使われるレガシーと使われないレガシーの分水嶺

7月17日に安倍晋三総理大臣が「ゼロベースで見直す」と発言したことで、その建設が政府に委ねられることとなった新国立競技場ですが、28日の報道によると政府は周辺設備の縮小や”開閉式屋根”を見送ることで、予算を2520億円から1000億円代半ばまで圧縮する考えのようです。
29日にクアラルンプールで行われたIOCの理事会でも、東京オリンピック組織委員会がそういった整備計画の見直しを報告し、快く了承されたとのことですから、この理事会に合わせて政府も急いで案を練ったのでしょう。
IOCのバッハ会長も、「世界で最も高価な競技場を建てたくないという考えは理解できる。選手と観客にとってベストな競技場となるよう我々もサポートしてゆきたい。日本国民が五輪を歓迎してくれることが大切だ」と記者会見で述べていましたけど、IOCからすれば日本国内でのゴタゴタで五輪への風当たり方が強くなる方が心配だということです。

そして日本政府、安倍内閣の”心配”はというと、五輪関連の費用が嵩んで政府そのものが国民から批判を受けることだと思います。
今回出てきた縮小案にしても、開閉式屋根を作らないという部分には私もちょっとびっくりしました。
新国立競技場は高額な建設費と同時に、建設後の”収支”も懸案事項だったはずです。
サッカーや野球のホームスタジアムになるわけでもなく、サブトラックがないので国際的な陸上大会も開催することもできず
(五輪では仮設のもので対応予定)、スポーツ関連では多額の収入を得ることは考えづらいので、コンサートなどの屋内型イベントで儲けを出そうというのがもともとの計画でしたよね。
そのためには”屋根”が必要ですけど、常設だと天然芝の生育に問題が出るのでスポーツ関連に支障が出る、屋根がなければ屋内にはならない、そのための”開閉式”だったわけです。

政府が本当に開閉式を諦めるつもりだとしたら、建設後の儲けはどうやって出すつもりなのか、しっかり説明していただきたいと私は強く思います。いま現在の批判を避けるための場当たり的な建設費縮小だったら本末転倒です。
森喜朗五輪組織委員長がよく「新国立は何十年も後に残るレガシーだ」といっていますけど、世界遺産じゃないんですから、たくさん利用されなければ意味がありません。

新国立競技場は当初1300億円だったものが、1600億、2520億と跳ね上がり、世論が猛反発したことで政府が1000億円代半ばという切り詰めを行いつつあるわけですが、この動きとよく似ているのが1998年の長野五輪の大会運営費です。
1988年の国内選考を勝ち取った際の予算は400億円、その後の招致活動の段階では760億円、開催が決まってからはなんと
1500億円まで膨らみ、さすがに批判の目が向けられると、組織委員会と長野県が必死にこれを切り詰めて96年に940億円前後という見通しを発表。
最終的には1043億円で大会を終えました(黒字は約52億円)。
(※メインスタジアムは、もともとあった野球場建て替え計画に乗っかったため、その建設費106億円は運営費に含まれていません。)

そうして切り詰められたもののひとつに各競技場と市街地を結ぶ”路面電車”があります。
「冬場は線路が凍結することもある」という理由で計画が中止され、五輪本番ではシャトルバスが運行されることになったわけですが、そのシャトルバスが天候不順や渋滞などで遅れが頻発し、大会中に大問題になったのですからおかしな話です。
現在でもシャトルバスはスケートの大会やサッカーの試合、野球観戦、はたまたコンサート(ビッグハット)などで利用されているので、路面電車は必要だったのだと思います。
特に県外・市外から多数のお客さんが訪れる催しではそう強く感じます

長野市には348億のエムウェーブ、191億のビッグハット、142億のホワイトリング、106億円のオリンピックスタジアム、101億円のスパイラル(ソリの競技場)という立派な施設が点在しているのに、市街地からはどれも離れたところにあって、しかも公共の乗り物が少ないのですから、使い勝手がよいとは決していえません(※駐車場はあっても大きな催しでは制限されます)。

長野五輪はスポーツのためというより、長野市周辺と長野県が発展するためのイベントという側面が強く、新幹線が開通し、いくつもの道路が次々に建設されましたけど、そういうインフラ整備の費用や、立派すぎる施設の予算を少しずつ削り、施設周りの交通網を整えることが長い目で見れば正解だったような気がしてなりません。
やっぱり作った後のことも大切です。
これは松本市のアルウィンにもいえることですよね。
政治家や役人は国民・市民が見ていなければ丼勘定、批判がくればその場しのぎの縮小案の繰り返しです。
そうしているうちに我々は、なにが要るのか、なにが要らないのか、よくわからなくなってくるわけです。

ときには「いるものはいる」と腹をくくらなければなりません。
それが、使われるレガシーになるのか、保存されるだけのレガシーになるのかの分水嶺です。
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