1・17から20年

私がまだ京都に住んでいた19年前の春のことです。友達と一緒にある駅の前を歩いていたら、元気に募金活動をやっている子供たちがいたんです。
京都というのは割と募金活動が盛んな土地柄でしたから、募金自体は珍しいことではありませんが、子供というのが珍しいのでちょっと近づいてみると、彼ら彼女らは阪神淡路大震災で親を失った子供たちだというではありませんか。
この前年の1995年1月17日に兵庫県南部を震源にして起きた阪神淡路大震災は、近畿一円にとてつもない被害を与えた未曽有の大災害で、遠く京都にいた私も早朝の大きな揺れで跳び起き、その後メディアが次々と配信した悪夢のような映像には血の気が引きましたし、ボランティア活動をしに行った知人や友人から聞いた話はそれ以上に悲惨なものでした。

それから1年、その大災害で親を失った子供たちが大きな声で募金を呼び掛けていることに私は胸が熱くなりました。
それは一緒にいた友達も同様で、2人して持っていたお金のほとんど(若かったのでたいした額ではありません)を募金箱に入れ、何か言葉をかけようとしたものの、何もいえず頭を下げながらその場をあとにしたのをいまでも憶えています。
そのときの私は不勉強にも、その震災孤児たちが暮らす〈神戸レインボーハウス〉を知りませんでした。
募金活動をしていた子供たちには明るさがありましたけど、すべての子供たちがそういうわけではなかったと思います。おそらく元気な子だけがやってきていたのでしょう。
私は彼ら彼女らの逞しい笑顔をいまでも忘れることができません。
昨日2015年1月17日で大震災からちょうど20年。
その子供たちも20代30代となって社会で活躍していることでしょう。

阪神淡路大震災は色んな教訓を残すとともに、法律やルールの整備も進み、日本人全体の防災意識・ボランティア意識も高めました。新潟県中越地震や3・11大震災でも大いに生かされていたと思います。
ただしかし、ひとつだけ進歩のないものがあります。
それは行政の決断力。
「市民の声を聞く」という大義名分のもとにどこにでもいい顔をすることで、”何も決められない”、”遅きに失する”、”あやふやな落としどころを作る”を繰り返しているのが日本の行政です。
これはもちろんメディアにも責任があるでしょう。彼らは決断力のある政治家を「独裁だ」といっていつも非難する。

非常時には自分たちが選んだリーダーを信じて、みなが一丸となってひとつの目標に向かってゆくのが一番いいと私は思います。ですからリーダーを選ぶ際は非常時のことを考えて選ぶべきなのです。
行政の決断力のなさというのは、市民・国民の決断力のなさともいえるかもしれません。
人間には我武者羅になって未来に突き進まなければならないとき、迷っていられないときというのが必ずあります。
そういうときに生じる逞しさというのは本当に貴重なものです。
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