慰霊の日に思う

今日6月23日は沖縄の慰霊の日、しかも今年(2015年)は戦後70年の節目の年ということで、私も朝から厳かな気持ちになりましたし、静かに一日を過ごしたいと思っていたんです。
しかし、式典での翁長雄志知事や遺族連合会会長の追悼の言葉を読んだり(ニュースサイトで)、テレビニュースで解説員の話を聞いたりしているうちに、とてもではありませんがそんな気分ではいられなくなってきました。

慰霊というのは読んで字の如く、亡くなった方の霊を慰めるという意味です。
もっというと亡くなった方を思い、無念を鎮めるという意味でしょう。
その原因が戦争であれば平和を祈るということだと思います。

ですから、そういう日に基地問題という政治を持ち込んで、対立を煽ることが私には残念でなりません。
政治的主張はしかるべき場所で行えばいいだけです。日本は言論の自由が保障された国です。法に則ったやり方ならば誰も止めやしません。

また、沖縄戦を振り返るなかで、必ずといっていいほど出てくる「当時の沖縄県の人口の約3分の1に相当する20万人の犠牲」という言葉。追悼の言葉やテレビニュースでも何度も繰り返されていました。
おそらくこれを聞いた多くのひとは、「沖縄の一般住民20万人が戦争の犠牲になった」と思われるでしょう。
しかし、そうではありません。

まず、当時の沖縄県の人口は約59万人で、県外に疎開した方が約8万人(※対馬丸のように疎開船がアメリカ軍に撃沈されたことも)。
沖縄県援護課が発表した犠牲者数でいうと、県外出身日本兵6万5908人、沖縄県出身軍人・軍属2万8228人、戦傷病者戦没者遺族等援護法に基づいて日本軍に協力した準軍属といえる方が5万5246人、一般住民が3万8754人、合計18万8136人となっています。
犠牲者がどれほどだったのかは諸説あるものの、公的な数字なのでこれを信じることにすると、沖縄県の3分の1が犠牲となったというのは間違いということになります。日本各地から投入された兵隊さんは沖縄県の人口には含まれていません。

犠牲者はすべて一般住人のように装い、まるで軍の犠牲がなかったようにいう。
沖縄戦には約11万6400人もの兵力が投入され、9万4000千人以上の軍人・軍属が沖縄と日本を守るために勇敢に戦い、散っていったわけです。
それを忘れたような言論を許していいのでしょうか。
そして、「県民の3分の1」などといって被害をより悲惨に見せる。
これではどこかの国と同じではありませんか。

平和を祈るというのは、歴史を学び、考えることだと私は思っています。
歴史を塗り替えることではありません。
その上で沖縄戦について私が思うのは、本土決戦などというのは負けでしかなく、一般市民を守れないのであれば降伏すべきだったということです。
軍隊というのはまず国民を守るためにあるはずです。

6月23日にプロパガンダを持ち込むならば、日本全体で安全保障を議論する方がずっと筋が通ります。
日本の防衛力はどの程度必要で、どの程度アメリカの助けを借りるのか、基地はどこにどれだけ作るべきなのか、そういう当たり前の話をすればいいんです。
日本はそれをしてこなかったからいま周辺国に平和を脅かされているのではないでしょうか。
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