第26回安曇野能は蝋燭能に

昨日8月20日(2016年)、今年で26回目を数えるはずだった安曇野薪能ですが、いつもの会場の控室になっている公民館が改装工事に入るとのことで、今年は場所を豊科公民館大ホールに移しての蝋燭能となりました。
最近立て替えたというホールは木材を多くしようしているせいか、いい香りがして、備え付けの座席もいい具合で、ほどよい傾斜のせいで舞台も観やすかったです。クーラーも効いているので、龍門淵公演の蒸し暑さに比べれば、快適さにはかなりの差が…。
でもやっぱり安曇野の能は薪能でなくちゃ!

地元の子供たちの発表会のあと、午後3時半から安曇野市長の挨拶が始まり、そこからはいよいよ安曇野能の開演です。
電気を使った蝋燭の光(消防法の関係でしょう)が揺れるなか登場したのは、この能会の主宰である青木道喜先生のご子息・真由人くん(小6)。
昨年の能楽『花月』で衝撃を与えてくれた彼ですが、今年の舞囃子『天鼓』も素晴らしかった。
謡も舞も稽古がよくできているというだけではなく、能に対する積極的、能動的姿勢が舞台によく表れていて、自分なりに『天鼓』と向き合っているのがよくわかります。普通これくらいの年齢だと”やらされている感”が出るものですが、この少年には微塵もそれがない。もはや子方に使えないと思われるほどしっかりした能役者です。
また、舞台の上の真由人くんは、声や舞姿が凛としているだけではなく、物怖じしている気配がまったっくありません。
ロビーを歩いているのを見かけると普通の小6なのですが、一回りも二回りも舞台の上では大きく見えるんです。
スター性を感じる少年ということができるでしょう。
将来への楽しみがまた膨らみました!

続いては青木道喜先生の能、『融』酌乃舞。
『融』は前場が割と重たいので、薪能にはあまり向きませんし、あまり能楽を観たことがないひとにとっては退屈な曲かもしれません(第10回のときの『融』は半能)。
ですけど、安曇野での能は今年で26回目を数えるので観客もすっかり能楽に慣れていますし、今年はホールでの蝋燭能ということで、青木先生は思い切って『融』を選んだのでしょう。
そして、その選択は、大成功だったと思います。
前場の昔語りや風景を見せる謡に観客はじっと聞き入り、とてもいい雰囲気でした。
青木先生はもちろん、ワキの宝生欣哉先生、西村高夫先生が地頭を務めた地謡も高い緊張感と集中力を持続させ、私もぐいぐい引き込まれました。
そして後場は鮮やかな装束へと変じた融大臣の遊楽の舞。
しみじみとした前場もよかったですけど、そこから舞台をぱっと明るくさせる青木先生のエネルギーも素晴らしかった。
能楽は動きの少ない芸能ですけど、足をひとつ前に進めること、体の向きを少し変えることで多くのことを表現せねばなりません。
そして青木道喜というシテ方は、それが本当に巧みです。
『融』のような曲ではそれが大いに堪能できると同時に、その技術が先生のなかに染み込んでいることに、戦慄すら覚えました。
これぞ伝統芸能の凄味ですね。

安曇野能の看板のひとつといえば野村萬先生の狂言ですが、今年は『鐘の音』の演じるとのことで、私はちょっとびっくり。
この狂言はほとんどの部分をシテが演じるので、昭和5年生まれの萬先生にはかなりきついはず。
ところが、そんな私の心配などよそに、萬先生は例年通りの溌剌としたご様子。
相変わらず謡(セリフ)が明瞭ですし、後半の舞も素晴らしかった。
ここは自分で謡を謡いながら舞うので、技術的にも体力的にも簡単じゃないと思うんですけど、軽々演じられていたのはさすがとしかいいようがありません。
いやあ、やっぱり超人です。
私は拍手をしながら、胸が熱くなってきました。

最後の能『紅葉狩』は、鬼揃の小書きがついて、舞台狭しと立ち方が並びます。
前場で美しい上臈たちが謡を謡っているだけで、観客は魅了されていました。
後場になって、その上臈たちが唐織を頭から被り、腰を屈めて舞台に入ってくると、クーラーのせいだけではなく、ホールがちょっとヒンヤリした気がしました。
そして一斉に唐織を脱ぎ捨てた下にあるのは、恐ろしい般若の面。
蝋燭能ということで、恐ろしさが際立ち、会場から悲鳴が上がりそうな迫力でした。
そこからは鬼女と化した上臈たちと平維茂(ワキ)による戦いです。
しなやかに舞い襲う片山九郎右衛門先生と、厳つい顔の宝生欣哉先生の対決は、素晴らしい迫力でした。
『紅葉狩』は信州が舞台なので、退治されてしまう鬼女たちにはちょっと同情しちゃいましたけど、ワキがやられる能はないので仕方ありません。
それにしても壮観な舞台でした!

というわけで、今年も超一流の先生方の舞台を心ゆくまで楽しませていただいて、大満足です。
そういえば私もホール(能楽堂)での能は久しぶりだったんですけど、やはり集中して観ることができますね。
薪能の雰囲気も好きですけど、たまにはこれもいいものです(能楽堂にも行きたいです)。
そんな安曇野能だったんですけど、最後に地謡が千秋楽を謡うのを聞いていて、来る東京五輪の開会セレモニーで謡曲を披露したら面白いんじゃないかと思いました。
全国各流派から何千人か集め、それがマイクを使わずに謡を謡ったらすごい迫力になるはずです。
欧州サッカーのサポーターたちのチャントにも負けないはずです。
関係者のみなさん、ぜひご検討を!
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2015安曇野薪能

今年2015年で25回を数える安曇野薪能は、安曇野市(旧明科町)出身で京都で活躍していた故・青木祥二郎先生の主宰として始まり、4回目からはそのご子息である青木道喜先生が辣腕を振るって安曇野に根付かせてきた薪能ですが、片山幽雪先生(九世九郎右衛門)を初めとした京観世の錚々たる先生方が参加し、これまでほぼ同じメンバーで、クオリティの高い舞台を披露してきたという意味でも、日本有数の薪能ということができるでしょう。

しかし、その安曇野薪能にも、今年は重大な変化が訪れてしまいました。
片山幽雪先生が今年の1月13日に亡くなってしまったことで(享年84)、番組に先生の名前がなかったのです。
人間国宝という肩書や、「現代の名人」などという専門家の評価以上に、幽雪先生の舞台は安曇野薪能にはなくてはならないものでした。
幽雪先生が舞台に上がったときの会場の緊張感、観客の集中力の高まりというのは言葉に表せないものです。
能楽というのはちょっと難しい舞台芸術ですけど、幽雪先生の舞台というのは何の説明もなしに観客を虜にしていた、能楽の素晴らしさと奥深さをいつも教えてくれていた。
存在が能楽そのものだったといっていいでしょう。
その喪失感をどうしたらいいのか、私にはわかりませんでした。
(※開会の市長挨拶で幽雪先生のことにまったくふれなかったのはどうしてなのでしょう、憤りを禁じ得ません。)

そして地元の少年少女たちの清涼感のあるお仕舞の後で始まった今年の安曇野薪能。
天気予報では”曇り”でしたけど、上空には青空が見え、”晴れ”といっていい天気模様。
ただ、山の向こうに雲が見え、風もかなり強いので、ちょっと危うい感じ。
強風のためにこの日は薪もくべるののを止めていました。

客席もその風に注意を取られ、気もそぞろといった雰囲気でしたけど、それを一変させたのは、能楽『花月』のシテ青木真由人くん。青木道喜先生のご子息で小学校5年の男の子です。
その真由人くんの最初の名乗りの堂々としていることはどうでしょう、声がどこまでも真っ直ぐに響き渡り、安曇野中に広がるようでした。
その迫力に会場は呑まれたようになり、その後も真由人くんの気合の入った『花月』にみんな釘付け。
私も久々に衝撃を受けました。
シテ方の子供が舞台をやる際は割と”やらされている”といった感じが強くなるものなのですが、この真由人くんは完全に能動的で、最後まで高い集中力を持って舞い終えただけではなく、運足や謡の基本部分がしっかりしていて迷いがなく、稽古もまた自ら積極的に行っていることが見えるてくるようでした。
幼くして会場を支配するチカラを見せつけた真由人くん、将来が本当に楽しみです。
私も一緒に行った相方もファンになっちゃいました!
今後はきっと安曇野薪能の売りになるでしょうねえ。
幽雪先生がお隠れになっても、その撒いた種がこうしてまた新しく芽吹いてゆく。
これが伝統芸能です。

狂言では幽雪先生と同い年の野村萬先生がお元気が姿を見せてくれてなんだか一安心。
『萩大名』のすっとぼけた演技もお手の物で、会場では老いも若きも大笑い。
漫画を読んだり桟敷席でごろごろしていた子供も萬先生の狂言が始まると、いつも間にか笑いの輪に入っているのですから本当に凄い。これが本物の狂言師です。

そして今年の青木道喜先生の能は『松風』。
夏の終わりの薪能ではよく見かける番組ですが、この安曇野薪能ではこれがなんと初めて。かなりラッキーです。
ここ数年の青木先生は、己から無駄なものをそぎ落とし、能役者としより己を純化させ、能楽と溶け合おうとしているように見えます。
その境地というのは、幽雪先生が我々に見せてくれていたものに他ありません。
青木先生は師匠である幽雪先生の背中を追おうとしているのでしょう。
この『松風』でも青木先生は松籟のように舞台を通り過ぎてゆきました。
それはまさに「夢も跡なく夜も明けて 村雨と聞きしも 今朝見れば松風ばかりや残るらん」の世界。
『松風』というのは日本人の美意識のひとつが集約した名曲です。
安曇野の山おろしが須磨の浦風に重なり、全身がぞくっとしました。

番組の最後は15分の休憩を挟んでの半能『石橋』。
シテは十世片山九郎右衛門先生、ツレに味方玄先生、橋本忠樹先生、鵜澤光先生。
これは京都の能楽ファン垂涎の配役といっていいでしょう。
九郎右衛門先生のしなやかなで堂々とした白獅子、玄先生の若々しくキレのある赤獅子は本当に見応えがありました。
お二人はいつまも変わりませんねえ。
また、鵜澤先生は女性なのですが、舞台ではまったくわかりません。謡もそうですし、もう性別を超えています。
私はまだ鵜澤先生の能を観たことがないのですが、知人が凄く勧めてくれているので、「いずれは」という思いがまた強くなりました。

ちなみにこの『石橋』のワキは宝生朝哉先生。
安曇野薪能のワキといえば宝生欣哉先生ですけど(この日の『花月』も『松風』も素晴らしかった)、そのご子息でまだかなりお若そうでした。謡の癖が欣哉先生によく似ていましたけど、欣哉先生が20代のころに早くも持っていたワキとしての存在感と迫力はまだまだ身に着けていないようです。これからどんどん鍛えられてゆくのでしょうね。
囃子方でも今回は笛の杉信太朗先生(杉市和先生の長男)が出演なさっていましたし、安曇野薪能も徐々に代替わりの気配でしょうか。
篝火も吹き消す強風のなか、新しい風を感じて、ちょっと寂しいような、ちょっとワクワクするような、そんな2015年の夏でした。
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2014安曇野薪能(後)

(続きです。)
それにしても、新作能というのは完成するまでにどのくらいの期間が必要なのか、私にはわかりませんが、青木道喜先生はここ20年ほどで次々と新作を世に送り出し、お寺さんからくる復曲能(清浄華院の『泣き不動』)の依頼にも応えているのですから、精力的としかいいようがありません。
このようなシテ方の先生は全国的にもほとんどいないわけですし、もっと評価されてもいいような気がします。
そして、その評価でいえば、青木先生の新作能のワキをいつも務めている宝生欣哉先生にも頭が下がります。今回の『恋の龍門淵』も、地謡は謡本を見ながらだったのに、当然ですけど、欣哉先生は”無本”ですからね。すごい稽古量だと思います。

そんな圧巻の新作能が終わり、続いては狂言の『佐渡狐』という番組順だったのですが、その後の舞囃子『山姥』を舞われる予定だった片山幽雪先生が体調不良で降板してしまい、最後の能を舞う九郎右衛門先生が代役となったため、順番が連続にならないよう『山姥』を前倒しにするとのアナウンス。
幽雪先生は高齢(昭和5年生まれ)のせいか、このところは地元京都の舞台にもあまりお立ちにならないそうで、ちょっと心配です。幽雪先生の舞があってこその安曇野薪能ですしね。
九郎右衛門先生の『山姥』を観ていても、どうしても「幽雪先生だったら…」とそのお姿がちらついて、どうしも舞台に集中することができませんでした…。
(舞囃子なので直面ですから、京都からいらしたらしい女性観客の方が、「やっぱ清司先生はかっこええわあ」と嘆息を漏らしていました。ほんといつまでも若々しいですよね。)

『佐渡狐』は、野村萬先生とその次男の万蔵先生、そのご長男という三代が揃った舞台。
役人に袖の下を渡して賭け事を有利にするというお話ですが、人間というのは昔もいまも変わりません。
その舞台で驚かされるのは、萬先生の迫力。昭和5年生まれだというのに、息子さんよりも、お孫さんよりも、発生が鮮明かつ大きい!ほんと”超人”です。
しかし、ふと思ったんですけど、万蔵先生は昭和40年生まれ、九郎右衛門先生は39年生まれ、欣哉先生は42年生まれ。このなかで一番若く見えるのは、間違いなく九郎右衛門先生、そして一番老けて見えるのは欣哉先生…。
ワキは老けていた方が舞台での納まりがいいといいますけど、欣哉先生ってまさにそれですね。20代の頃からもう40代くらいの迫力がありましたし。

そして最後の演目は能楽『天鼓』弄鼓ノ舞。
漢の時代、母親が鼓の夢を見るとともに、胎内に宿ったという少年・天鼓は、生まれ落ちるとすぐに天から鼓が降ってくるというまさに鼓の申し子にして名手。
しかし、それを聞いたときの帝から、「その鼓を寄越せ」という命令が下り、嫌がる天鼓は鼓を持って山中に逃げるも、役人に捕まり、鼓を取り上げられ、湖に沈められてしまいます。
そうやって帝に献上された鼓ですが、どうしても音が鳴らない。
困った臣下たちは、天鼓の父を召し出し、「鼓を鳴らせ、できなければ殺す」と、とんでもないことをいうわけですが、命令を聞かなくても殺されるので、父親は意を決して、バチを取り、鼓に向かうと、奇跡的にも音が出た!
これを喜んだ帝は勅命に反した天鼓のことも「許す」といい、天鼓が死んだ湖にて弔いを行うよう指示を出します。
そしてそこに現れたのが天鼓の幽霊。
恨み言のひとつもいうかと思ったら、「勅命に背いたのに、弔いをしてくださってありがとうございます!」と感謝の言葉を述べると、そのお礼代わりに舞まで舞うのですから、天鼓というのはなんという爽やかな少年なんでしょう!

また、その爽やかさが九郎右衛門先生の個性とぴったり合致するんです。
30年近く前の月刊『観世』に(京都市内の図書館にはバックナンバーがあります)、さる能楽評論家が、本格デビューしたての九郎右衛門先生(当時・片山清司)について、その”瑞々しさ”を絶賛する記事が載っていましたけど、その印象はいまでもまったく変わらないのではないでしょうか。
師父である幽雪先生も”妖精”のような雰囲気を持っていますけど、やっぱり親子なんだなあ、と感じました。

というわけで、今年2014年の安曇野薪能は屋内での上演となったものの、そんなことを忘れるくらい充実した内容でした。本当に素晴らしい能会です。
来年も出演者のみなさんの元気な姿が見られるよう、私も楽しみに待っています!
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2014安曇野薪能(前)

能楽堂がいまのように冷暖房完備になる前、夏というのは能役者にとって長い休みの時期で、パトロンが所有する避暑地の別荘で過ごすひともあったそうですが、機械化の進んだ現代ではそのような心配はなく、集客が見込めるは時期ということで、全国各地の文化会館などで能楽が催されているのはもちろん、夏といえばなんといっても”薪能”の季節ですね。
”雨があまり降らない”というのもあるのでしょうね。
…なんて思っていたら、一昨日8月23日の長野県中部の天気予報は降水確率80%。
私と相方が毎年楽しみにしている安曇野薪能でしたけど、曇天の中、午後5時頃に(開演は午後5時半。この日は所要があって遅れました)いつもの明科龍門淵公園に到着すると、舞台はすでに撤収された後で、体育館に誘導されることとなりました。
空を見上げると、雨が降りそうで降らない、なんとかもつんじゃないだろうか、という感じでしたけど、公演は4時間近くかかるので、途中で降られてそこで中断するのを恐れたのでしょう。こういう判断は本当に難しいです。

シャトルバスが連れてきてくれた明科体育館は、すでにほぼ満席。
今年で24回を数える薪能ですので、お客さんも屋内になったからといって動じる様子もありません。
これもまた積み重ねのちから、そして安曇野薪能の質の高さといえるでしょうね。

そしていよいよ始まった最初の能は、主宰である青木道喜先生の書下ろし新作能『恋の龍門淵』。舞うのはもちろん青木先生。
本邦初公開の能ですから、私も当然内容はまったくわかりません。
わかっているのは曲名だけですから、そこから想像して『恋の重荷』のような執心物かと考えたり、ワクワクしながらこの日を待っていたのですが、会場で手渡されたパンフレットには、前シテ・少女ノ霊、後シテ・雨ノ精とあるではありませんか。
これでもうなにもわからなくなりました。
これはもう心をまっさらにして舞台に集中するしかありません。
これこそが新作能の良さですしね!

まずは舞台に入ってきたのは、ワキの僧(宝生欣哉先生)。安曇野出身で、幼い頃わけあって龍門淵で流され、長じて僧侶となったいま、懐かしい故郷を訪れたと、ことの次第を語ります。
季節は風も寂しい秋、龍門淵に咲く菖蒲を眺めると、不思議なことにそこだけ雨が降っているのですが、僧侶がその美しさに魅入られたように傍にゆき、同じく雨に打たれていると、その花にも似た可憐な少女から声をかけられ、逆にこの不思議について問いかけます。
すると少女は、「その昔、この淵のあたりは川を挟んで激しい水争いがあって、石つぶてが飛び交う事態となり、それを止めようとした少女が我が身を淵に投げて龍神に雨を乞うたことがあった」と語り、「そのときひとりの男の子が少女を助けようと龍門淵に飛び込んだ」と続けようとしたそのとき、僧侶が「我こそがその男の子だ」と告白すると、会場全体に衝撃が走り、少女もその幽霊だとわかると、そこからは萌ゆるような恋が儚く散った謡が続き、しんみりとしたまま前場が終わります。
能楽としてはあまり見られない、かなりドラマチックな話の展開でした。
前場はほとんど動きはないのですが、それもまた話に観客を引き込んだかもしれません。
(※仕舞になるような仕方語り含んだクセや段を前場に作る形式も考えられるでしょうね。青木先生はそういう小書きも考えているかも。)
後場は雨を乞う巫女にも見えるような純白の装束を纏った精霊が美しい”願いの舞”を舞い、争いのない世の中の尊さとともに夜が明け、雨も朝霧となり(舞台上では)、会場全体が眩い空気に包まれ、お客さんも恍惚としたまま、その余韻を味わっているようでした。

前に青木先生が作った『犀龍小太郎』も雨乞いがテーマでしたけど、あちらは大スペクタクル巨編、この『龍門淵の恋』は争いに散った美しいラブストーリー。
地元を舞台に、この2つの能を観ることのできた安曇野のひとたちは本当に幸せですね。
(後編に続きます。)
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遠雷の安曇野薪能

ちょっと書くのが遅くなってしまいましたが、先週の土曜日(8月17日)、第22回安曇野薪能に行って参りました!信州に越してきてからは欠かしていませんし、もうすっかり私と相方の夏の恒例行事です。
22回安曇野薪能ポスター
今年も開演に先立ち、まずは安曇野の子供たちのお稽古の発表会から。出演のお子さんは小学校低学年から中学生までいらして、安曇野に能楽が根付いていることがよくわかります
お仕舞の熟達度には差がありましたけど、みなさんがいまの自分の精一杯の芸を披露してくれるのがひしひし伝わり、どこか爽やかです。一流のシテ方の先生に地謡をしてもらって、地元の何千というお客さんの前で舞を舞うというのは一生ものの素晴らしい経験ですよね。羨ましいくらい。

それから市長挨拶と火入れ式が終わり、夕闇迫る黄昏時のなか、能楽『菊慈童』の始まりです。
シテは十世片山九郎右衛門(片山清司。2011年1月1日に十世を襲名)。
この能は中国の山中で菊の葉に滴る不老不死の妙薬を飲み700歳の齢を重ねたとある侍童(シテ)がそこを訪ねてきた勅使(ワキ)に「このあたりの水は菊水、つまりは酒だ」といって一緒に酒を飲み、めでたい舞を舞うというお話で、この侍童は人間ではなく、なかば妖精のような存在なのですが、これを九郎右衛門先生が持ち前の瑞々しさとしなやかさ、それに父幽雪先生(九世九郎右衛門)ばりの浮世離れした雰囲気で好演。
昨年はまだ”片山清司先生”としか見えませんでしたけど、今年はもう”九郎右衛門先生”としかいいようがありませんでした。私の相方も、現地で落ち合った関西の友人も同じ意見です。
地位はひとを育てるってこういうことをいうんでしょうねえ。素晴らしかったです。
私は昔から清司先生贔屓でしたけど、気持ちがちょっと離れていた時期もあったんです。それがまた舞い戻ったというか、余計にファンになりました。もっとたくさん観たい…。
また、実はこの日は天気がかなり不穏で、空には嫌な雲も浮かんでいましたし、遠くで雷もゴォーゴォーと凄まじかったんです。薪能ですから装束やお囃子の道具を考慮して、雨が降ったら即中止です。
そんな状況が妙な緊迫感を作ったのか、楽(舞)あたりからはシテもお囃子も集中力が研ぎ澄まされていって、観ているこっちは雷の音すら聞こえないくらい惹きこまれてしまいました。こんな『菊慈童』観たことありません。
そしてここでは杉市和先生の笛が絶品なんです。よく”流麗”なんて評される先生の笛ですが、繊細さとたおやかさのなかに一本しなやかな鋼の芯が通っているような音色には魅了されました。できれば毎年いらしていただきたいですよね(息子さんの杉信太朗先生は将来性抜群の笛方ですから、その成長を追う楽しみもありますけど)。

昭和5年生まれの超人狂言師、野村萬先生と一門のみなさんが今年選んだのは『六地蔵』。都に地蔵を求めにきた田舎人を見つけた詐欺師が自分の仲間3人を3×2体の地蔵に化けさせて、それを別々のお堂に置いてあるといってだましだましお金を巻き上げようとするというちょっと馬鹿馬鹿しいようなお話。達磨さんが転んだみたいになる部分でお客さんは爆笑。このお話は古今東西、老若男女に受けること間違いなし。
それにしても野村萬先生ですよ。観ていたらいつの間にか歳なんて忘れちゃうんですから、超人としかいいようがありません。先生はもういわゆる人間国宝でいらっしゃいますけど、本当に日本の宝だと思います。

人間国宝といえば、もちろん片山幽雪先生もそう。
今年の先生の舞囃子は『松風』。安曇野薪能には先生の舞囃子がお目当てという方も多いという話を聞いたことがありますが、その気持ち、私もよくわかります。幽雪先生の能はなにかが違うんです。なにかよくわからないんですけど確かに違うんです。
能はよく”幽玄の世界”なんていわれますけど、私にはそれがなんなのいまだによくわかりませんし、説明することもできませんけど、幽雪先生の能こそがそれなんじゃないかと、そう思います。
永遠のような一瞬のような時間がふわふわたゆたう川の流れになって、それに飲み込まれてひとつになったみたいな不思議な感覚。夢の世界ってこういうものなんでしょうか。
そして「松風ばかりや残るらん」で、舞台の後ろの桜の木が松の木になって、犀川から潮の香りさえ漂ってきそうになるんですから、本当にとんでもない『松風』でした。

そして最後はこの安曇野薪能を主催する青木道喜先生作の能楽『犀龍小太郎』。
これは『犀川の民話』(高田充也)を題材に先生が十年以上前に作られた曲ですが、舞台はもちろん安曇野。この薪能でも今回でもう4度目の上演というのですからかなりの人気です(青木道喜先生の父、故青木祥二郎先生は現安曇野市旧明科町出身)。
この『犀龍小太郎』は伝統的な曲より詞章が平易で、クセ謡なんかも簡略化されていて、かなりテンポがよく、登場人物も多いのでとにかくわかりやすい面白さがあります。”龍の子太郎”っていっちゃえば簡単ですしね。
今回はシテの犀龍が青木先生、ワキの小太郎が宝生欣哉先生、語り部の山ノ上のオジが茂山七五三先生。この配役は前2回と同じ(パンフレットによると)。新作能は憶えるのが難しいですからね。
この能の見所はもちろん後場の大スペクタクルなのですけど、前場のシテの妖艶な気品も見逃せません。青木先生という能楽師は装束を身に着けるとぞぞっとするくらいセクシーなんです。
また、後場になると龍になった青木先生がよく動く。還暦を越えているとは思えません。このひとも将来は超人の仲間入りをするんでしょうねえ。
そしてよく動くといえばもうひとち、宝生欣哉先生。この『犀龍小太郎』はワキもシテみたいな感じなんですけど、欣哉先生はこういう華のある役どころも淡々と確実にこなしてくれる。これぞワキ方!
欣哉先生は顔も声もワキ方らしく苦味ばしっているので”小太郎”はちょっときついかなあ、なんて最初は思っちゃうんですけど、最後は「やっぱり欣哉先生はすげえ!」って納得いたしました。
最後は作り物の岩が割れて水の精(ツレが3人』がそこからわーっつと出てきて、水が吹き出るのを模した演出。これは秀逸としかいいようがありません(ツレの先生方は何十分も作り物のなかで待機しているんでしょうか…。ご苦労様です!)。合狂言のコイ、フナ、マス(茂山家の若手)の楽しいおしゃべりといい、よく考えられた新作能だと感服いたしました。
(新作ということで今回は地謡がかなりミスをしてしまったのはちょっと残念でした。でも、めげずにどんどんチャレンジして欲しいです。)
22回安曇野薪能犀龍小太郎
というわけで今年も大満足の安曇野薪能だったわけですけど、昨年に続いて雨が心配されるなか、最後までよくもってくれました。近くの松本市では大雨だったみたいですし、かなり運がよかったとしかいいようがありません。
これも犀龍さまのおかげかも!
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