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市川海老蔵と歌舞伎の虚構

いま巷を騒がせている市川海老蔵さんの事件、各種報道によると海老蔵さんはずいぶん不遜な態度で飲み歩いていたみたいで、それがトラブルの原因になったとのこと。

しかし、その海老蔵さんのやんちゃの源泉はなんのか、本人は人間国宝(まだ指定されていませんが)うんぬんといっているみたいですけど、たとえば歌舞伎よりも伝統が長く格式の高い能楽、その5流派の御曹司に海老蔵さんのような人がいるなどという話は聞いたことがありません。

私は日本にいくつかある伝統芸能のなかで、歌舞伎はやや特殊な地位にあると思っています。
それは歌舞伎が伝統芸能と大衆芸能の二面性を持っているからです。そこが能楽との違いであるともいえます。

日本の伝統芸能はすべからく明治のいわゆる文明開化による蔑視、大東亜戦争後の衰退に出会っています。
能楽はそれを上流階層による支援と社中弟子(素人の稽古弟子)との関係によって潜り抜けてきましたが、大衆芸能である歌舞伎は50年代に入っても娯楽の多様化によって、危機的状況が続き、多くの役者が映画界に転進しました。
(歌舞伎には世話物があるのでそういったものがない能よりも演劇に対応しやすいのだと思われます。)
そうして映画、TVといった媒体へと役者さんが進出することによって、その母体である歌舞伎もさらなる大衆化へ進んでいって、いまの地位を築いたのではないかと私は考えています。

映画界でも歌舞伎役者は特殊な地位にあって、たとえば大映に同期に入った市川雷蔵と勝新太郎の扱いにかなりの差別があったように、映画会社にしても観客にしても、歌舞伎役者を貴種として扱いました。血統好きな日本人の心理も働いているのでしょう。

もともと歌舞伎役者はそんなに儲かるものじゃありません。舞台興行には限界がありますからね。
しかし、海老蔵さんも含めて売れっ子の役者さんの場合はCMやTV、映画出演なんかもありますから、その収入はかなりのものだと思われます(+タニマチからの祝儀)。もちろんそれを支えているのも”歌舞伎”なんでしょうけど。

私はそんな歌舞伎役者の地位というものにちょっとした違和感を持っています。
そもそも舞台演劇というのはそこに足を運ぶ観客と役者との関係のはずです。
その意味でいえば、歌舞伎を劇場で観たことのない日本人は72.2%(08年、OCNブリエ調べ)とのことですから、歌舞伎役者の”人気”というのはかなりの部分、虚構なんだと思われます。
(※最初、「観たことがある」と書いてしまいました、すみません。修正しました。)

歌舞伎の大看板である成田屋、市川團十郎家の御曹司である海老蔵さんはその虚構の代表ともいえる存在で、海老蔵さんの振る舞いもその虚構にそそのかされた部分があるのではないかと私は思っています。

海老蔵さんを擁護するわけではありませんが、歌舞伎座で海老蔵さんの実像をずっと観て、応援してきたファンの方々が可哀想なので…。
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