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8年ぶりの安曇野薪能(後)

(続きです。)
そうして焦らしに焦らされてから始まった第32回安曇野薪能の最初の演目は舞囃子『高砂』です。
シテは青木道喜先生の息子である青木真由人くん。
多くの観客が彼を見るのは2019年以来のことと思われますが(20・21年中止、22年入場制限)、そのときまだ少年だった彼が大学1回生の青年になって帰ってきてくれて、その新鮮な雄姿にみな興奮を覚えたことでしょう。
『高砂』という選曲も若いエネルギーを際立たせていました。
真由人くんは幼い頃から持っていた舞台映えを残しつつ、技術的にも確実に進歩していることから、充実した日々を過ごしていることが覗えますし、舞のときの膝の使い方が父であり師である青木先生とは違うところに、青木先生が真由人くんの個性を大事にする育て方をなさっていると感じました。
青木真由人くんの順調すぎる成長に、私も身震いが止まりません。

そうして舞台が完全に温まったところで始まったのは青木道喜先生による半能『半蔀』。
ワキの名乗りも道行もなく、いきなりノチから始まったので曲に集中するのが難しいはずでしたが、青木先生の硬質な立ち姿の美しさで、会場全体が瞬く間に引き込まれて行くのがはっきりわかりました。
また、「源氏つくづくと御覧じて」の謡い出しが常より半拍ほど遅かったのはドキリとさせられましたが、あれも青木先生が『半蔀』と一体化していたからこそ起きた自然現象のような気がします。
観客たちは夕顔の君の慈愛に包まれながら恍惚としつつ、ときおりその芯にある情念を感じ取り、我知らず鳥肌が立ったかもしれません。
そこには間違いなく現実から乖離した世界がありました。夢うつつとも幽玄ともいう世界です。
「また半蔀の内に入りて そのまま夢とぞなりにける」と能が終わり、シテが幕の内に去ろうとしてもなかなか拍手が起こらなかったところにも、会場の没入具合がわかるというものです。
こういう能には拍手が要りませんよね。
本当に凄いものを観させていただきました。さすが青木道喜先生です。
(※そもそも能楽に拍手は要らないという考え方もあります。)

さて狂言ですが、今年はいつもの野村萬先生ではなく、茂山千五郎先生が『棒縛』を披露してくださいました。
茂山家はタレント活動をしている役者さんも多いなか、千五郎先生(正邦さん)は”将来の当主”という立場から狂言一本できたため、安定感のある舞台をする印象ですし、この日も雨で押した時間を巧みに巻きつつも、しっかり見せ場を作って笑いを取っていたのですから、まさに職人芸といったところです。
そうして千五郎先生が時間をぎゅっと縮めてくれたおかげで終了予定がほとんど変わらなかったのですから、この日の陰のMVPといっていいかもしれませんね。

この日の最後の演目は片山九郎右衛門先生による半能『善界』白頭です。
荒天で開演が危ぶまれたことが九郎右衛門先生の気合に火を点けたのか、もの凄い迫力で大暴れしてくださいました。
『善界』のような躍動感のある能は九郎右衛門先生の魅力が十全に発揮されますから、この上なく楽しかったですし、雨上がりで肌寒くなっていた空気も羽団扇で一気に吹き飛ばしてくれました。
こういう能は終わったあとに拍手が要りますよね!
それにしてもこの十世・片山九郎右衛門先生というのは稀に見る個性的な能役者です。
能というのは個性を消す芸であるはずなのに、九郎右衛門先生というのは”顔がわかる芸”をなさるんです。
どんな面のどんな装束でも、すぐに「十世・九郎右衛門だ!」とわかりますし、もっというと能の最中に面から素顔が飛び出てきそうなときもあるくらいです。
私は前に古い能楽専門誌で、若き十世・片山九郎右衛門=片山清司先生について、ある専門家がその「瑞々しさ」を絶賛しつつ、ベテランになったときにその芸風がどう変化しているかやや不安視しているような寄稿文を読んだことがあるのですが、安心してください、清司先生は瑞々しいまま片山九郎右衛門として能楽ファンを楽しませてくれています。
私も九郎右衛門先生の能が大好きです!

というわけで、終わってみればこの2023年の安曇野薪能も大満足でした。
能が二曲とも半能になってしまったのは残念でしたが、その分、役者のみなさんが集中力を高めてくださったのか、濃密度は凄まじいものがありました。
ほぼすべてのお客さんが「来てよかった、待っていてよかった」と心から思ったことでしょうし、そんな自分を自慢したい気分だと思います。大雨すらいい思い出です。

素晴らしい役者たちと運営、そしてそれを愛する観客たち。
安曇野薪能はその三者が一味同心で作る現代最高の能楽公演です。
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8年ぶりの安曇野薪能(前)

ここ3年、covid-19で中止になったり入場制限があったりした安曇野能ですが、この2023年は待ちに待った通常開催ということで、8年ぶりに”薪能”を行うことになりました。
covide-19禍以外の年月は、明科薪能時代から会場として使っていた龍門淵公園の改修工事があって、薪能もけっこうご無沙汰だったんですよね。
空調の利いた豊科公民館ホールの快適さに思いを馳せつつも、薪能はやはりテンションが上がります。

そんなわけで私と相方も昨日8月19日を楽しみにしていたんですけど、当日の天気予報は薪能の公演時間だけ”小雨”。
長野市から安曇野市に近づくにつれて天気が悪化して行き、「これは体育館になるかなあ」と不安を募らせながら開場の午後4時半くらいに会場付近に到着すると、案内のひとが「薪能で行く予定です」と断言したのでちょっとばかり驚きました。
雨は小雨というより普通の雨くらいなってきて、空も灰色の雲でみっちり覆われていたので、午後5時半の火入れが可能とは思われませんでしたし、実際、4時半から始まった地元の子供たちによるお仕舞は雨のため一時中断、観客はいくつかあるテントの下でしばらくの待機を余儀なくされました。
すると雨はどしゃぶりになってきて、テントのなかまで雨風が吹きすさび、空のあちこちに稲光が走り、ごろごろという雷鳴が轟くのですから、もはや被災者気分です。

そうして一時間ほど待たされたのち、主催者側から聞こえてきたのは「6時半に最終決断をする」というアナウンス。
ここまで来ると体育館に舞台を移すこともできませんし、”強行か中止”というとんでもない状況になりました。
スマホでピンポイント天気予報を見ると、6時半くらいには雨は上がりそうでしたけど、そもそもその少し前の天気予報では雨は弱雨で5時半くらいには上がるとなっていましたから、直近の予想もこちらとしては半信半疑です。

しかし現在の科学とデータ分析は私の予想を超えて進化しているのか、6時20分くらいからにわかに雲が流れ始め、雨は完全には止まなかったものの、空が見えるようになってきたんです。
それで主催者側もGOサインを出し、会場にお客さんを入れると、スタッフ総出での舞台の拭き掃除が始まります。
私も手伝いたいくらいでしたし、観客は地元のリピーターで何十年も通っているファンがほとんどですから、頼まれればみんな手を貸したと思います。
実際、雨のなか2時間近くも待たされたというのに、誰も文句をいわず粛々と席を埋めているのですから、安曇野薪能は能役者と行政と地元のひとが一体になった、観阿弥世阿弥時代からの理想的な猿楽興行だといっていいでしょう。
2023安曇野薪能
私は公演が始まる前からちょっといい気分になっていました。
全身ずぶ濡れなのも忘れるほどに。

そうしてようやく6時40分頃に舞台が使えるようになったわけですが、この催しのリーダーである青木道喜先生から「開始が遅れたため、『半蔀』と『善界』は半能になります」と説明があったので、他のパートもはしょるのかと思っていたら、まず始まったのは中断されていた地元(稽古場は安曇野市と塩尻市)の子供たちのお仕舞でした。
この発表会は安曇野能のもうひとつのメインともいえるので、やはりこれは中止にするわけには行きません。
そんななか、数千人の大観客の前で堂々と舞っている子供たちは本当に素晴らしかったです。
普段からいい稽古をなさっているのか、肝が据わっています。
芸だけではなく人間を鍛えるのもまた能のお稽古ですよね。

また、火入れを担当した大学1回生の女性は小学生から高校生まで安曇野で稽古を重ね、薪能の子供仕舞の舞台も踏み、京都の大学に進学したいまは青木先生の冬青庵に通っているそうです。
羨ましいほど素敵な話ですし、薪に照らされた彼女の顔は輝いていました。
彼女のためにも薪能の強行は正解だったと思います。

薪のパチパチと弾ける音とともに煙の匂いが広がって行き、龍門淵公園は懐かしい雰囲気になってきました。
(長くなりすぎたので後編に続きます。)
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2018安曇野能、華々しい卒業式

安曇野の夏の風物詩だった龍門淵公園での薪能も一昨年(2016年)からは豊科公民館ホールでの蝋燭能となり、少し寂しい気持ちもありますが、天気の心配がいらないのは主催する側にとっても観る側にとってもありがたいものです。昨日(8月25)などは台風20号の影響も考えられましたからね。
しかし、そんな杞憂をあざ笑うかのように昨日の信州は快晴。安曇野市は風が乾いているとはいえ、陽射しは強く、なかなかの暑さでした。
午後2時開演(午後1時から子供たちの発表会)ということもあり、クーラーの利いたホールに入ってきたお客さんたちは人心地ついたような表情をしていたのはいうまもでありません。

演目の方もまずは青木道喜先生による能楽『羽衣』和合之舞から始まり、清涼感たっぷりでした。
『羽衣』といえば舞台は三保の松原ですが、長野市から安曇野市までの道行きで眺めた景色が本当に素晴らしかったので、私には天女が海の上ではなく、信州のやまなみの上で舞っているように思えました。
本当に美しく、爽やかな風を感じる能でした。これも青木先生の卓越した運び(運足)があったればこそでしょう。
故・観世寿夫は運びの極意を「垂らした糸が滑るように」と語っていましたけど、青木先生のそれは糸よりも硬質な金属繊維のようで私好みです。
青木先生の師匠である故・片山幽雪先生(九世九郎右衛門)もそうだったように思います。

その硬質さでいうと、野村萬先生の〈萬狂言〉も芯の部分がしっかりしているので、これもまた私好みです。笑えるだけではなく、品と格を感じます。
そんな萬先生の今年の演目は『文荷』。
少年に懸想する主人に恋文を届けるよう命じられた太郎冠者と次郎冠者がそれを嫌がる馬鹿馬鹿しいお話で、昨今の”LGBTの権利擁護”とは真逆にあるひとびとの本音に溢れた笑いがそこにありました。
主人の手紙を玩具にして破ったのがばれたときの、萬先生の「お返事でござる」の絶妙な間合いとすっとぼけた表情が最高でした。

そして最後は能楽『烏帽子折』。
『烏帽子折』は立ち方の数がものすごく多くて、子方の立ち回りも難しいので、演じられることの少ない曲目です。実は私もこれが初見だったので本当に楽しみでした。
子方はもちろん青木先生のご子息である真由人くん(中学2年)。
昨年の段階で声変わりも終わり、身体もけっこう大きくなっていたので、もう子方は厳しい感じでしたけど、今年のこの『烏帽子折』で子方は卒業だそうです。
ひょっとすると萬先生が『文荷』を選んだのも、真由人くんへの激励かもしれませんね。
青木真由人という役者にとって最初の区切りですから、ファンとしても記憶に焼き付けておかなければ。

そんな『烏帽子折』の物語は、鞍馬山から降りてきた稚児姿の牛若丸(子方)が、奥州に向かう旅の商人(ワキ)に案内を頼むところから始まります。
ワキ方の江崎欽次朗先生も真由人くんもキリッとした役者なので、序盤から舞台が引き締まっていました。
そして、その旅の道すがら、稚児姿のままだと目立ってしまうと考えた義経は思い切って元服することを決断し、途中の宿場で烏帽子屋に立ち寄ります。
そこで牛若丸は源氏ならではの”左折”の烏帽子を注文し、烏帽子屋の主人(シテ)は「平氏の世の中だというのになんと堂々としているのか」と感心し、そこで左折がどれだけ素晴らしいかを語り、義経の元服を祝ってあげます。
シテが青木道喜先生で、子方の真由人くんに烏帽子をかぶらせてあげる場面があるのですが、現実とあいまって会場全体がジーンときているようでした。
(普通なら烏帽子親は仮親(後見人)が務めるものですけど、実の親がそれをする倒錯は能楽らしさでもありますよね。)

そうして見事元服した牛若丸ですが、烏帽子の代金をもっていないので腰の担当をその代わりに差し出します。
主人は遠慮しつつも受け取り(商売人根性)、その拵えが見事なので妻(ツレ)に見せると、妻がびっくり仰天。
実はこの妻は牛若丸の父の家来の妹で、常盤御前が懐妊しているときに守り刀としてこの短刀を届けたのは自分だというのです。
それで、先ほどの客は牛若殿に違いないと、夫婦そろって後を追いかけます。
そこからは感動の再会劇。
妻は身の上を語り、主人は短刀を返し、陸奥へと下る牛若丸を涙ながらに見送るのでした。

中入りでは間狂言の小笠原匡先生らが大いに盛り上げて時間を忘れさせ、後場は雰囲気が一変。
商人がなにやら”お宝”を運んでいるという噂を聞きつけた野盗・熊坂長範(シテ)一味が、宿に泊まる牛若丸らを襲撃してきます。
能の面白いのは、前シテが味方だったのに後シテが敵になることですね。これは『船弁慶』でもまったく同じ構造です。
『烏帽子折』の後場の見所はなんといっても立ち方の多さ。
野盗一味は熊坂を合わせて10人もいるんです。
それが次々と襲い掛かってくるのを牛若真由人がばったばったと切り伏せる。
敵はみな先輩シテ方なのですが、それが「俺(私)を超えて行け!」とばかりに向かってくるのはまるで空手の百人組手ですね。

もちろんやられる方にも見せ場があって、手下に扮したシテ方の先生もノリノリ。
『烏帽子折』はめったにない演目ですし、真由人くんの子方卒業への”はなむけ”でもあるでしょうし、かなり楽しんでいる様子でした。
なかでも、”やられ様”はなかなか見応えがあって、能楽で”やられた”を意味する動きは胡坐をかくような”安座”なのですが、長刀で暴れた荒法師が直立のまま真後ろに倒れる”仏倒れ”を披露したときは、唐突だっただけにびっくりしました。
仏倒れは下手をすると後頭部を打って昏倒することもある危険な技ですが、思い切りもよく、身体のラインも美しく成功させたのはお見事でしたね。
(荒法師は衣装がハマりすぎていて誰だかわかりませんでした。残念。)
また、180cmを優に超える”ノッポの能楽師”として有名な大江信行先生も、手下を統率する若者頭として仏倒れに挑み、やや躊躇したような間合いと背中のしなりがあったのでヒヤッとしましたけど、それだけに成功したときには会場からも大拍手!
長身だけにものすごい迫力でした!

そして最後に牛若丸の前に立ち塞がるのは熊坂長範。
老盗ながら五尺三寸の大太刀を軽々と振るいます。
それに扮する青木先生は小柄な方ですけど、芸のチカラで身体が何倍にも見えるのはさすが(幽雪先生もそうでした)。
もちろんその太刀筋も凄まじく、ひょっとすると牛若丸が負ける結末もあるかも…と心配するほどでしたけど、牛若真由人はその攻撃を欄干飛びの要領でぴょんぴょんとかわし、逆に熊坂を追い詰めます。
すると熊坂は「太刀を持っては捉えられない」と組手の勝負に切り替え、両手を巨熊のように掲げて攻め狂い、あやうし、牛若丸!
…と思われたのも束の間、牛若丸はマタドールのように巨熊を捌き、最後は鮮やかに切り伏せて、最大の壁を乗り越えた!

手に汗握る大立ち回りに会場も拍手喝采!
華々しい子方卒業式でしたね!
真由人くんは来年からしばらくは仕舞や舞囃子のみになるでしょうけど、成長して”能楽”に戻ってくるのを楽しみに待っています!

今年の安曇野能も楽しかったあ。
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2017年、安曇野能(後)

(続きです。)
ところで今回の『寝音曲』ではアドの主人を”野村万之丞”が演じると番組にあったので、私はてっきり、野村太一郎先生が襲名なさったと思ったんです。
太一郎先生というのは、萬先生のお孫さんであり、04年に44歳の若さで亡くなった故・野村万之丞先生(萬先生の長男)の長男です。
万之丞先生(5世)はウッチャンナンチャンの南原清隆さんに狂言を教えていたので、テレビでご覧になっていた方も多いと思います。
太一郎先生は、父・万之丞先生が亡くなってからは萬先生に内弟子のようにして厳しく育てられたそうですし、私も安曇野薪能で萬先生のアドをやっている太一郎先生を何度か観た記憶があります。
ただ、ここ最近は来ていなかったような…。

そして今年やってきた野村万之丞先生(6世)は野村万蔵先生(萬先生の次男)のお子さんとのことです。
前の名前は虎之介というのだそうですけど、私はちょっと存じ上げません。安曇野にもきたことはなかったと思います。
いま風の髪型が決まっているこの21歳の狂言師からは才能と覚悟を感じましたし、将来が楽しみなのですが、なぜ彼が万之丞を継いだのか、もやもやが残るのも確かです。一般の我々からすれば太一郎先生(27歳)が襲名すると思うわけです。
ちなみに太一郎先生は2年ほど前に〈萬狂言〉を離れ、今年2017年からは〈万作の会〉の所属になっているようです。
6世万之丞襲名が発表されたのが2016年の夏頃みたいなので、それがきっかけで太一郎先生が祖父や叔父と袂を分かったのか、それとも出て行ったから虎之助さんが襲名したのかはちょっとわかりません。
いずれにせよ寂しいことです。

…と、話がそれてしまいましたけど、今年の安曇野能を締める『船弁慶』重キ前後ノ替を忘れてはなりません。
シテは片山九郎衛門先生、ワキの弁慶は宝生欣哉先生、そして子方の義経は梅田嘉宏先生のご子息・晃照くん。
私もこれまで色んな子方を見てきましたけど、この晃照くん、めちゃくちゃカワイイです。
晃照くんは7歳とのことで、まだまだ舞台の経験も乏しいのか、最初からガチガチに緊張していて、子方後見の席にいるお父さんの方をチラチラ意識しながらも、なんとかセリフも間違えずに、動きはちょっと怪しかったものの、なんとか舞台を乗り切ったのは、本当にいじらしかったです。
それを嘉宏先生が冷酷なヒットマンのような表情で見守っていましたけど、終わった後は褒めてあげたんでしょうね、たぶん。

そんな晃照くんに目がいってしまう『船弁慶』でしたけど、もうひとつ気になったのが、シテの九郎衛門先生の面からこぼれる顎のお肉。
ここ数年、体重が徐々に増えているのはわかりましたけど、今年はちょっとびっくりしました。前場の静御前も横に膨張していて、女性ファンも多かった清司時代を思うと、ちょっと悲しくなりました…。
後場の知盛ノ霊はその体重を生かして重厚に舞っていましたし、流れ足でも体重をものともせずスムースでしたけど、今後のことを考えたら絶対に痩せるべきだと思います。健康にもよくありません。
九郎衛門先生は京観世のみならず、観世流全体にとっても本当に大切な存在なのですからね!
(観世宗家も色々ありますし…。)

そんな私の心配をよそに、舞台の方は、船頭・小笠原匡先生の緊迫感ある見事なアイ狂言、怨霊のおどろおどろしさを存分に見せつける九郎衛門先生と武蔵弁慶の迫力十分の欣哉先生の手に汗握る激突、それをほっこりさせる晃照くんの存在が絶妙なバランスで、極上のエンターテイメントに仕上がっていました。青木道喜先生を中心とした地謡も気合が入っていましたしね。
終わったときは、ホール全体が満足感に包まれていました。
来年からはまた薪能に戻るでしょうけど、豊科公民館大ホールに素晴らしい記憶を残したといっていいでしょう。
やっぱり安曇野での能は最高です!
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2017年、安曇野能(前)

信州の夏の風物詩であり、お盆の後の土曜に開催されることから、夏の終わりを感じさせるイベントでもある安曇野”薪能”ですが、龍門淵公園の楽屋になっている建物が工事中ということで、昨年に引き続き豊科公民館大ホールでの開催です。
新しいホールですし、雨の心配がいらず、空調も快適なので、ここはここでなかなか魅力的。照明にも蝋燭の光を加えているので雰囲気もよかったです。

午後1時からは恒例となっている地元の子供たちのお仕舞が披露され、それが終わると市長の挨拶に続いて第27回・安曇野能(2017年8月19日)の始まりです。
まずはすっかり定着した青木真由人くん(主催・青木道喜先生のご子息)の舞囃子『敦盛』。
中学1年になり、身体も謡もまた一歩大人のそれに近づいてきた真由人くんからはもはや子方の雰囲気は感じられません。謡も型もしっかりしていて、厳しい稽古の様子が伝わってくるようでした。”やらされている”といった様子は微塵もなく、敦盛の凛々しさと哀れさに会場も釘付けになっていました。
ただ、教えてもらっていることがかなり高いレベルで出来ているだけでに、”教えてもらわない部分”が気になるのも確かです。
我々が知る能役者というのは、舞台に上がれば、何をしていても全てがその曲の拍子(リズム、雰囲気、流れ)に合っているものです。演者ではない後見(介添え役)ですらそうなんです。
自分で考え、感じ、繰り返し稽古して一人前になるわけですね。
真由人くんは中1ですけど、私はもうそういうところを期待しています。
これからの数年は、子方として舞台に立てず、かといって大人に混じって地謡に入ることもありませんから、本当に難しい時期だと思います。人前で芸を披露する機会が少なくなるなかで、いかにモチベーションを保ち、自分を磨くことができるか。
信州のファンは真由人くんを全力で応援していますよ!

書き忘れていましたけど、今年は”能に見る平家物語”と題して、平家物語に因んだ番組構成になっています。
続く青木道喜先生の能は『頼政』。以仁王に従って挙兵し、平等院での激しい戦闘の結果、平家に鎮圧された悲運の老将・源頼政ですね。
前場はシテとワキが宇治の景色を謡い、頼政の合戦に話が及ぶわけですけど、シテがつける面(尉)が素晴らしく、妙なリアリティがあって、それが青木先生の品のある立ち姿と合わさると、ちょっとゾクっとしました(クーラーが効きすぎたわけではなく)。
後場は一転してシテが頭巾を被った老将の姿となり、宇治合戦の様子が激しい謡と所作で表現され、その生々しさに観客は圧倒されます。
後場の面(専用面・頼政)も素晴らしい出来栄えで、本物の源頼政が蘇ったようでちょっと怖いくらいでした。
舞がなく、すべてを修羅ノリの謡で押し切ってゆくこの『頼政』の後場は修羅者の神髄ですね。私も大好きです。
そして、その迫力になくてはならないのがシテの技量。
気迫が充溢した青木先生の仕方話は、数万騎の武者たちが暴れ回る様子を観客の頭のなかに鮮明に映し出させたことでしょう。
”品”と”力強さ”の両方を持つ青木先生の『頼政』、最高でしたね。

狂言は超人・野村萬先生による『寝音曲』。
遊び人の太郎冠者は謡が得意なのですが、主人にそれが知られるとあれこれ謡わされそうで厄介だと思って内緒にしていたのに、それがばれてしまいます。
そこで太郎冠者は「酒を飲んでなければダメ」「女の膝枕の上でなければダメ」といって嘘をつき、主人に諦めさせようとしますが、しつこい主人は酒もやり、自ら膝枕までして謡わせようとするので、太郎冠者も渋々承知することに。
謡うのは『海女』の玉ノ段。
ここで太郎冠者に扮する萬先生の謡の朗々たること。87歳とは到底思われません。
しかし、そこで「膝枕でなければダメ」を疑う主人は、太郎冠者の頭の上げ下げを繰り返します。
太郎冠者もそれに対応し、上げれば音痴、下げれば朗々と巧みに使い分けるのですが、何度も繰り返されるうちにそれがごっちゃになって、いつの間にか上げているのに朗々状態に。
主人がそれを呆れながら眺めるなか、太郎冠者は謡の興が乗ってきて、ついには舞まで始めてしまいます。
謡いながら舞うというのはかなり難しいですし、それが動きの激しい玉ノ段となればなおさら。
それなのに萬先生は息を切らすことなく、「玉は知らずあまびとは、海上に浮かみ出でたり」まで駆け抜けるのですから、度肝を抜かれました。
この『寝音曲』は太郎冠者が謡も舞も上手でなければ、曲の面白さはまったく伝わらないわけですが、萬先生がやるとその面白さは何倍にもなるわけです。
私はこの野村萬先生は87歳という年齢を抜きにして、ひとりの狂言師として現役ナンバー1だと思います。
すでに人間国宝に指定されている先生ですが、宝のなかの宝ですね。
日本人ならば一度は舞台を観て欲しい!
(後編に続きます。)
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かつしき

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