2017年、安曇野能(後)

(続きです。)
ところで今回の『寝音曲』ではアドの主人を”野村万之丞”が演じると番組にあったので、私はてっきり、野村太一郎先生が襲名なさったと思ったんです。
太一郎先生というのは、萬先生のお孫さんであり、04年に44歳の若さで亡くなった故・野村万之丞先生(萬先生の長男)の長男です。
万之丞先生(5世)はウッチャンナンチャンの南原清隆さんに狂言を教えていたので、テレビでご覧になっていた方も多いと思います。
太一郎先生は、父・万之丞先生が亡くなってからは萬先生に内弟子のようにして厳しく育てられたそうですし、私も安曇野薪能で萬先生のアドをやっている太一郎先生を何度か観た記憶があります。
ただ、ここ最近は来ていなかったような…。

そして今年やってきた野村万之丞先生(6世)は野村万蔵先生(萬先生の次男)のお子さんとのことです。
前の名前は虎之介というのだそうですけど、私はちょっと存じ上げません。安曇野にもきたことはなかったと思います。
いま風の髪型が決まっているこの21歳の狂言師からは才能と覚悟を感じましたし、将来が楽しみなのですが、なぜ彼が万之丞を継いだのか、もやもやが残るのも確かです。一般の我々からすれば太一郎先生(27歳)が襲名すると思うわけです。
ちなみに太一郎先生は2年ほど前に〈萬狂言〉を離れ、今年2017年からは〈万作の会〉の所属になっているようです。
6世万之丞襲名が発表されたのが2016年の夏頃みたいなので、それがきっかけで太一郎先生が祖父や叔父と袂を分かったのか、それとも出て行ったから虎之助さんが襲名したのかはちょっとわかりません。
いずれにせよ寂しいことです。

…と、話がそれてしまいましたけど、今年の安曇野能を締める『船弁慶』重キ前後ノ替を忘れてはなりません。
シテは片山九郎衛門先生、ワキの弁慶は宝生欣哉先生、そして子方の義経は梅田嘉宏先生のご子息・晃照くん。
私もこれまで色んな子方を見てきましたけど、この晃照くん、めちゃくちゃカワイイです。
晃照くんは7歳とのことで、まだまだ舞台の経験も乏しいのか、最初からガチガチに緊張していて、子方後見の席にいるお父さんの方をチラチラ意識しながらも、なんとかセリフも間違えずに、動きはちょっと怪しかったものの、なんとか舞台を乗り切ったのは、本当にいじらしかったです。
それを嘉宏先生が冷酷なヒットマンのような表情で見守っていましたけど、終わった後は褒めてあげたんでしょうね、たぶん。

そんな晃照くんに目がいってしまう『船弁慶』でしたけど、もうひとつ気になったのが、シテの九郎衛門先生の面からこぼれる顎のお肉。
ここ数年、体重が徐々に増えているのはわかりましたけど、今年はちょっとびっくりしました。前場の静御前も横に膨張していて、女性ファンも多かった清司時代を思うと、ちょっと悲しくなりました…。
後場の知盛ノ霊はその体重を生かして重厚に舞っていましたし、流れ足でも体重をものともせずスムースでしたけど、今後のことを考えたら絶対に痩せるべきだと思います。健康にもよくありません。
九郎衛門先生は京観世のみならず、観世流全体にとっても本当に大切な存在なのですからね!
(観世宗家も色々ありますし…。)

そんな私の心配をよそに、舞台の方は、船頭・小笠原匡先生の緊迫感ある見事なアイ狂言、怨霊のおどろおどろしさを存分に見せつける九郎衛門先生と武蔵弁慶の迫力十分の欣哉先生の手に汗握る激突、それをほっこりさせる晃照くんの存在が絶妙なバランスで、極上のエンターテイメントに仕上がっていました。青木道喜先生を中心とした地謡も気合が入っていましたしね。
終わったときは、ホール全体が満足感に包まれていました。
来年からはまた薪能に戻るでしょうけど、豊科公民館大ホールに素晴らしい記憶を残したといっていいでしょう。
やっぱり安曇野での能は最高です!
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2017年、安曇野能(前)

信州の夏の風物詩であり、お盆の後の土曜に開催されることから、夏の終わりを感じさせるイベントでもある安曇野”薪能”ですが、龍門淵公園の楽屋になっている建物が工事中ということで、昨年に引き続き豊科公民館大ホールでの開催です。
新しいホールですし、雨の心配がいらず、空調も快適なので、ここはここでなかなか魅力的。照明にも蝋燭の光を加えているので雰囲気もよかったです。

午後1時からは恒例となっている地元の子供たちのお仕舞が披露され、それが終わると市長の挨拶に続いて第27回・安曇野能(2017年8月19日)の始まりです。
まずはすっかり定着した青木真由人くん(主催・青木道喜先生のご子息)の舞囃子『敦盛』。
中学1年になり、身体も謡もまた一歩大人のそれに近づいてきた真由人くんからはもはや子方の雰囲気は感じられません。謡も型もしっかりしていて、厳しい稽古の様子が伝わってくるようでした。”やらされている”といった様子は微塵もなく、敦盛の凛々しさと哀れさに会場も釘付けになっていました。
ただ、教えてもらっていることがかなり高いレベルで出来ているだけでに、”教えてもらわない部分”が気になるのも確かです。
我々が知る能役者というのは、舞台に上がれば、何をしていても全てがその曲の拍子(リズム、雰囲気、流れ)に合っているものです。演者ではない後見(介添え役)ですらそうなんです。
自分で考え、感じ、繰り返し稽古して一人前になるわけですね。
真由人くんは中1ですけど、私はもうそういうところを期待しています。
これからの数年は、子方として舞台に立てず、かといって大人に混じって地謡に入ることもありませんから、本当に難しい時期だと思います。人前で芸を披露する機会が少なくなるなかで、いかにモチベーションを保ち、自分を磨くことができるか。
信州のファンは真由人くんを全力で応援していますよ!

書き忘れていましたけど、今年は”能に見る平家物語”と題して、平家物語に因んだ番組構成になっています。
続く青木道喜先生の能は『頼政』。以仁王に従って挙兵し、平等院での激しい戦闘の結果、平家に鎮圧された悲運の老将・源頼政ですね。
前場はシテとワキが宇治の景色を謡い、頼政の合戦に話が及ぶわけですけど、シテがつける面(尉)が素晴らしく、妙なリアリティがあって、それが青木先生の品のある立ち姿と合わさると、ちょっとゾクっとしました(クーラーが効きすぎたわけではなく)。
後場は一転してシテが頭巾を被った老将の姿となり、宇治合戦の様子が激しい謡と所作で表現され、その生々しさに観客は圧倒されます。
後場の面(専用面・頼政)も素晴らしい出来栄えで、本物の源頼政が蘇ったようでちょっと怖いくらいでした。
舞がなく、すべてを修羅ノリの謡で押し切ってゆくこの『頼政』の後場は修羅者の神髄ですね。私も大好きです。
そして、その迫力になくてはならないのがシテの技量。
気迫が充溢した青木先生の仕方話は、数万騎の武者たちが暴れ回る様子を観客の頭のなかに鮮明に映し出させたことでしょう。
”品”と”力強さ”の両方を持つ青木先生の『頼政』、最高でしたね。

狂言は超人・野村萬先生による『寝音曲』。
遊び人の太郎冠者は謡が得意なのですが、主人にそれが知られるとあれこれ謡わされそうで厄介だと思って内緒にしていたのに、それがばれてしまいます。
そこで太郎冠者は「酒を飲んでなければダメ」「女の膝枕の上でなければダメ」といって嘘をつき、主人に諦めさせようとしますが、しつこい主人は酒もやり、自ら膝枕までして謡わせようとするので、太郎冠者も渋々承知することに。
謡うのは『海女』の玉ノ段。
ここで太郎冠者に扮する萬先生の謡の朗々たること。87歳とは到底思われません。
しかし、そこで「膝枕でなければダメ」を疑う主人は、太郎冠者の頭の上げ下げを繰り返します。
太郎冠者もそれに対応し、上げれば音痴、下げれば朗々と巧みに使い分けるのですが、何度も繰り返されるうちにそれがごっちゃになって、いつの間にか上げているのに朗々状態に。
主人がそれを呆れながら眺めるなか、太郎冠者は謡の興が乗ってきて、ついには舞まで始めてしまいます。
謡いながら舞うというのはかなり難しいですし、それが動きの激しい玉ノ段となればなおさら。
それなのに萬先生は息を切らすことなく、「玉は知らずあまびとは、海上に浮かみ出でたり」まで駆け抜けるのですから、度肝を抜かれました。
この『寝音曲』は太郎冠者が謡も舞も上手でなければ、曲の面白さはまったく伝わらないわけですが、萬先生がやるとその面白さは何倍にもなるわけです。
私はこの野村萬先生は87歳という年齢を抜きにして、ひとりの狂言師として現役ナンバー1だと思います。
すでに人間国宝に指定されている先生ですが、宝のなかの宝ですね。
日本人ならば一度は舞台を観て欲しい!
(後編に続きます。)
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第26回安曇野能は蝋燭能に

昨日8月20日(2016年)、今年で26回目を数えるはずだった安曇野薪能ですが、いつもの会場の控室になっている公民館が改装工事に入るとのことで、今年は場所を豊科公民館大ホールに移しての蝋燭能となりました。
最近立て替えたというホールは木材を多くしようしているせいか、いい香りがして、備え付けの座席もいい具合で、ほどよい傾斜のせいで舞台も観やすかったです。クーラーも効いているので、龍門淵公演の蒸し暑さに比べれば、快適さにはかなりの差が…。
でもやっぱり安曇野の能は薪能でなくちゃ!

地元の子供たちの発表会のあと、午後3時半から安曇野市長の挨拶が始まり、そこからはいよいよ安曇野能の開演です。
電気を使った蝋燭の光(消防法の関係でしょう)が揺れるなか登場したのは、この能会の主宰である青木道喜先生のご子息・真由人くん(小6)。
昨年の能楽『花月』で衝撃を与えてくれた彼ですが、今年の舞囃子『天鼓』も素晴らしかった。
謡も舞も稽古がよくできているというだけではなく、能に対する積極的、能動的姿勢が舞台によく表れていて、自分なりに『天鼓』と向き合っているのがよくわかります。普通これくらいの年齢だと”やらされている感”が出るものですが、この少年には微塵もそれがない。もはや子方に使えないと思われるほどしっかりした能役者です。
また、舞台の上の真由人くんは、声や舞姿が凛としているだけではなく、物怖じしている気配がまったっくありません。
ロビーを歩いているのを見かけると普通の小6なのですが、一回りも二回りも舞台の上では大きく見えるんです。
スター性を感じる少年ということができるでしょう。
将来への楽しみがまた膨らみました!

続いては青木道喜先生の能、『融』酌乃舞。
『融』は前場が割と重たいので、薪能にはあまり向きませんし、あまり能楽を観たことがないひとにとっては退屈な曲かもしれません(第10回のときの『融』は半能)。
ですけど、安曇野での能は今年で26回目を数えるので観客もすっかり能楽に慣れていますし、今年はホールでの蝋燭能ということで、青木先生は思い切って『融』を選んだのでしょう。
そして、その選択は、大成功だったと思います。
前場の昔語りや風景を見せる謡に観客はじっと聞き入り、とてもいい雰囲気でした。
青木先生はもちろん、ワキの宝生欣哉先生、西村高夫先生が地頭を務めた地謡も高い緊張感と集中力を持続させ、私もぐいぐい引き込まれました。
そして後場は鮮やかな装束へと変じた融大臣の遊楽の舞。
しみじみとした前場もよかったですけど、そこから舞台をぱっと明るくさせる青木先生のエネルギーも素晴らしかった。
能楽は動きの少ない芸能ですけど、足をひとつ前に進めること、体の向きを少し変えることで多くのことを表現せねばなりません。
そして青木道喜というシテ方は、それが本当に巧みです。
『融』のような曲ではそれが大いに堪能できると同時に、その技術が先生のなかに染み込んでいることに、戦慄すら覚えました。
これぞ伝統芸能の凄味ですね。

安曇野能の看板のひとつといえば野村萬先生の狂言ですが、今年は『鐘の音』の演じるとのことで、私はちょっとびっくり。
この狂言はほとんどの部分をシテが演じるので、昭和5年生まれの萬先生にはかなりきついはず。
ところが、そんな私の心配などよそに、萬先生は例年通りの溌剌としたご様子。
相変わらず謡(セリフ)が明瞭ですし、後半の舞も素晴らしかった。
ここは自分で謡を謡いながら舞うので、技術的にも体力的にも簡単じゃないと思うんですけど、軽々演じられていたのはさすがとしかいいようがありません。
いやあ、やっぱり超人です。
私は拍手をしながら、胸が熱くなってきました。

最後の能『紅葉狩』は、鬼揃の小書きがついて、舞台狭しと立ち方が並びます。
前場で美しい上臈たちが謡を謡っているだけで、観客は魅了されていました。
後場になって、その上臈たちが唐織を頭から被り、腰を屈めて舞台に入ってくると、クーラーのせいだけではなく、ホールがちょっとヒンヤリした気がしました。
そして一斉に唐織を脱ぎ捨てた下にあるのは、恐ろしい般若の面。
蝋燭能ということで、恐ろしさが際立ち、会場から悲鳴が上がりそうな迫力でした。
そこからは鬼女と化した上臈たちと平維茂(ワキ)による戦いです。
しなやかに舞い襲う片山九郎右衛門先生と、厳つい顔の宝生欣哉先生の対決は、素晴らしい迫力でした。
『紅葉狩』は信州が舞台なので、退治されてしまう鬼女たちにはちょっと同情しちゃいましたけど、ワキがやられる能はないので仕方ありません。
それにしても壮観な舞台でした!

というわけで、今年も超一流の先生方の舞台を心ゆくまで楽しませていただいて、大満足です。
そういえば私もホール(能楽堂)での能は久しぶりだったんですけど、やはり集中して観ることができますね。
薪能の雰囲気も好きですけど、たまにはこれもいいものです(能楽堂にも行きたいです)。
そんな安曇野能だったんですけど、最後に地謡が千秋楽を謡うのを聞いていて、来る東京五輪の開会セレモニーで謡曲を披露したら面白いんじゃないかと思いました。
全国各流派から何千人か集め、それがマイクを使わずに謡を謡ったらすごい迫力になるはずです。
欧州サッカーのサポーターたちのチャントにも負けないはずです。
関係者のみなさん、ぜひご検討を!
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2015安曇野薪能

今年2015年で25回を数える安曇野薪能は、安曇野市(旧明科町)出身で京都で活躍していた故・青木祥二郎先生の主宰として始まり、4回目からはそのご子息である青木道喜先生が辣腕を振るって安曇野に根付かせてきた薪能ですが、片山幽雪先生(九世九郎右衛門)を初めとした京観世の錚々たる先生方が参加し、これまでほぼ同じメンバーで、クオリティの高い舞台を披露してきたという意味でも、日本有数の薪能ということができるでしょう。

しかし、その安曇野薪能にも、今年は重大な変化が訪れてしまいました。
片山幽雪先生が今年の1月13日に亡くなってしまったことで(享年84)、番組に先生の名前がなかったのです。
人間国宝という肩書や、「現代の名人」などという専門家の評価以上に、幽雪先生の舞台は安曇野薪能にはなくてはならないものでした。
幽雪先生が舞台に上がったときの会場の緊張感、観客の集中力の高まりというのは言葉に表せないものです。
能楽というのはちょっと難しい舞台芸術ですけど、幽雪先生の舞台というのは何の説明もなしに観客を虜にしていた、能楽の素晴らしさと奥深さをいつも教えてくれていた。
存在が能楽そのものだったといっていいでしょう。
その喪失感をどうしたらいいのか、私にはわかりませんでした。
(※開会の市長挨拶で幽雪先生のことにまったくふれなかったのはどうしてなのでしょう、憤りを禁じ得ません。)

そして地元の少年少女たちの清涼感のあるお仕舞の後で始まった今年の安曇野薪能。
天気予報では”曇り”でしたけど、上空には青空が見え、”晴れ”といっていい天気模様。
ただ、山の向こうに雲が見え、風もかなり強いので、ちょっと危うい感じ。
強風のためにこの日は薪もくべるののを止めていました。

客席もその風に注意を取られ、気もそぞろといった雰囲気でしたけど、それを一変させたのは、能楽『花月』のシテ青木真由人くん。青木道喜先生のご子息で小学校5年の男の子です。
その真由人くんの最初の名乗りの堂々としていることはどうでしょう、声がどこまでも真っ直ぐに響き渡り、安曇野中に広がるようでした。
その迫力に会場は呑まれたようになり、その後も真由人くんの気合の入った『花月』にみんな釘付け。
私も久々に衝撃を受けました。
シテ方の子供が舞台をやる際は割と”やらされている”といった感じが強くなるものなのですが、この真由人くんは完全に能動的で、最後まで高い集中力を持って舞い終えただけではなく、運足や謡の基本部分がしっかりしていて迷いがなく、稽古もまた自ら積極的に行っていることが見えるてくるようでした。
幼くして会場を支配するチカラを見せつけた真由人くん、将来が本当に楽しみです。
私も一緒に行った相方もファンになっちゃいました!
今後はきっと安曇野薪能の売りになるでしょうねえ。
幽雪先生がお隠れになっても、その撒いた種がこうしてまた新しく芽吹いてゆく。
これが伝統芸能です。

狂言では幽雪先生と同い年の野村萬先生がお元気が姿を見せてくれてなんだか一安心。
『萩大名』のすっとぼけた演技もお手の物で、会場では老いも若きも大笑い。
漫画を読んだり桟敷席でごろごろしていた子供も萬先生の狂言が始まると、いつも間にか笑いの輪に入っているのですから本当に凄い。これが本物の狂言師です。

そして今年の青木道喜先生の能は『松風』。
夏の終わりの薪能ではよく見かける番組ですが、この安曇野薪能ではこれがなんと初めて。かなりラッキーです。
ここ数年の青木先生は、己から無駄なものをそぎ落とし、能役者としより己を純化させ、能楽と溶け合おうとしているように見えます。
その境地というのは、幽雪先生が我々に見せてくれていたものに他ありません。
青木先生は師匠である幽雪先生の背中を追おうとしているのでしょう。
この『松風』でも青木先生は松籟のように舞台を通り過ぎてゆきました。
それはまさに「夢も跡なく夜も明けて 村雨と聞きしも 今朝見れば松風ばかりや残るらん」の世界。
『松風』というのは日本人の美意識のひとつが集約した名曲です。
安曇野の山おろしが須磨の浦風に重なり、全身がぞくっとしました。

番組の最後は15分の休憩を挟んでの半能『石橋』。
シテは十世片山九郎右衛門先生、ツレに味方玄先生、橋本忠樹先生、鵜澤光先生。
これは京都の能楽ファン垂涎の配役といっていいでしょう。
九郎右衛門先生のしなやかなで堂々とした白獅子、玄先生の若々しくキレのある赤獅子は本当に見応えがありました。
お二人はいつまも変わりませんねえ。
また、鵜澤先生は女性なのですが、舞台ではまったくわかりません。謡もそうですし、もう性別を超えています。
私はまだ鵜澤先生の能を観たことがないのですが、知人が凄く勧めてくれているので、「いずれは」という思いがまた強くなりました。

ちなみにこの『石橋』のワキは宝生朝哉先生。
安曇野薪能のワキといえば宝生欣哉先生ですけど(この日の『花月』も『松風』も素晴らしかった)、そのご子息でまだかなりお若そうでした。謡の癖が欣哉先生によく似ていましたけど、欣哉先生が20代のころに早くも持っていたワキとしての存在感と迫力はまだまだ身に着けていないようです。これからどんどん鍛えられてゆくのでしょうね。
囃子方でも今回は笛の杉信太朗先生(杉市和先生の長男)が出演なさっていましたし、安曇野薪能も徐々に代替わりの気配でしょうか。
篝火も吹き消す強風のなか、新しい風を感じて、ちょっと寂しいような、ちょっとワクワクするような、そんな2015年の夏でした。
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2014安曇野薪能(後)

(続きです。)
それにしても、新作能というのは完成するまでにどのくらいの期間が必要なのか、私にはわかりませんが、青木道喜先生はここ20年ほどで次々と新作を世に送り出し、お寺さんからくる復曲能(清浄華院の『泣き不動』)の依頼にも応えているのですから、精力的としかいいようがありません。
このようなシテ方の先生は全国的にもほとんどいないわけですし、もっと評価されてもいいような気がします。
そして、その評価でいえば、青木先生の新作能のワキをいつも務めている宝生欣哉先生にも頭が下がります。今回の『恋の龍門淵』も、地謡は謡本を見ながらだったのに、当然ですけど、欣哉先生は”無本”ですからね。すごい稽古量だと思います。

そんな圧巻の新作能が終わり、続いては狂言の『佐渡狐』という番組順だったのですが、その後の舞囃子『山姥』を舞われる予定だった片山幽雪先生が体調不良で降板してしまい、最後の能を舞う九郎右衛門先生が代役となったため、順番が連続にならないよう『山姥』を前倒しにするとのアナウンス。
幽雪先生は高齢(昭和5年生まれ)のせいか、このところは地元京都の舞台にもあまりお立ちにならないそうで、ちょっと心配です。幽雪先生の舞があってこその安曇野薪能ですしね。
九郎右衛門先生の『山姥』を観ていても、どうしても「幽雪先生だったら…」とそのお姿がちらついて、どうしも舞台に集中することができませんでした…。
(舞囃子なので直面ですから、京都からいらしたらしい女性観客の方が、「やっぱ清司先生はかっこええわあ」と嘆息を漏らしていました。ほんといつまでも若々しいですよね。)

『佐渡狐』は、野村萬先生とその次男の万蔵先生、そのご長男という三代が揃った舞台。
役人に袖の下を渡して賭け事を有利にするというお話ですが、人間というのは昔もいまも変わりません。
その舞台で驚かされるのは、萬先生の迫力。昭和5年生まれだというのに、息子さんよりも、お孫さんよりも、発生が鮮明かつ大きい!ほんと”超人”です。
しかし、ふと思ったんですけど、万蔵先生は昭和40年生まれ、九郎右衛門先生は39年生まれ、欣哉先生は42年生まれ。このなかで一番若く見えるのは、間違いなく九郎右衛門先生、そして一番老けて見えるのは欣哉先生…。
ワキは老けていた方が舞台での納まりがいいといいますけど、欣哉先生ってまさにそれですね。20代の頃からもう40代くらいの迫力がありましたし。

そして最後の演目は能楽『天鼓』弄鼓ノ舞。
漢の時代、母親が鼓の夢を見るとともに、胎内に宿ったという少年・天鼓は、生まれ落ちるとすぐに天から鼓が降ってくるというまさに鼓の申し子にして名手。
しかし、それを聞いたときの帝から、「その鼓を寄越せ」という命令が下り、嫌がる天鼓は鼓を持って山中に逃げるも、役人に捕まり、鼓を取り上げられ、湖に沈められてしまいます。
そうやって帝に献上された鼓ですが、どうしても音が鳴らない。
困った臣下たちは、天鼓の父を召し出し、「鼓を鳴らせ、できなければ殺す」と、とんでもないことをいうわけですが、命令を聞かなくても殺されるので、父親は意を決して、バチを取り、鼓に向かうと、奇跡的にも音が出た!
これを喜んだ帝は勅命に反した天鼓のことも「許す」といい、天鼓が死んだ湖にて弔いを行うよう指示を出します。
そしてそこに現れたのが天鼓の幽霊。
恨み言のひとつもいうかと思ったら、「勅命に背いたのに、弔いをしてくださってありがとうございます!」と感謝の言葉を述べると、そのお礼代わりに舞まで舞うのですから、天鼓というのはなんという爽やかな少年なんでしょう!

また、その爽やかさが九郎右衛門先生の個性とぴったり合致するんです。
30年近く前の月刊『観世』に(京都市内の図書館にはバックナンバーがあります)、さる能楽評論家が、本格デビューしたての九郎右衛門先生(当時・片山清司)について、その”瑞々しさ”を絶賛する記事が載っていましたけど、その印象はいまでもまったく変わらないのではないでしょうか。
師父である幽雪先生も”妖精”のような雰囲気を持っていますけど、やっぱり親子なんだなあ、と感じました。

というわけで、今年2014年の安曇野薪能は屋内での上演となったものの、そんなことを忘れるくらい充実した内容でした。本当に素晴らしい能会です。
来年も出演者のみなさんの元気な姿が見られるよう、私も楽しみに待っています!
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