桂米朝さんのあはれな末期

「末期(まつご)の哀れは覚悟の前」。

何年か前のテレビ番組で、三代目桂米朝さんが座右の銘として紹介してくれたのがこの言葉でした。
終戦直後の日本で、落語という娯楽がどうなるかもわからない時期に、周囲の反対に合いながらもその道を志した際の己の心構えを語ったものだと記憶しています。
日本の伝統的な芸能というのはその場限り、一期一会が基本ですから、ひとつの高座で己を燃焼しつくそうという気迫とも受け取れますよね。
この言葉を、なんとも柔和な顔で語る米朝さんが私には何とも大きな人物に思えたものです。

その米朝さんが、今日2015年3月20日に89歳でお亡くなりになりました。
年齢的にいっても、ここ最近のお姿からしても大往生だったのだと思います。
お身内もお弟子さんも、ある程度の覚悟はあったのか、記者会見には落ち着いた雰囲気がありました。
そんななか、ご子息の桂米團治さんは「きれいに枯れてきはったなあ。どんなに大きな木でもいつかは枯れる。その枯れ方がきれいだと思いました」と感想を漏らし、愛弟子の桂ざこばさんは「こないに上手に、こないにキレイに亡くなるとは…」と思わず咽んでいらっしゃいましたけど、お二人の話を聞いているだけで晩年の米朝さんのお姿が目に浮かぶようでした。
米朝さんはなんとも素晴らしい御一門を残されたものです。

それにしても、この最期、”哀れ”なところが少しもありません。古語の”あはれ”の方がしっくりきます。
これも米朝さんが覚悟を持って一瞬一瞬を必死に生きてきた結果なのでしょう。
上方落語はその覚悟をこそ伝承していってほしいですよね。
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