暑さへの対抗策

今日の日本列島は、35度以上の地点が32ヶ所、30度以上が600ヶ所という灼熱の一日で、報道によると600人を超えるひとが熱中症で病院搬送されたというのですから、その状況を想像するだけでもうたまりません。
新潟県小千谷市の市民団体が、地震で被災した熊本県益城町に雪を届けたというニュースは一服の清涼剤でした。
人間というのは面白いもので、雪の映像をテレビで観るだけでちょっと涼しい気持ちになれるんです。
ですから、私も今日は氷について書いてみます。氷だけに”かく”ですね(駄洒落も寒くしてくれます)。

夏に冷たいものが食べたい、飲みたいという欲求は、古今東西、人類共通のものといっていいでしょう。
ですが、昔は冷蔵庫などありませんから、夏の氷はとても貴重なものでした。
まず人類が最初に考えたのは、冬の氷や雪を、どうにか夏まで保管できないかということでした。
そこで生まれたのが氷室(アイスハウス)です。
穴倉を掘ったり、大きな石室などを造ったりして、そこに冬の雪を詰め込んで、その上から断熱材として藁などをかぶせたものは、世界の多くの地域に見られますし、もちろん日本にも存在しました。
『日本書紀』には氷室を管理する役職が朝廷にあったことが記載されていますし、律令制の導入以後は〈主水司〉といって、朝廷の水と氷を司る部署まであったのですから、日本の権力者の”冷たいもの”への欲求もなかなかのものです。

そんな主水司は明治時代になると廃されるわけですが、これは色んな技術が近代化したおかげですし、その近代化は庶民へも”夏の氷”を届けることになります。
しかし、明治時代の初めは、機械的に製氷したものが主流ではありません。
五稜郭の外堀や諏訪湖などの”天然氷”を夏まで保存したわけです。保存の輸送の技術は進歩したものの、まだまだ氷室と変わらないといえるでしょう。
しかも、遥々アメリカ・ボストンから輸入した〈ボストン氷〉なるものまであったのですから、その執念には脱帽です。

それが明治20年代からは、機械で作った人工氷がシェアを拡大し、天然氷はいつしか珍しいものになってしまいます。
天然氷には”運んだり保存している間に溶けてしまう”という根本的な問題がありますし、病原菌が混ざるリスクもありましたから、そこもマイナス要素だったのでしょう。
対して、人工氷の方は、技術の進歩や発電エネルギー(石油・石炭)の普及も追い風になって、夏の氷を庶民の手の届くものにしてくれたわけです。
そして明治30年代にはその氷を使った冷蔵庫も発売され、氷自体を楽しむのではなく、その氷で他の食品を冷やすというところまで進んでゆき、大正時代になると輸入物の電気冷蔵庫も登場し、昭和5年(1930年)には東芝が初の国産電気冷蔵庫を発売するに至るわけです。

いやあ、本当に長足の進歩といっていいでしょう。
日本の近代化は夏の氷欲しさに成し遂げられたのかと思うくらいです。
ただ、現代人の我々というのは贅沢なもので、昔の氷室と同じような雪蔵で保存していた小千谷の雪に、大きな価値を見出してしまうんですよね。
やはり、暑さに対抗するには想像力やイメージが一番ということなのかもしれません。

私はこの夏もこれで節電に挑戦します!
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