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練馬区の中学教諭の猥褻事件はまさに悲劇

近年は公益通報の仕組みが整備されたり防犯カメラの設置が進んだせいか、学校内での教師の犯罪、特に猥褻事件の検挙が増えていて、手錠をかけられた教師のニュース映像をテレビで観ることも珍しくはありませんが、この5月18日(2022年)に逮捕された東京都練馬区の中学教諭のそれは少し様相の違うものでした。

警察発表では、学校のトイレで、37歳の男性教諭が担任を受け持っている男子生徒に抱き付くなどの猥褻行為を行った疑いがあり、本人も「スキンシップだった」と認めているとのことでした。
トイレ掃除中だった被害生徒を含む複数の生徒がふざけていたのを教諭が注意し、その流れで猥褻行為に及んだとのことで、目撃者がいて、容疑者も事実関係をあらかた認めていたことから警察も逮捕に踏み切ったのでしょう。
ここまではよくある話でした。

それが特異な事件になっていったのは20日に釈放された男性教諭が自宅近くのマンションから飛び降りてしまったことからです。
男性教諭はその前にインスタグラム上に遺書を残していて、トイレで男子生徒を羽交い絞めにし、陰部を服の上から掴んだことを認めながらも、性的な目的ではなく、あくまでジョークのつもりだったと説明していました。
そしてそのことに対する反省や謝罪を述べ、教え子や友人や家族にお詫びと感謝の言葉を残し、自らの人生の幕を引いたわけです。

男性教諭は学校関係者や生徒たちからはフレンドリーな人気教師という評価を受けていて、昭和の熱血教師のように人生を教育に捧げる姿から、一部の教え子・元教え子たちには熱狂的に支持されていたようです。
葬儀にもたくさんの教え子たちが集まっていたようですし、そのひとたちが「先生が猥褻犯罪をするはずがない」といって、SNSで教諭の名誉を回復する活動をしているようですから、本当に慕われていたのでしょう。
ただ、そこでも男性教諭はスキンシップをよく取るタイプだったと書かれているので、生徒との距離感が近すぎたのが逮捕の遠因になっていたのかもしれません。

報道や関係者のSNSを見る限り、男性教諭には他の猥褻事案はなさそうですし、逮捕の一件はたまたま冗談がいきすぎただけかと思われます。
そのときのお触りも短時間で単発的なものだったと見られていますから、被害生徒側と示談すれば不起訴か起訴猶予になっていたはずですし、そうなれば教育職員免許法による失職からも逃れられたので、男性教諭も絶望せずに踏みとどまって欲しかったものです。

そしてその被害生徒側との示談でいうと、ことが発覚した段階で学校・教諭・生徒側できちんとした話し合いがなされていれば逮捕には至らなかったはずです。
しかし、報道によると、被害生徒の保護者は当該男性教諭を「担任から外して欲しい」と学校側に要請したものの、「すぐには難しい」と学校側に拒否されたため、警察に相談したそうです。
保護者側は学校側がことをなあなあで済まそうとしているように感じたのでしょう。
その感覚は間違っていないと思います。
学校が教諭を担任から外すのを拒否するというのは、ことを公にしたくない、教育委員会に報告したくないという意味です。
担任を外せばその理由を教育委員会に説明せざるを得ませんからね。
それを見て保護者は、学校側が生徒ではなく教諭を守ろうとしていると感じたのでしょう。

ちなみに東京都教育委員会が出している〈教職員の主な非行に対する標準的な処分量定〉では、「性的行為と受け取られる着衣の上から身体に触れる行為を行った場合」は免職or停職となっています。
男性教諭が遺書で性的な狙いを否定しているのはこの量定が頭にあったからかもしれません。
ただ、事件の際、男性教諭は他の生徒が「○○君(被害生徒)が○○(股間をいじる行為)をしているので掃除しません」と冗談めかしていうのを聞いて、「○○しないで掃除して」と注意しながら被害生徒の股間を掴んだとも遺書に書いていますから、この部分は
「性的な冗談・からかい、食事・デートへの執ような誘い等の言動を行い性的不快感を与えた場合」に該当する可能性が高く、それだと減給or戒告になります。

つまり、男性教諭がやってしまったことは”教職員としては”処分されても仕方ない案件だったわけです。
それを学校がなあなあにしようとしたことで刑事事件になってしまったのが男性教諭にとっての不幸でした。
処分だって減給~停職くらいで済んだはずなのに、それが猥褻事件での逮捕なんて落差が大きすぎますし、人気教諭ならなおさら世を儚むというものです。

私がいいたいのは、教師だって間違いを犯すということです。
その大きさによっては懲戒免職や逮捕もしかるべきですが、今回のようなケースでは当該教諭がある程度の処分を受け、反省し、規律やルールを学び直してから現場に復帰してもいいはずです。
それを学校や保護者や社会が受け入れる、そういう有様を子供たちに見せるのが教育というものです。
問題を隠蔽してはなりませんし、問題に対して過大な罰を与える必要もないのです。

もちろんこれは学校の管理職だけに責任を問うというより、日本の学校現場に蔓延る隠蔽体質をどうやってなくしてゆくかの話です。
過剰に責めれば、ひとは隠蔽に走ります。
しっかり線引きをした上での許しと寛容さを前提としたいものです。
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※教職員の処分歴や逮捕歴をデータベース化し、不適切な人間を教壇に立たせない仕組みも大切。
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