平和宣言と本当の勇気

昨年の長崎原爆の日の式典で核兵器廃絶とは関係のない安倍内閣を批判をしたことで記憶に新しい田上富久長崎市長が、今年(2015年)もまた同じように安全保障法制についての批判をしていましたけど、なぜ素直に平和を祈り、核兵器廃絶を誓うことができないのか、私も本当に残念でなりません。
誰かを批判するためのスピーチならば別の機会にやればいいんです。”平和宣言”というのは本来、主義主張も敵味方もないものです。

また、この日の式典では、70年前に原爆の被害に遭われた86歳の男性が被爆者代表として平和への誓いを行ったわけですが、そこではさらに踏み込んだ批判が行われ、「今集団的自衛権の行使容認を押しつけ、憲法改正を押し進め、戦時中の時代に逆戻りしようとしています。今政府が進めようとしている戦争につながる安保法案は、被爆者を始め平和を願う多くの人々が積み上げてきた核兵器廃絶の運動、思いを根底から覆そうとするもので、許すことはできません。」などといった”一方的な決めつけ”がなされていました。
ご自身がそういう意見を持つのは自由です。
しかし、ここは犠牲者を慰霊し、平和を祈る場であり、ご自身は被爆者の代表という立場なのです。
一方的な意見を述べることは許されないはずです。
しかも、安保法案が戦争に繋がるという偏った解釈もそうですし、それが核兵器廃絶運動とどうして関係するのか、まったく論理的ではないわけです。自衛隊が直接的に戦闘行為に参加するための法案が審議されているとか、核武装のための法案が審議されているとか、そういうのとはまったく違うわけですからね。

こんなおかしなプロパガンダが繰り返されるのだったら平和宣言も平和への誓いも価値を失いますし、もし、それが続くのだったら、日本政府首脳も外国の要人も参加すべきではないと私は思います。

産経新聞によれば、さる長崎県の中学校では、歴史教育のために招いた”語り部”さんが、原爆とは関係のない旧日本軍の行い、それも中国や韓国の主張に則った真偽不明の残虐な内容や、反原発活動を生徒に話すので、校長先生が語り部さんにそれを止めてもらったそうです。
これはかなり勇気のあることだと思います。
語り部さんはいわば”聖域”でしょうから、ありとあらゆる方向(主に左方向)から攻撃される可能性があるわけですからね。
しかし、この校長先生は、一方的な解釈や意見を子供たちに教えるのは間違っている、という教育者としての筋を通した、これは本当に立派なことです。

来年はこの校長先生に平和宣言をしてもらってはどうでしょう。
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