安倍総理、米議会でのスピーチ

日米首脳会談のため訪米中の安倍晋三総意大臣が4月29日午前(日本時間30日未明)、ワシントンの米議会上下両院合同会議でスピーチを行うということで、私もちょっとドキドキしながらテレビの前に座っていましたけど、話を聞いているうちにどんどんと引き込まれ、途中からはいらぬ心配は忘れて、アメリカの議員のみなさんと同じように総理に拍手を送っていました。
第二次世界大戦で激しく戦火を交えた両国が、戦後はその歴史を乗り越え、世界でも有数の同盟国となり、自由と民主主義、そして法の支配という原則を基に世界の平和安定に貢献してきた。今後も一層、友情を深め、経済面でも安全保障面でも連携して、世界秩序を作ってゆきたい。安倍総理はそのように語り、日米同盟を「希望の同盟」と呼びたいといってスピーチを締めくくりました。

私も本当にその通りだと思います。
日本とアメリカ、そしてEUやオーストラリアやインドといった自由と民主主義と法を尊ぶ国々が主導しなくては世界に平和も安定も訪れません。
独裁国家が、法を無視し、武力によって秩序を壊そうとしているのを防がねばならないわけです。
安倍総理のスピーチはそんな決意に満ちているとともに、このところ”世界の警察”としての看板が色あせているアメリカの尻を叩くようにすら見えました。
これまでの日本は特に安全保障面において、アメリカ依存に徹してきましたけど、これからは安倍総理のいうところの”積極的平和主義”で、より対等な同盟関係を築いて行きたいということだと思います。
そしてこれは「繁栄なくして平和なし」と総理が語ったように、経済分野でも”自由と平等と法の支配”を理念とするTPPに繋がってゆくのでしょう。
安倍総理の話はどこまでも”未来志向”でした。

ところが日本の新聞やテレビを見ていると”歴史認識”や”先の大戦の謝罪”といった話ばかり。
私もそれを蔑ろにしろとはいいませんが、今回のスピーチでも「痛切な反省」や
「アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目をそむけてはならない」という言葉があったように、安倍総理もそれを決して忘れてはいません。
そういった認識に立った上での未来志向なわけです。
日本のメディアがいつまでも”捏造国家”である中国や韓国の片棒を担ぎ、偽りの歴史観にとらわれ、前を向いてくれないのが悲しくてたまりません。

世界を見渡しても、日本の”歴史認識”や”謝罪の有無”に目くじらを立てているのは中国と韓国くらいです。
そもそもかつて列強といわれた国々が”侵略”や”植民地支配”を謝罪したことはありません。
敗戦国であるドイツだって謝るのはナチスによるユダヤ人弾圧のみであって、戦争自体への謝罪なければ賠償もありません。
債務超過に苦しむギリシャが苦し紛れに戦時賠償をドイツに求めていますけど、ドイツは断固拒否していますからね。
いささか身勝手とも見受けられますが、大国にとっての侵略や植民地というのは”そういう不幸な時代”といった認識なのでしょう。

ただ、私は日本が植民地支配や侵略についての謝罪をするのが嫌いではありません。
もちろん、謝罪”しすぎ”てはなりませんけど、その当時許されていた価値観でも、いま鑑みれば間違っていると思えば謝る、というのは日本人の美徳に適ったことだと思います。
先の大戦の日本は”大東亜共栄圏”を謳っていたように、アジア諸国を欧米列強の支配から独立させることをひとつの目標にしていましたけど、自分が代わりに支配者になるという欲望があったことも否定できません。ですから、いまでもアジア諸国で日本を評価する国とそうでない国があるわけです。
日本の謝罪というのは、理想に徹しきれなかったことへの謝罪であると私は理解しています。
ですから、いま日本とアメリカが目指している世界秩序も理想を貫いてほしい。
自分たちの利益のためばかりではなく、自由と民主主義と法を基にした公平な秩序を築いてほしい。
それこそが真の痛切な反省です。
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