんが女性だから嫌だ」と思った有権者はそんなにたくさんいたのでしょうか?
「小池さんが嫌いだ」というひとは多そうでしたけど。
「鉄の天井」は、日本と日本人を貶めるとんでもない失言だと思いますぜ。

失言で始まった選挙は失言で終わり、その失言で小池百合子氏の政治家生命も終わってしまうかもしれませんね。
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2017衆院選、国民は安倍内閣を信任

小池百合子都知事の野望と民進党の我欲によって引っ掻き回された2017衆院選挙は、10月22日に投開票が
行われ、自公連立政権が313議席(全465)を獲得する圧勝に終わりました。

野党では小池氏に排除された左翼が結集した立憲民主党が55議席(公示前15)。
当初は主役になるはずだった希望の党は「政権を取りに行く」といって235人の候補者を立てながらわずか50議席(←57)。
反安倍票を立憲民主に奪われた共産党は12議席と惨敗(←21)。
希望の党と部分連携したことでイメージを下げた維新の会は11議席と苦戦。
社民党は2議席を死守。
選挙戦では中野正志代表の物怖じしない発言が面白かった日本のこころは0議席(←0)で、得票率でも政党要件を満たすことができませんでした。

今回の選挙は定数削減によって改選数が475→465に減りましたけど、そんななかでも自民党は公示前の284議席を守り、公明党は34→29に減ったものの与党で衆院の3分の2を占めましたから、これで参院で否決された法案を再可決と改憲発議が可能となる議席数を維持することになったわけです。
”安倍政権が有権者からの信任を得た”と断言できる結果といっていいでしょう。
維新の会の松井一郎代表もそのように認めていましたけど、潔い敗者の弁でした。
また、今選挙のひとつのテーマであった”改憲”でいうと、希望と維新もそれに賛成しているので、”改憲勢力”という意味では5分の4もの大多数派となり、有権者が議論を前に進めることのゴーサインを出したと受け止めるのが自然です。

ところが、テレビ新聞といったマスメディアは「安倍内閣を批判した立憲民主党が躍進したのだから国民は安倍内閣を信任していない!」とかいうわけのわからないことをいって、”与党大勝”という現実を見ようとしません。
それは負けたはずの左翼野党も同じことで、立憲民主も共産も社民も「草の根からの多くの支持があった」とか「市民と野党の
共闘は成功した」とかいって、まるで反安倍の機運が高まったかのような強弁をしているのですからいったい彼らはどんなパラレルワールドに住んでいるのでしょう?

立憲民主党は確かに物凄い躍進をしましたけど、獲得したのは55議席に過ぎませんし、共産党は半分近い議席を落としたのです。
自公がほぼ勢力を減らしていないことからわかるように、立憲民主の議席というのは、共産党支持層が流れたのと、ちょっと前まで仲間だった希望の党公認候補と無所属(近年の野党の離合集散から漏れたひとたち)の票を奪ったにすぎません。
つまりは野党のなかでの争いであり、コップのなかの争いなんです。
その野党のなかで左翼が躍進しただけのことです。

しかし、民進党の一部が希望の党という保守に転向したせいで、左翼勢力全体としては弱体化してしまったのですから、立憲民主と共産にとってのこの選挙は”終わりの始まり”を意味しています。
なにしろ彼らには”政権構想”というものがありません。
この選挙でも政権を担うための具体的な政策論争などはせず、安倍批判を戦術の中心に据えていましたし、今後の国会審議でも間違いなくその方向で行くはずです。
ようするにかつての社会党と同じ”反対だけの野党”なのです。
行末も社会党と同じになるのは目に見えています。

立憲民主党のひとたちは「民主主義が大切だ」といいつつ、大多数の有権者が選んだ結果を軽視し、「立憲主義が大切」といいつつ、実際には護憲主義で、現実や時代に合わない憲法であっても国民は無理矢理そこに立脚しろという。
「解散権の乱用は許されない!」というのだったら憲法に解散権を制限する条文を加えるべきでうすし、「自衛隊が地球の裏側の戦争に行きかねない!」というのだったら憲法に活動範囲を書き加えればいい。
政治の仕事というのは”国民のためのルール作り”なんです。
それをせずに「無茶でもルールに従え!」と叫び続けるのは責任放棄です。

反対だけの野党=無責任野党。
我々はこのことを忘れないようにして、真に役立つ野党が増えることを祈ろうではありませんか。
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仮面総選挙

国政選挙は仁義なき戦いなどとも呼ばれ、候補者のなかには”当選するためにはなんでもする”という輩も数多くいるわけですが、この2017衆院選はそれを絵に描いたような見苦しい戦いが繰り広げられています。
いうまでもなく、その汚臭の元は民進党であり、それが希望の党や立憲民主党、無所属へと撒き散らされ、国民からすれば”政策論争”以前に”人間としてどうなのか?”という観点で政党と候補者を見比べなければならないのは、本当に辛いものがあります。

私の住む長野県でも、「改憲反対!安保法制反対!」と叫んでいた民進党の前議員が一夜にして小池百合子代表の”股をくぐり”保守派へと転向したのは私も大いに呆れましたし、ある前議員は希望の党と小池代表の人気が下がっているのを見て寸前で無所属に変更し、「私は信念を曲げない!」とドヤ顔をするのですから、見ているこっちが恥ずかしくなります。

もちろんこれは”議席を増やすためにはなんでもする”という小池代表も同じことです。
結党当初は「考え方の合わないひとは排除する」といっていたのに、それでは政権交代可能な233議席に足りないとなると、急に間口を広げ、有象無象を取り込むのですから、それまでの支持者からもそっぽを向かれるというものです。
選挙戦が進むにつれ、希望の党の情勢が芳しくないとなってくると、その有象無象のなかには小池代表に公然と反旗を翻す候補者もいて、香川1区から立候補している小川淳也氏などはHPに「憲法9条の改悪については明確に反対」と書いているのですから、仁義もへったくれもあったものじゃありません。

そんな希望の党と小池代表について、部分連携をしている日本維新の会の松井一郎代表は、「希望の党では踏み絵を踏んでいるのにそれを無視するむちゃくちゃな候補者が出てきている。小池さんのガバナンスの問題だが、希望の党は幹事長も政調会長もおらず、小池さんひとりでやっているので気の毒だ」(10月17日大阪府庁にて)という、エールとも嫌味とも取れる発言をしていました。
松井代表からすれば、希望の党と連携した当時は、”国政のキャスティングボードを握れるかもしれない”という期待があったのでしょうに、小池さん人気が失速したことと、小池さんから排除されたひとたちが作った立憲民主党が思わぬ強敵になってしまったことで、愚痴も出てきたのかもしれません。

もともと維新の会と小池さんは考え方が極めて近く、ひとつの塊になれば国政でも面白い存在になるはずでした。
しかし、小池さんが民進党のおかしな人間を大量に仲間にしてしまったことで、今後の維新と希望の連携の可能性は低くなってしまったといっていいでしょう。
小さな政府・規制緩和・自由競争といった理念を持つ新自由主義(維新の会は改革保守といっています)の政党が、ある程度の力を持ち、諸問題の議論を活発化させることは、日本の未来にとっても有用なことだと私は思います。

そしてまた新自由主義の勢力が存在感を発揮すれば、本当の”リベラル”もまた見えてくるはずなんです。
日本ではおかしなことに”リベラル=護憲””リベラル=軍事力放棄”という定義づけがされていますけど、もともとリベラルというのは”個人の自由や権利を大切にする立場”のことですから、憲法や軍隊とは関係ないんです。
たとえばリベラルの本場フランスではなんども憲法改正が行われていますし、海外での軍事力行使も必要ならば厭いません。
それはアメリカのリベラル・民主党でも同じことです(※”リベラルの夢”オバマ前大統領も海外派兵しています)。
ですから、日本でも、改憲派で自衛軍設立を目指しながら、大きな政府を志向し、社会の公平性や個人の権利を重視する政党や政治家がいれば、それは間違いなく”リベラル”なんです。

ところが日本の自称リベラルは、個人を守ることより、国家の力を削ぐことに熱心なのです。
私はそれはただの反体制、反権威だと思います。
民主主義国家というのは、その国に暮らす国民を守るものです。
その国家に力がなければ国民は守れません。
個人主義の国アメリカが、愛国者の国アメリカであるのは、それがわかっているからでしょう。

この2017衆院選挙では、リベラルの仮面を被ったり、保守の仮面を被ったりしている偽者がたくさんいますけど、我々は騙されないようにしたいですね。
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これほどまでに国民を愚弄する政党があったでしょうか

我々のお隣にある中国の正式名称は〈中華人民共和国〉であり、英語表記は〈People's Republic of China〉になりますが、私はこれを見聞きする度に失笑を禁じ得ません。
共和国=Republicというのは、国民が主権を持ち、特定の支配層(君主)がいない国家を意味するわけですが、中国はそこにさらに人民=Peopleを付け加え、より民主的であることを強調しているんです。
しかし、ご存知のように中国は共産党の独裁国家であり、一般国民は完全なる被支配層です。
まあ、中共からすれば、清朝や明朝のような皇帝がいないという意味で共和国を名乗っているのでしょうけど、客観的に見れば中国の国家主席は現代の皇帝にすぎません。
それを”人民共和国”などと自称するのは、民主主義や社会主義を愚弄する行為といえるでしょう。

そんな独裁国家・中国では、国民に選挙権がないのも有名です。
選挙というのはまさに民主主義です。
誰もが自由に自分の考えを述べることができ、誰もが自由に自分が賛成するひとに一票を投じることができる。
我々にとっては当たり前のことですが、独裁国家を見ていると、その当たり前のことがなんとも貴重に思えますよね。

私はそういう民主主義の信奉者なので、選挙では色んな主義主張を聞くのが好きですし、自分と異なる意見でもそれを頭ごなしに否定する気にもなりません。むしろそういう話を聞いている方が楽しくなってきます。
しかし、そんな私でも、矛盾したことばかりいっているひとや、意見をコロコロ変えるひとの話はまったく面白くありません。むしろ腹が立つばかりです。
その代表例はこの2017衆議院選挙の”民進党”です。
彼らは民主主義を愚弄しているとしかいいようがありません。

今選挙での民進党は、票が欲しさに小池百合子代表の希望の党への合流を画策し、一部の人間は小池さんから「考え方が違う」
といって断られると、「我々は信念を曲げない」とかいって新党を立ち上げました。
最初は小池さんに抱き付く気満々だったくせに。
そして、”信念を曲げて”希望の党に加わり、ほくそ笑んでいた連中も、小池さんの人気が下降してくると不満たらたら。
無節操な野合が原因のひとつでしょうに。

しかも、公示後の10月12日には民進党の小川敏夫参院議員会長が「民進党は不滅だ。希望の党に行ったひとも立憲民主に行ったひとも無所属のひとも選挙後に再結集すればいい」という手前勝手極まりない発言。
またこれに乗っかるような形で、13日には岡田克也元代表が「民進党に留まる」と宣言したかと思うと、野田佳彦元総理も「選挙後、また本当の仲間とやり直したい」といって民進党の再結集を呼びかける始末。
(※両者とも今回は無所属で出馬。)
報道によると、元民進候補たちのなかにはこれに期待する向きもあるというのですから、節操がないにもほどがあります。
このままでは有権者が”希望の党の○○候補(元民進)”に一票を投じ、それが受かったとしても、選挙後には素知らぬ顔で民進党に戻ってしまう可能性があるわけです。
これは”立憲民主党の○○候補(元民進)”にもいえることです。

この再結集論について、希望の党との合流を主導した民進党の前原誠司代表は「国民を愚弄する話だ」といって批判していましたけど、そもそも希望の党への”看板の掛け変え”自体が国民を愚弄していることを忘れてはなりません。
前原さんは民進党候補の全員が希望の党に受け入れてもらえなかったら「切腹する」と約束していたみたいですけど、この混乱の責任をどう取るつもりなのでしょうか?

とりあえず、我々国民は投票日までに自分のところの候補者が”元民進”かどうか調べておくことにしましょう!
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