お母さん食堂はファミマからの宿題
私は学生の頃から歴史科目が好きでしたし、いまでもちょっと気になったことをネットで調べ始めたら、いつの間にかとんでもなく時間が経っていたということもしばしばですけど、歴史を学ぶことって、過去への興味はもちろん、”なぜいまこうなっているのか”という疑問を解決するためだと思うんです。「過去から学んでいまを知る」なんて言葉もありますよね。
そして、いまと向き合い、未来になにかを繋げる、そのために歴史を振り返るわけです。
過去だけ、いまだけ、未来だけを語るのは、あまり意味がないことです。
いい大人ならば特に。
…なんて大袈裟な話でスタートしてしまいましたが、今回私がこんなことを書き始めたのは、ファミリーマートの〈お母さん食堂〉へ「性差別だ!」という不可解なバッシングが起こっているというささいなニュースからです。
その先導役となっている〈ガールスカウト日本連盟〉によると、この〈お母さん食堂〉は「性別役割分業を助長するようなネーミング」であり、「ジェンダー平等の実現を阻む要因」だとのことです。これまたかなり大袈裟ですよね。
この〈お母さん食堂〉というのはファミマが販売するお惣菜の企画で、まあ簡単にいえば”おふくろの味”というイメージで売りたいということなのでしょう。
広告キャラクターを引き受けているSMAPの香取慎吾さんが木綿の着物に割烹着という昭和のおふくろさんに扮していることからもよくわかります。
つまり、ファミマとしては、”現代社会でも母親が料理をすべき”といっているのではなく、”そういう時代もありました”といっているわけです。
これがわからないというのは、知識か想像力のどちらかが欠如しているのでしょう。
今回のファミマへの批判の発端は、ジェンダーフリーを学ぶ女子高生が、「食事を作るのはお母さんだけですか?」という素朴な疑問を抱き、そこからネット署名を始めたことだといいます。
平成生まれの高校生ならば、おふくろの味などあまりピンとこないのかもしれませんし、こういう反応をするのもまったく不思議ではありません。むしろそういう感性は貴重なものです。
おかしいのは、そういう女子高生に「昭和はこうだったんだよ」と教えてあげる大人がいないことです。
逆にガールスカウト日本連盟などはその疑問を暴走させるような応援をしているのですから、無責任としかいいようがありません。
今回のようなケースで、ジェンダー教育に携わる大人がすべきは、日本や世界における女性の社会的地位の変遷を正確に教えてあげることです。
ファミマが”おふくろの味=昭和スタイル”で広告を作ったことの意味を子供や若者に考えさせてあげるだけでもいい勉強です。
その上でファミマの〈お母さん食堂〉について批判するならば、お惣菜のラインナップのなかに昭和のおふくろが作れないようなメニューが多すぎるという点でしょう。
グリルチキンだのピッツァだのスパイス薫カレーだの四川風なんちゃらだの絶対無理。
ファミマは昭和のおふくろの味を捻じ曲げている!
といって、食文化史の観点からまっとうに批判すべきです。
食というのは文化であり風俗ですから、自国の歴史はもちろん他国のそれを学ぶのも意義深いことです。
日本ではいつおふくろの味という価値観が定着したのか、世界のおふくろの味にはどんなものがあって、それが強く残っている国はジェンダーフリーについてどう対応しているのか。
冬休みの宿題にぴったりかもしれませんね。

そして、いまと向き合い、未来になにかを繋げる、そのために歴史を振り返るわけです。
過去だけ、いまだけ、未来だけを語るのは、あまり意味がないことです。
いい大人ならば特に。
…なんて大袈裟な話でスタートしてしまいましたが、今回私がこんなことを書き始めたのは、ファミリーマートの〈お母さん食堂〉へ「性差別だ!」という不可解なバッシングが起こっているというささいなニュースからです。
その先導役となっている〈ガールスカウト日本連盟〉によると、この〈お母さん食堂〉は「性別役割分業を助長するようなネーミング」であり、「ジェンダー平等の実現を阻む要因」だとのことです。これまたかなり大袈裟ですよね。
この〈お母さん食堂〉というのはファミマが販売するお惣菜の企画で、まあ簡単にいえば”おふくろの味”というイメージで売りたいということなのでしょう。
広告キャラクターを引き受けているSMAPの香取慎吾さんが木綿の着物に割烹着という昭和のおふくろさんに扮していることからもよくわかります。
つまり、ファミマとしては、”現代社会でも母親が料理をすべき”といっているのではなく、”そういう時代もありました”といっているわけです。
これがわからないというのは、知識か想像力のどちらかが欠如しているのでしょう。
今回のファミマへの批判の発端は、ジェンダーフリーを学ぶ女子高生が、「食事を作るのはお母さんだけですか?」という素朴な疑問を抱き、そこからネット署名を始めたことだといいます。
平成生まれの高校生ならば、おふくろの味などあまりピンとこないのかもしれませんし、こういう反応をするのもまったく不思議ではありません。むしろそういう感性は貴重なものです。
おかしいのは、そういう女子高生に「昭和はこうだったんだよ」と教えてあげる大人がいないことです。
逆にガールスカウト日本連盟などはその疑問を暴走させるような応援をしているのですから、無責任としかいいようがありません。
今回のようなケースで、ジェンダー教育に携わる大人がすべきは、日本や世界における女性の社会的地位の変遷を正確に教えてあげることです。
ファミマが”おふくろの味=昭和スタイル”で広告を作ったことの意味を子供や若者に考えさせてあげるだけでもいい勉強です。
その上でファミマの〈お母さん食堂〉について批判するならば、お惣菜のラインナップのなかに昭和のおふくろが作れないようなメニューが多すぎるという点でしょう。
グリルチキンだのピッツァだのスパイス薫カレーだの四川風なんちゃらだの絶対無理。
ファミマは昭和のおふくろの味を捻じ曲げている!
といって、食文化史の観点からまっとうに批判すべきです。
食というのは文化であり風俗ですから、自国の歴史はもちろん他国のそれを学ぶのも意義深いことです。
日本ではいつおふくろの味という価値観が定着したのか、世界のおふくろの味にはどんなものがあって、それが強く残っている国はジェンダーフリーについてどう対応しているのか。
冬休みの宿題にぴったりかもしれませんね。


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