日本サッカー協会の無責任体質

「アギーレ監督選任について、役員に責任はなかった」。

今日2月12日、ハビエル・アギーレ監督の問題に関する理事会を開いた日本サッカー協会ですが、その結論として出てきたのが上記の大仁邦彌会長の言葉でした。
身辺調査が足りなかったことは「反省」するも、契約の時点では「八百長問題はわからなかった」との見解みたいです。
これで結局、処分は行われることなく、大仁会長と原博実専務理事(アギーレ選任時の技術委員長)と霜田正浩技術委員長が給与の一部を自主返納することで問題は決着。
新監督の選任など、「今後が大切」だそうです。

いやあ、確かにそうですよねえ。
…って、それですませていいはずがありません!

こんな言い訳が通用するのだったら、今後もトラブルを抱えた人物を監督に選んで、それが発覚しようがなにしようが、「知らなかった」の一点張りで誰も責任を取らなくていいことになってしまいます。
日本だろうが世界だろうが、一般常識として通用するはずがありません。
サッカー協会という公共性の高い組織ならなおさら”結果責任”が問われてしかるべきです。

今回の件に関して、最も責任が大きいであろう原理事は「責任をまっとうしたい」といっているみたいですけど、意味がわかりません。大仁会長や霜田委員長を守るためにも潔く協会を去るべきです。
それが日本の伝統的な身の処し方であり、また、そういう献身的な姿勢というのは現代サッカーに欠かせないものなのですから、サッカー人としても正しい道がどちらなのかはいたって明快なはずです。

ベスト8に終わったアジア杯で”決定力不足”が指摘された日本代表ですけど、決定力というのは突き詰めていえば責任感です。
決めるべきひとが決める。
その”決めるべき”とされた選手の責任感が決定力を高めるのだと私は思います。
そして、決めらる選手はエースとして賞賛を浴び、決められなくなればその座を退く。
それがサッカーです、スポーツです。

今回の協会の決定は、スポーツの正しいあり方を全否定するものです。
このような協会の下では日本代表が世界の強豪の仲間入りをするなど夢のまた夢。
まあ、これはいまに始まったことではなく、「次のオシム…、あ、いっちゃった」の川淵三郎元会長の時代からそうでした。
よく考えてみれば、FIFAランクも含めて、日本代表の世界での存在感はあのころからほとんどかわっていませんよね…。
人気ブログランキングへ
スポンサーサイト
プロフィール

かつしき

Author:かつしき
FC2ブログへようこそ!

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード