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阿炎は親方になれるかな

相撲協会が武漢ウイルス対策として設けたガイドラインを無視し、7月場所中(令和2年)に何度もキャバクラに通っていたことばバレた阿炎は、師匠である錣山親方から場所を途中休場させられ、場所後に協会からの処分を待つ身でしたが、その前に自ら引退届を提出したという報道が、昨日8月5日にありました。
キャバクラで飲むくらいは去年の今頃は多くの力士がやっていたでしょうし、今現在だって刑法に違反しているわけではありませんから、引退届というのはさすがにやり過ぎとしか思えません。
協会がそれを受理しないと踏んでの”反省のポーズ”だと感じたのは私だけではないはずです。

そして今日6日、協会が下した処分は、引退届を”預かり”とした上での3場所出場停止+報酬減50%×3ヶ月”というものでした。
錣山親方も監督責任を問われ、報酬減20%×6ヶ月です。
この処分が甘いか厳しいかは意見の分かれるところでしょうし、私にもなんともいえませんが、ひとつだけいるのは、場所前ではあるものの(協会調べ)同じくガイドラインに違反し、飲食店で泥酔していた田子ノ浦親方が”けん責”という7段階ある懲戒で最も軽い処分、事実上の御咎めなしだったことと比べると、あまりに扱いに差があるということです。
2年前の春場所を制した白鵬が、優勝インタビューでのファンサービスで三本締めをしたときが同じくけん責でしたから、ガイドライン違反の重さというのがよくわかりません。

そもそも相撲協会の処分の懲戒規定は曖昧なものでしかなく、過去にも力士がなにかやらかしたあとに、後付けで処分を下したことが何度もありました。
しかも、力士によって処分に差があったり、世論の反応によって違いが出たりするのでもうメチャクチャです。
たとえば、協会は1985年から力士の自動車運転を内規で禁止していますけど、その後90年代から00年代に内規違反した上に交通事故を起こした関取が3人いたのに、それぞれ処分は”厳重注意””自宅謹慎(1場所出場辞退)””1場所出場停止”とバラバラなんです。

また、この内規違反+事故というのは、阿炎のガイドライン違反と比べて、どちらが悪質なのでしょう?
3関取ともいまは親方として協会に残っていることを考えると、阿炎の引退届が受理されなくて本当によかったと思います。
あまりにも差が大きくなりすぎますもの。

その差でいえば、08年の大麻問題のときもそうでした。
若ノ鵬が大麻所持で逮捕されたことに端を発し、相撲協会が「再発防止」といって力士の許諾も不明瞭なまま、人権無視の抜き打ち尿検査を実施すると、露鵬と白露山から陽性反応が出て、2人は「副流煙」と弁明するも(検査数値はけっこう高め)、協会は警視庁に報告し、警視庁が家宅捜索するも大麻は発見されず、もちろん逮捕も起訴もされなかったにも関わらず、協会は2人を解雇しました。

数回行った抜き打ち検査は、部屋によっては何日か前に報せていたという報道もありますし、力士によってはなんやかんや理由をつけて「後日受ける」といって拒否したケースもあったんです。
協会が露鵬と白露山にそれを許さなかったのは、若ノ鵬とともに彼らがロシア人力士だったためでしょう。
協会は最初から疑って、狙い打ちにしたわけです。

また協会のエゲツナイのは、抜き打ちで陽性っぽかった若麒麟を「よくわからないから後日再検査」として、身体をクリーンにさせる時間を与えて陰性にしたことです。
若麒麟は翌09年に大麻所持で神奈川県警に逮捕されているんですから、抜き打ち検査っていったいなんだったのでしょう?
もちろん若麒麟は日本人です。

こういう身勝手なことをやってきた組織がいまはご立派な公益財団法人になっていますけど(14年から)、その本質が変わらないからこそ、度々色んな問題が出て、力士も意識が変わらないのではないでしょうか。
国技を名乗るならば、公正で公平な組織であって欲しいものです。
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照ノ富士の復活優勝に酔う

大相撲の横綱というのは、その腰にしめ縄を巻いていることでもわかるように、神様のようなものであって、ひととしての最高位は大関だともいわれます。大関はそれほど高い地位なんです。
実体的な横綱との比較でも、収入は少し落ちるものの待遇は遜色ありませんし、協会役員選挙の投票権があったり、引退後に相撲部屋を新設する権利があったりはもちろん、協会の理事長になれるのも現実的には元大関以上の親方ですから、関脇以下の力士とはその身分に隔絶したものがあるといっていいでしょう。

そういう特別な地位であるため、大関を経験した力士というのは、現役から退くタイミングも普通の関取とは違います。
まず、長く大関を守り、「名大関」などと呼ばれる力士であれば、大関陥落で土俵を離れるものですし、旬のときの大関に上がったものの落ちてからが長いような元大関であっても幕内に踏みとどまれなくなればそこが潮時です。
それが慣例であり、十両の土俵に上がった元大関はほとんどいません。
いわんや関取(収入のある力士)ではない幕下で相撲を取った元大関というのは、相撲協会が創設されてから90年以上、ひとりもいなかったんです。
そう、”照ノ富士”までは。

照ノ富士は23歳の平成27年名古屋場所で大関に昇進したものの(平成27年名古屋)、両膝の大怪我や糖尿病があって、その2年後に陥落すると、そこから休場に次ぐ休場で、十両、幕下、三段目をすっ飛ばすように転がり落ちて、平成31年大阪場所では序二段で午前中に相撲を取っていたんです。
これは本人も辛かったでしょうし、周囲も辛かったと思います。
陥落前は2場所連続で準優勝していて、歯車がかみ合っていたら横綱になっていたかもしれず、そうなっていればいくらでも休場できたわけですから、運命というのは残酷なものです。
(※すんでのところで優勝を逃した場所などは、膝の怪我もあっての変化をしただけで差別的な批判をされたり、本当に可哀想でした。)

大怪我をした膝は何度も手術をしたといいますし、番付が落ちる度に師匠の伊勢ヶ濱親方(横綱・旭富士)に引退の相談をしたそうですが、親方やおかみさんや同部屋の仲間たちが「まだやれる」と照ノ富士を励ましてくれたそうです。
まだ若いというのもあるでしょうし、その類まれな素質を惜しんだこともあるでしょう。部屋全体として復帰をサポートしてくれたと昨年(2019年)の雑誌インタビューで照ノ富士本人が語っていました。
そして、そんな部屋のみんなに報いるために、照ノ富士は大好きなお酒を完全に断ったというのです。

照ノ富士はもともと間垣部屋でしたが、親方の病気もあって間垣部屋が平成25年に閉鎖すると、伊勢ケ濱部屋に移籍し、四股名も若三勝から変更しています。
当時の間垣部屋は関取がひとりもいなかっただけではなく、力士も数名しかおらず、稽古相手のみならずなくちゃんこ番すら事欠く始末だったそうですが、大所帯の伊勢ケ濱部屋では安美錦や日馬富士といった厳しくしごいてくれる先輩がいたこともあって、照ノ富士はめきめきと力をつけていったとのことです。
伊勢ケ濱部屋は稽古が激しいことでも有名ですが、”チームとして戦う”という方針でもよく知られ、対戦相手の研究や分析も一緒に行い、誰かが優勝争いしていれば援護射撃にも必死になるという雰囲気みたいですから、部屋への愛着や忠誠心も生まれやすいことでしょう。

そういうチームの応援のなか、断酒で糖尿病が癒えた照ノ富士は番付を一気に駆け上がり、今年令和2年初場所には「新十両のときより嬉しい」という十両復帰を成し遂げます。もちろん元大関では初めてのこと。
そこで優勝して、次の場所も10勝を上げると、5月場所ではついに再入幕を果たしますが、これももちろん初めて。
5月場所は武漢ウイルスのせいで中止になるも、この7月場所の番付には幕尻の前頭17枚目に照ノ富士の四股名がはっきりと書かれていました。

その幕尻から再び三役に上がっても史上初ですし、できれば大関に再昇進した姿も見たいところでしたが、そう相撲は甘くない、膝の怪我もありますし、幕内相手に勝ち星を積み重ねるのはいくら元大関であっても難しいだろうというのが、場所前の大方の見方だったと思います。
私も今場所の照ノ富士には幕内に定着できるくらいの内容を期待していました。
ところが、そんな予想をあざ笑うかのように、初日から照ノ富士は持ち前の馬力で次々と旧敵たちを倒してゆくと、5日目の1敗(髙安)を守ったまま、中日を超え、後半戦に入り、13日目には同じく一敗で並んでいた優勝候補の新大関・朝乃山をがっぷり四つから寄り切りで撃破するという番狂わせ!
どっちが大関かわからない!

こうして照ノ富士が単独トップに立つと、にわかにメディアの注目が集まり、すわ史上初の快挙なるか、という雰囲気になってきたものの、それがプレッシャーになったのか、翌14日目は緊張したような相撲で正代にあっさりと敗北を喫してしまいます。
これで結びの朝乃山が勝てば再び2敗で両者が並び、優勝争いはわからなくなる、いや追いついた朝乃山に勢いが出て有利になる、というのが大相撲の流れというものです。

しかし、それを食い止めたのは伊勢ケ濱部屋の結束力でした。
同部屋の照強が立ち合いで”足取り”の奇襲を仕掛け、見事に朝乃山をひっくり返したのです!
「一発勝負だった。自分の星どうこうより照ノ富士関への援護射撃の気持ちが強かった。伊勢ケ濱軍団一丸となって優勝させたい」というのも泣けるコメントでした。
ちなみに、照強は照ノ富士より3歳年下なんですけど、中卒入門なので初土俵は1年2ヶ月早い兄弟子です。

そして千秋楽、”勝てば優勝”という照ノ富士の相手は難敵・御嶽海。
決して合口のいい方ではありません。
しかし、そんなの関係ない!ここで勝たなきゃ男じゃない!
照ノ富士はそういわんばかりの厳しい立ち合いで両上手を取ると、そのまま一気に寄り切って、奇跡の復活優勝!
武漢ウイルス禍という異常な状況で、両横綱が相次いで休場するという盛り上がりにかけそうになる場所でしたが、救世主は二度目の黒廻しから這い上がってきた元大関でした。

諦めない気持ちと、周囲との結束力があれば、陽はまた昇るんです。
ここ数ヶ月、日本中がくさくさしていましたけど、久々に気持ちが晴れやかになるような出来事だったと思います。
ありがとう、照ノ富士。
おめでとう、照ノ富士。

いまごろ祝勝会でしょうけど、お酒はあまり呑まないように!
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コロナ・ガイドライン違反、相撲協会はいつもあとづけ

稀勢の里や髙安の師匠だった鳴戸親方(隆の里)が2011年に急逝したとき、あまりに突然だったため、部屋の継承問題が起こり、そこで白羽の矢が立てられたのが当時部屋付き親方だった西岩親方(隆の鶴)でした。
隆の鶴は現役時代からだらしないところがあると評判の人物でしたけど、相撲部屋は親方不在だと解散せねばならないので、鳴門部屋としては苦渋の決断だったことでしょう。
本来ならば、鳴門親方(享年59歳)が65歳の定年まで務めたあと、ちょうど年齢的に引退する頃合いの若の里が部屋を継承するというのが既定路線だったはずです。

その後、株の相続で故・鳴門親方の遺族と折り合いがつかなかった隆の鶴は田子ノ浦を取得し、いまも部屋を率いているわけですが、現役時代からのちゃらんぽらんは改善されず、稽古場でも不真面目で稀勢の里らに無視されているとの報道もありましたし、ゴシップ記事が出ることもしばしばでした。
隆の鶴の現役時代は前頭8枚目止まりだったので、横綱・稀勢の里や大関・髙安を指導するのは難しいでしょうけど、せめて波風立てずに静かにしていて欲しいというのが関係者の率直な思いだったことでしょう。

そんな田子ノ浦親方ですから、一昨日7月27日(2020年)、相撲協会の新型コロナ・ガイドラインに違反する”飲食店での泥酔”報道があったこともそう驚くことではありませんでした。
場所中に繁華街に繰り出していたことが発覚して休場となった阿炎もそうですけど、やりそうなひとはやっちゃうのでしょうし、それを狙うパパラッチもいることでしょう。
大相撲と夜の街は切っても切り離せない関係ですし、他にもいるかもしれません。

さて、そこで注目されたのは田子ノ浦親方への処分です。
師匠の錣山親方の判断で休場となった阿炎は、柴田山理事(大乃国)が「今場所は自宅謹慎してもらうしかない」といっていることから、相撲協会としても休場処分を追認したといっていいと思います。
対外的に、”ガイドライン違反をした力士は出場停止”という姿勢を鮮明にしたということです。

では、同じく違反をした田子ノ浦親方はどうなるのか?常識的にいえば同等の処分を課すべきです。
ところが、28日に相撲協会が行ったのは田子ノ浦親方への”厳重注意”だけでした。
細かなことをいうと、これは協会の賞罰規定には存在しない処罰で、呼び出してちょっと注意しただけにすぎませんから、実質お咎めなしです。
阿炎との比較でいえば、正直いって目を疑う処分です。
なにしろ、阿炎が課せられた休場というのは、褒賞金を取得する機会を失うだけではなく、番付が下がるため、年収や生涯賃金に大きな影響を及ぼす、厳しい罰なんです。
一般社会ならば降格の上、減給ということになるでしょうか。

協会のガイドラインは”全協会員”を対象にしたものですから、力士だろうが親方だろうが、立場によって違反者の扱いに差をつけるのはおかしいはずです。
しかも、ガイドラインには罰則規定は存在しないんですから、そもそも違反者に罰を与える根拠はなにもないんです。

私は阿炎や田子ノ浦親方の行いを決して擁護するわけではありませんが、ルールにない罰を与えることには強く反対です。
これが許されれば、組織はあとづけで個人をどのようにでも処分することが可能になってしまいます。
これは本当に恐ろしいことです。
日本の自称リベラルたちが本当にリベラルならばいまこそ大声を出すときです。

そしてまた相撲ファンとして恐ろしいのは、場所後に他の力士の違反が発覚することです。
その力士が優勝していたり、三賞を獲得していたりしたら、相撲協会はいったいどうするのでしょう?
史上初の剥奪となるのでしょうか?
先にルールを作っておかなければ大変なことになるのです。

近年さまざまな問題で繰り返し世間を騒がす相撲協会ですが、危機管理能力の欠如がその原因でしょうね。
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殊勲インタビューではなく風呂場に直行するのが感染防止ではないか

大相撲は長きに渡って国民に親しまれ、皇室にも愛されてきたことから、国技としての地位を確かなものとしていますが、その迫力のある取り組みと伝統的様式美は海外にもファンが多いことでも知られています。
外国人の観光ツアーでも大相撲観戦はオプションに入っているといいますし、椅子席を増やせばもっと人気になるかもしれません(お年寄りにも嬉しい)。

また、海外のひとが驚くのは、大相撲の”興行”としての歴史だそうです。
ボクシング興行が1700年代前半に始まったと考えられているのに対し、大相撲はそれより100年も早いだけではなく、取り組みが記録としてしっかり残っているのですから、まさに世界最古の格闘興行です。
しかも、現在の大相撲の、日曜日に初日があって、中日がまた日曜で、千秋楽も日曜で終るという15日間は、興行として完璧ともいえる日程であり、毎日取り組みが異なり、場所の終盤には番付上位同士の対戦が組まれ、徐々に盛り上がってゆく形もとてもよく考えられています。
相撲協会の安定した経営と力士の社会的地位や収入も含め、他の格闘団体が羨望の声を上げるのも頷けるというものです。

しかし、いまのこの武漢ウイルス禍のなか、その完成された大相撲の形が感染防止対策を難しくさせているのは事実です。
まず、他の格闘興行に比べて、出場選手数が膨大になりますから(650人ほど)、ひとりひとりの健康状態のチェックや控室での隔離が難しいものになります。
しかも毎日対戦カードが違うということは、ひとり感染力士が出て、取り組み相手が濃厚接触者と認定されれば、複数のそれが生じるだけではなく、その濃厚接触者も他の相手と取り組むわけですから、15日間のなかで、2次3次…と感染がどんどん広がってゆく危険性があるわけです。
また、15日間で場所を終えねばならないために、取り組みには延期がなく、濃厚接触者になれば休場、すなわち黒星と同じ扱いになり、優勝争いの面白さが損なわれてしまうかもしれません。

そして、感染防止対策のひとつの柱である検査でいっても、昨日7月19日から始まった令和2年7月場所では、抗体検査やPCR検査も場所前にやるだけで、途中にはやらないようですが、これも15日間ぶっ続けの興行だからでしょう。
他の興行のように週末だけに試合があるならば、平日に検査が出来るはずです。

このように、大相撲は本当に特殊な興行なんです。
その上、”相撲部屋”という独自の疑似家族制度のなかで、力士や行司や呼び出しや床山が同じ建物で共同生活をしているので、誰かが感染してまえば一気にクラスター化する危険性があります。
4月に高田川部屋でクラスターが発生し、三段目の勝武士が亡くなるという悲しい出来事があったのはまだ記憶に新しいところです。
その勝武士は28歳という年齢ながら、糖尿病を患っていたことで、武漢肺炎が悪化したといわれていますが、糖尿病は力士の職業病といっても過言ではなく、かなりの数の力士が不安を感じていることと思われます。

そういった背景を持ちながらも、相撲協会は7月場所を断行したわけですが、専門家の意見を聞きながら厳しいガイドラインを作成し、3密を避けるために支度部屋での距離を開け、アクリル板を設置するなどの対策を講じているといいます。
大相撲放送を一手に担うNHKも、中継中はもちろんニュースのなかでも「厳戒態勢」「厳しい対応」といった言葉を繰り返しています。
しかし、中継の様子を見る限り、なにが厳格なのかよくわかりません。

まず、土俵下の審判部の親方や呼び出しがマスクをしていません。
Jリーグやプロ野球ではベンチの面々はマスクをしていますから、それよりは甘いことになりますよね?
また、土俵のなかで一番声を出す行司がマスクをしていないのもとても気になります。
力士の至近距離で「見合って」「待ったなし」「はっけよい!」「残った残った!」って大声を張り上げているのですから、感染予防というならば、この行司をどうにかせねばならないはずです。
観客には「声援を送るな」と指示を出しているのに矛盾しています。

マスクは声を出すのに邪魔というかもしれませんが、例えば同じく神事でもある能楽では地謡が黒子がつけるような布マスクをしている会場もあります。
見栄えの面でも発声の面でもさして違和感はありませんし、こうして知恵を絞っていることこそが、武漢ウイルスと戦うということなのではないでしょうか。
大府相撲はNHKが「厳格!厳格!」と大声を張り上げているだけで、その姿勢が伝わってきません。

今場所は春場所と違って、「感染者が出ても場所を中止しない」と明言していますけど、もう諦めていたりして…。
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異例の無観客場所で証明したもの

武漢ウイルスの影響で”無観客”となった令和2年大阪場所の賜杯の行方は、7年ぶりの千秋楽・横綱相星決戦へと託されることになったわけですが、立ち合いを制した鶴竜が左で廻しを取ったものの、白鵬がすぐに左で巻き替えて両差しに。
これで苦しくなった鶴竜もなんとか左を巻き替え、そして右も、とゆきたいところを、白鵬が一気に寄って勝負あり。
異例の場所を大横綱が見事な相撲で締めくってくれました。
これで白鵬は前人未踏の44回目の優勝を果たし、さらにその伝説を分厚くしたといっていいでしょう。
また、負けたとはいえ鶴竜も白鵬に迫る地力を披露し、両ベテラン横綱がいなければ、いまの大相撲はそのレベルが維持できないことを証明しました。

さて、いつもならばここから表彰式になるわけですが、この日は協会挨拶へと続きました。
初日と同じく、まず八角理事長と役員らが土俵に並び、そのあとからすべての幕内力士が館内に入場し、整列すると、八角理事長がマイクの前に立ちました。
しかし、八角理事長はすぐに言葉をひねり出すことができません。
その刹那に万感の思いが籠っていました。
今場所は「場所中にひとりでも感染者が出たら中止にする」との宣言で強行したこともあり、かりにそうなっていれば、理事長は辞任を覚悟していたことでしょう。
もちろん、大相撲自体のイメージも地に堕ちたはずです。
それがなんとか無事に15日間を終えることができ、ほっとしたというのが真実だったのだと思います。

それにしても、この15日間、親方衆も力士たちも行司も床山も呼出も、本当によくがんばったと思います。
海外に目を移せば、リーグ戦を休んでいた欧州のサッカークラブやアメリカのNBAで、連日のように選手やスタッフの感染が明らかになっていたのですから、相撲協会がその仲間入りをしてもおかしくなかったわけです。
しかも、彼らと違い、本場所を強行していたのですから、感染者が出たら批判は免れません。
今回何事もなく終れたのは、相撲協会が一丸となって感染予防に取り組んだからに他ならず、それは大いに称えられるべきだと思います。

私は当初、本場所開催には懐疑的でした。
大相撲は”相撲部屋”という閉鎖的な制度を取っているため、感染者が出たらそこが一気にクラスター化しかねないためです。
しかし、私は見落としていましたが、その閉鎖空間というのは、外部との交流を遮断しやすくもあるんです。
特に今回は地方場所ということで、各部屋は神社仏閣などの敷地を借り、特別宿舎を建てるため、国技館のときは自宅通勤のひとたち(関取など)も一緒に生活するわけです。
報道によると、協会から外出禁止令も出されており、場所中の力士たちはそこに缶詰状態だったみたいです。
(大阪場所の名物・神田川敏郎さんも、今場所は力士がお店に来てくれないといって寂しがっていました。)

普段なら夜の街でストレスを発散する力士たちにとっては、なんとも窮屈な場所だったでしょうけど、その努力は報われたと思います。
日本全体が引き籠りがちになっていたこの3月を、大相撲がどれだけ救ってくれたかしれません。
テレビやラジオで視聴することで、国民の方は束の間ウイルスのことを忘れ、大いにストレスを発散できたはずです。
大相撲は国民の心を癒し、”国技”であることを証明しました。

しかし、まだ武漢ウイルスとの戦いは終わったわけではありません。
大相撲でも巡業がおそらく中止になるでしょうし、来場所も不透明だと思います。
それでも「力士の身体は健康の象徴であり、四股は世の中の平穏を祈願するものです」(理事長挨拶)。
賜杯を託されたものの使命としても、もうひと踏ん張り、よろしくお願いします。
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かつしき

Author:かつしき
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