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焼き飯と炒め飯

一昨日7月20日(2020年)、奄美地方が観測史上最も遅い梅雨明けをしたとの報道がありましたが、今年は全国的にも長い梅雨になるのが確定的な状況です。23日からの4連休が雨でがっかりなさっているひとも多いのではないでしょうか。
まあ武漢ウイルスの感染者が増えているので巣ごもりの方がいいのかもしれませんが…。

そうしてじめじめが長く続いていると、気になるのが食品・食材の管理ですよね。
自宅でいくら気をつけていても、生産→輸送→販売というルートのなかでの温度管理が難しいですし、小売店から自宅まで運んでいる間だって悪くなりやすいのでどうしようもありません。
ですから、一番大事なのは”すぐ食べること”です。保存期間をできるだけ短くすることです。

ただ、そうはいっても”余るものは余る”というのが飽食に慣れた現代人の真実のはずです。
我が家の冷蔵庫にもタイムリミットを待つ食材がごろごろしています。
それをどうしようかというときに、真っ先に思い浮かぶのは”炒飯(チャーハン)・焼き飯”ではないでしょうか。
とにかくなんでも細かく切って、ご飯と一緒に炒めて、調味料で香らせれば、たいていの日本人はなにも文句をいいません。
いや、それは日本人だけではなく、お米を食べる国全部がそうでしょう。
お米はすべてを受け止めてくれます。

ちなみに、みなさん、”炒飯・焼き飯論争”というのをご存知でしょうか?
両者の違いはきちんとした定義がないため、ときおり議論の的になるんです。
「卵を使うのが炒飯」(卵でご飯をコーティングさせる)という意見もありますが、関西ではそれを見ても「焼き飯」というひとがいるので、それが答えだとは簡単にはいえません。

そこで注目したいのは〈炒〉と〈焼〉という言葉です。
中華料理の〈炒〉(チャオ)は、鉄鍋などに油を引いて、食材を混ぜながら短時間で火を通すという意味だそうですし、〈焼〉(シャオ)は、煮る・蒸す・揚げるなどを含め”火を通す”という広い意味だそうです。
日本だと〈炒める〉は同じ意味だと思いますけど、〈焼く〉は直火か鉄板などを媒介して食材を動かさずに火を通すということになるでしょうか。
というより、”焦げ目をつける”というのが日本人にとっての〈焼く〉のような気がします。
焼き魚、焼き鳥、焼肉、焼きもろこし、焼きそば、お好み焼き…みんなそうです。
興味深いことに、卵焼きは焦げ目がついている場合もあるのに、出し巻き卵になると焦げ目がついていることは稀ですよね。

そう考えると、炒飯と焼き飯を分けるのも”焦げ目”なんだと思うんです。
日本人はご飯の”おこげ”が好きですから、ご飯を炒めるときに焼き付けて香ばしさを強調したのが焼き飯、そうでもないのが炒飯というのが私の結論です。
関西のラーメン屋さんなんかでも、〈焼き飯〉と書いて炒飯を出している店ではちょっと焦がした感じにしているように、我々は〈焼く〉という言葉を見聞きすると、焦げ目を想像するわけです。
炒飯は基本的には焦げ目をつけないものです。

その焦げ目でいうと、焼き飯ならば仕上げの醤油はやっぱり鍋肌から注ぎたいですよね。
私の祖母は必ずそうしていましたし、強くそういい聞かされたものです。
ああ、祖母がよく作ってくれた古漬けの焼き飯が懐かしい。
あれもやっぱり残り物でした。
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ナスってロマンです。

先日、相方と一緒にインドカレーのお店に行って、メニューのなかから適当に選んで注文したあと、店内を見回すと、ボードに”日替わりナスカレー”と書いてあって、2人で「失敗した!」と頭を抱えるほど我々はナスが好きなのですが、カレーにもすごく合いますよね。
それもそのはずで、ナスはインド原産といわれています。
そこからどこをどう通ったのか、奈良時代初期には日本でも栽培されるようになっていたらしいので、伝来はその前の飛鳥時代ということになるでしょうか。仏教の広がりとも関係あるかもしれません。精霊馬に使うのもそのせいだったりして。

ただ、その分布でいえば、ナスのそれは仏教とは比べものにならず、食べていない地域は地球上にないといっていいくらいです。
気候風土によって色も形も千差万別ですし、調理方法も様々ですが、安くて美味しいので、ナスはとにかく食べられまくっているんです。
世界野菜消費ナンバーワンのトマトには及びませんが、葉物やイモ類と並んで、その下のグループに位置しているといっていいでしょう。
アフリカの干し魚との炒めもの(アフリカナスはカボチャのようです)、南米のエスカベーチェ、中国の魚香茄子、トルコの焼きナスサラダ、ギリシャのムサカ、スペインやフランスの夏野菜の煮込み、イタリアのチーズ焼き、などなど各国の定番料理にも欠かせません。
欧州人がいうところの最後の新大陸(アボリジニに失礼)であるオーストラリアでも巨大なナスが収穫され、豪快に料理されています。
この広がり方って、まさにロマンです。

そうやってうっとりしながら各地の料理を眺めていて、はっと気づいたんですけど、ナスを”生”で食べるのは日本人だけのようです。
サラダ仕立てにする地域でも、いったん茹でてから使っていますし、ピクルスにするにしても漬ける液は熱くしたものですしね。
世界で最もナスを食べているといわれるトルコの料理でも見当たりませんでした。
塩もみや漬物が大好きな私からしたら信じられません。

これは日本の”生食文化”のせいだと思われます。
日本人はなんでも生で食べたがるので、ナスもそれに合わせて品種改良していったのでしょう。
外国のナスとの比較でいえば、日本のナスの多くは皮が薄いですし、水分量も多いようです。
日本ではいくつかの県が”フルーツナス”とでもいえる種類を開発していますし、生食へのこだわりは凄まじいものがあります。

その”生”のよさがわかるのはなにも日本人だけではなく、日本にやってきた外国人にも漬物の評判がいいというデータもありますし、日本のナスを海外に輸出したら面白いかもしれません。
いま、世界では宗教や環境問題、健康のためなどの理由から、肉食を避け、野菜を中心、それも出来るだけ”生”で食べようという動きがあるのもチャンスです。

奈良時代から1300年、日本人が自分好みに育ててきたナスが、再び世界に向けて飛び立って行く、なんともロマンのある話です。
イメージ的には富士山を背景に、ナスを加えた鷹が海を越えてゆく感じでしょうか。
この縁起のよさを海外のひとに説明するのは難しいでしょうね!
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気持ちも涼しい冷製パスタ

昨日6月9日(2020年)の日本列島は各地で今年初の30度超えを記録したばかりか、西日本や関東内陸のいくつかの市では35度以上に達するなど、とんでもない暑さでした。
近年は猛暑日が早くやってくるようになったとはいえ、やはり慣れませんよね。
私の住む長野市も猛暑日一歩手前の34度でしたから、さすがにぐったりしました。

こうしてこのところ急激に暑くなってきたせいで、食欲も出ず、炊き立てのご飯の匂いなんかもちょっとかぎたくなってくるわけですけど、そうなるとざる蕎麦だとか素麺だとかが恋しくなってきます。
冷やし中華もいいですし、冷製パスタなんかもいいですよね。冷たいトマトとズッキーニと合えたのは私の大好物です。
最近は欧州も気温が高いので、イタリア人も冷製パスタで夏を乗り切っているのかもしれません。

…というのは私を含む日本人の勘違いで、温かい食べ物を好むイタリア人は冷たいパスタをほとんど食べないそうです。
冷たいものはジェラートしか食べない、なんて話もあるくらいです。
しかも、トマトを使った冷製パスタを考案したのは日本の山田宏巳シェフで(80年代)、それがイタリアに逆輸入されて、イタリアのお洒落なレストランなんかで提供されるようになったというのですから面白いものです。
日本には蕎麦や素麺など、麺を冷やして食べる文化があったからこそ起こったことでしょう。
ちなみに、それまでイタリアに冷製パスタがまったくなかったわけではなく、70年代にグアルティエロ・マルケージという巨匠が、細麺とキャビアを使った冷製パスタを考案していたとのことです。
ただ、それもざる蕎麦をヒントにしたというのですから、やはり冷製パスタは日本風なのです。

しかし、日本人が作る冷製パスタとイタリア人が作るそれには、決定的な違いがあるんです。
それは”麺の冷やし方”。
日本人は茹で上がったパスタを氷水にさらして冷やします。これは蕎麦や素麺や冷やし中華の要領ですね。
それに対し、イタリア人はパスタを直接氷水にさらすのではなく、ざるで取った麺をステンレスのボールなどに移し、そのボールごと冷やすんです。これは茹で野菜などを冷製にするときのやり方と同じですね。

このようにイタリア人がパスタを水にさらさないのは、パスタの塩分が抜けないようにするためです。
素麺や中華麺と違って、パスタは打つときに塩を入れないので、それ自体には塩分がなく、そのため茹でるお湯に塩を入れるのですが、茹で上がった麺を水で洗うと塩気が落ちるので、イタリア人はそれを嫌うわけです。
また、蕎麦(これも塩分なし)や素麺や中華麺を水にさらすのは”ぬめり”を取るのも理由のひとつですが、パスタはそのぬめりがあってもいい、むしろあった方がいいくらいなので、洗う必要もありません。
いままで氷水でしめていたひとは、ぜひ一度イタリア風を試してみると、また世界が変わると思います。

ちなみに、イタリア料理界のレジェンド、グアルティエロ・マルケージシェフの店では、キンキンに冷やした大理石でパスタの熱を取っていたそうです。
とってもリッチな感じがしますけど、これはジェラートを作る大理石を流用したものでしょう。
日本でもこれを真似て、大理石の樋を作って、そこにパスタを流しながら冷やせば、イベントなんかで盛り上がるかもしれませんね。
流し素麺ならぬ流しパスタです。
オリーブオイルを潤滑油にすればへばりつくこともないはずです。

こういうことを想像していると、少しだけ涼しい気分になってきます。
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いまさらでいまこその酢タマネギ

前の記事で書いた〈酢タマネギ〉ですけど、ふと気になって調べてみると、ブームになったのは15年~16年くらいですから、もうけっこう前のことです。
我が家では最近ブームが来ていますから、あいかわらず乗り遅れています…。
ただ、酢タマネギが流行った理由は、ダイエット効果と免疫力アップという触れ込みでしたから、後者は武漢ウイルスは流行するいま、再ブームが到来してもおかしくないかもしれません。
納豆やヨーグルトやキノコがにわかに品薄になったのも、免疫力が上がるらしいという噂からだったようですしね。

もっとも、私はそんな健康効果なんてあんまり意識しておらず、ただ色んな料理に酢タマネギが合うから使っています。
サラダや酢の物に和えるのは当たり前ですし、冷奴や素麺の薬味代わり、はたまたサンドイッチのアクセント、カレーライスや脂っぽい中華料理なんかに添えるのもいい口直しになります。
合わない料理の方が少ないくらいなので、気が付けば毎度の食事に活躍してくれるようになります。

そんな酢タマネギの作り方ですが、ブームの頃にメディアで紹介された基本的なレシピは、スライスしたタマネギを密閉容器に入れ、そこにハチミツ適量(タマネギ1個に大さじ2くらい)と塩少々を混ぜた酢をひたひたになるくらい注ぐだけという簡単なものです。
漬けこんでから3日目くらいからが食べ頃で、冷蔵庫で2週間は持つということになっています。
また、ブームのなか、タマネギとお酢の種類、調味料を変えることで、バリエーションが無限に広がってゆくようになりました。

ちなみに我が家では、紫タマネギを米酢9:レモン果汁1と塩少々に漬け込んで使っています。
そして、スライスはあまり薄くせずに、2ミリくらいにして歯ごたえを残しています。
それくらいにしておくと、みじん切りにして使ったときにいいアクセントになって、マヨネーズと和えれば即席のタルタルソースになります。
漬けこんでからの食べ始めも翌日のフレッシュ感が好きですし、そこから味のこなれ具合を楽しみながら、タマネギ2個分が1週間ほどでなくなってしまうといったところでしょうか。
このところは暑いので、冷奴や冷しゃぶで一気に消費してしまって、こなれないうちになくなってしまいましたけど。

また、この酢タマネギはタマネギがなくなったあとにも楽しみがあるんです。
残ったお酢にお出汁と調味料を加えて手羽元や豚バラを煮ると、なんとも美味しくなります。
こうして一滴残らず使い切ると思えばこそ、酢をたっぷり使えるわけです。
こういうのは家庭料理の基本ですね。

というわけで、巣ごもりを酢ごもり料理で乗り切ろうではありませんか!
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純豚骨ラーメンの話

日本でも日に日に感染者が増え、感染地域が広がる武漢肺炎ですが、そうなると国民もなんとなく外出を控えたり、不特定多数のひとが行く場所を避けたりするのはもっともなことで、外食産業などは特に深刻なダメージを受けていると報じられています。
私の住む長野市ではまだ感染者は出ていませんけど、それでもやはり影響があるのか、先日行きつけのラーメン屋さんに入ると、いつもよりお客さんが少ないように感じました。
私はもちろん予防には気をつけていますけど、気にし過ぎても仕方ないので、イベントなどは避けながら、普段のことはあまり変えないようにしています。

ところで、長野県といえばなんといっても”信州味噌”ですから、ラーメン屋さんでも味噌専門店があったり、味噌ラーメンに力を入れているところが少なくありません。
全体的な特徴でいえば、スープは豚骨ベースでこってり、ちょっとニンニクを利かせて、麺は太目ということになるでしょうか。
美味しい店が多いので、私も寒い日はこの信州風の味噌ラーメンが恋しくなります。
しかし、よく考えてみると、この2019-20年は歴史的暖冬のせいか、味噌ラーメンをほとんど食べていません!
先日もあんまり寒くなかったので、味噌専門店は候補から外れていました…。

それでまあ色々種類のあるお店で、私は豚骨ラーメンを食べたのですが、最近のお店では”こってり”と”あっさり”を選ぶようになっていますよね。
ちなみに私はほとんどの場合”こってり”を選びます。それが特に好きというわけではないのですが、”あっさり”はただ単に”味が薄い”ことが多いからです。
同じ値段(こってりが少し高い店も)を払うのだったら、濃い方がいいですものね。

ただ、その濃さというのも、ほとんどの場合は、脂やコラーゲンの多さです。
具体的にいえば、スープの鍋に豚足や豚頭や背脂が余計に加えられて、こってりになっているわけです。
ですから、本当の意味で骨の旨味は増していません。
それがわかっていながら、こってりを頼む自分の卑しさが恥ずかしいですけどね…。

そんな豚骨ラーメンでいうと、私がよく思い出すのは、京都市の白川通りにあった〈一休軒〉というお店です。
いまから20年くらい前にあったお店ですけど、風の噂で”純豚骨ラーメン”とやらを出すというのを聞き、相方と一緒に訪れてみると、店主がひとりで切り盛りしているえらく質素なお店で、メニューもラーメンしかなかったように記憶しています。
また、運ばれてきたラーメンもえらくシンプルで、具もチャーシューとネギとキクラゲくらいだったでしょうか、紅ショウガが入っていなければ、テーブルの上にもなかったはずです。
麺は豚骨ラーメンでよく見るストレートタイプで珍しくありませんでしたけど、やや白濁したスープはそれまで味わったことがないくらい”あっさり”したものでした。けれども決して”薄くはない”んです。
これはかなり衝撃的でした。

その味を2人で話し合っていると、お店に他のお客さんがいなかったこともあるでしょう、ちょっと顔色の悪い店主がカウンターの向こうから出てきて、自分のラーメンを語り始めたんです。
佐賀県で修業したという店主がまず最初に強調したのは、「うちはゲンコツしか使っていない。それも肉と脂を極限までこそぎ落とした骨を使っている。それを沸騰させずにスープにしている」ということでした。
店主にいわせれば「それが本当の豚骨ラーメンだ」と。だから「純豚骨」と銘打っていたわけです。
それにプライドを持っているせいか、脂で白濁した豚骨ラーメンをややディスっているような感じすらしました。

その一休軒さんのラーメンももちろんやや白濁していましたけど、それは脂や余計なコラーゲンで乳化したわけではなく、「(割った)骨の髄が溶けたから」であって、脂に味はないというのがポリシーだったのでしょう。
また、醤油の味が強すぎると豚骨の味がわからなくなるといって、「白醤油を選んでいる」ともいっていたはずです。
店主は熱っぽく語り、私と相方はただただ頷くのみでした。
ラーメン屋さんからのこういう話は貴重でしたし、そのひとの内面の滾りを聞くのもまた貴重でした。

しかし、その間もお客さんは来店せず、我々には店主の声は、自分のラーメンが”こってり文化の京都”になかなか受け入れられない嘆きとも思えたものです。
また、当時だって豚骨といえば”こってり”というイメージでしたし、他のラーメンも全般的にこってり傾向でしたから、あっさりながら味わい深い豚骨というのは、完全に流れから外れたものでした。
そういうなか、一休軒の店主は”本物”を届けたかったのでしょうけど、京都人は「本物でなくてもいい」というすげない態度を取ったのかもしれません。
ときが来て勘定をした我々は、閑散としたお店に店主をひとりを残すことに、少しだけ後ろ髪を引かれたものです。

しばらくすると、一休軒さんは店を閉じました。
理由はわかりませんが、あのときの店主の顔色からすると、体調を崩していたのかもしれません。
私と相方はいまでもあの味を懐かしく思い出しますし、佐賀県にあるという純豚骨ラーメンをいつの日か食べたいと思っています。
あっさりもこってりも選ばないラーメンを。
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プロフィール

かつしき

Author:かつしき
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