2015安曇野薪能

今年2015年で25回を数える安曇野薪能は、安曇野市(旧明科町)出身で京都で活躍していた故・青木祥二郎先生の主宰として始まり、4回目からはそのご子息である青木道喜先生が辣腕を振るって安曇野に根付かせてきた薪能ですが、片山幽雪先生(九世九郎右衛門)を初めとした京観世の錚々たる先生方が参加し、これまでほぼ同じメンバーで、クオリティの高い舞台を披露してきたという意味でも、日本有数の薪能ということができるでしょう。

しかし、その安曇野薪能にも、今年は重大な変化が訪れてしまいました。
片山幽雪先生が今年の1月13日に亡くなってしまったことで(享年84)、番組に先生の名前がなかったのです。
人間国宝という肩書や、「現代の名人」などという専門家の評価以上に、幽雪先生の舞台は安曇野薪能にはなくてはならないものでした。
幽雪先生が舞台に上がったときの会場の緊張感、観客の集中力の高まりというのは言葉に表せないものです。
能楽というのはちょっと難しい舞台芸術ですけど、幽雪先生の舞台というのは何の説明もなしに観客を虜にしていた、能楽の素晴らしさと奥深さをいつも教えてくれていた。
存在が能楽そのものだったといっていいでしょう。
その喪失感をどうしたらいいのか、私にはわかりませんでした。
(※開会の市長挨拶で幽雪先生のことにまったくふれなかったのはどうしてなのでしょう、憤りを禁じ得ません。)

そして地元の少年少女たちの清涼感のあるお仕舞の後で始まった今年の安曇野薪能。
天気予報では”曇り”でしたけど、上空には青空が見え、”晴れ”といっていい天気模様。
ただ、山の向こうに雲が見え、風もかなり強いので、ちょっと危うい感じ。
強風のためにこの日は薪もくべるののを止めていました。

客席もその風に注意を取られ、気もそぞろといった雰囲気でしたけど、それを一変させたのは、能楽『花月』のシテ青木真由人くん。青木道喜先生のご子息で小学校5年の男の子です。
その真由人くんの最初の名乗りの堂々としていることはどうでしょう、声がどこまでも真っ直ぐに響き渡り、安曇野中に広がるようでした。
その迫力に会場は呑まれたようになり、その後も真由人くんの気合の入った『花月』にみんな釘付け。
私も久々に衝撃を受けました。
シテ方の子供が舞台をやる際は割と”やらされている”といった感じが強くなるものなのですが、この真由人くんは完全に能動的で、最後まで高い集中力を持って舞い終えただけではなく、運足や謡の基本部分がしっかりしていて迷いがなく、稽古もまた自ら積極的に行っていることが見えるてくるようでした。
幼くして会場を支配するチカラを見せつけた真由人くん、将来が本当に楽しみです。
私も一緒に行った相方もファンになっちゃいました!
今後はきっと安曇野薪能の売りになるでしょうねえ。
幽雪先生がお隠れになっても、その撒いた種がこうしてまた新しく芽吹いてゆく。
これが伝統芸能です。

狂言では幽雪先生と同い年の野村萬先生がお元気が姿を見せてくれてなんだか一安心。
『萩大名』のすっとぼけた演技もお手の物で、会場では老いも若きも大笑い。
漫画を読んだり桟敷席でごろごろしていた子供も萬先生の狂言が始まると、いつも間にか笑いの輪に入っているのですから本当に凄い。これが本物の狂言師です。

そして今年の青木道喜先生の能は『松風』。
夏の終わりの薪能ではよく見かける番組ですが、この安曇野薪能ではこれがなんと初めて。かなりラッキーです。
ここ数年の青木先生は、己から無駄なものをそぎ落とし、能役者としより己を純化させ、能楽と溶け合おうとしているように見えます。
その境地というのは、幽雪先生が我々に見せてくれていたものに他ありません。
青木先生は師匠である幽雪先生の背中を追おうとしているのでしょう。
この『松風』でも青木先生は松籟のように舞台を通り過ぎてゆきました。
それはまさに「夢も跡なく夜も明けて 村雨と聞きしも 今朝見れば松風ばかりや残るらん」の世界。
『松風』というのは日本人の美意識のひとつが集約した名曲です。
安曇野の山おろしが須磨の浦風に重なり、全身がぞくっとしました。

番組の最後は15分の休憩を挟んでの半能『石橋』。
シテは十世片山九郎右衛門先生、ツレに味方玄先生、橋本忠樹先生、鵜澤光先生。
これは京都の能楽ファン垂涎の配役といっていいでしょう。
九郎右衛門先生のしなやかなで堂々とした白獅子、玄先生の若々しくキレのある赤獅子は本当に見応えがありました。
お二人はいつまも変わりませんねえ。
また、鵜澤先生は女性なのですが、舞台ではまったくわかりません。謡もそうですし、もう性別を超えています。
私はまだ鵜澤先生の能を観たことがないのですが、知人が凄く勧めてくれているので、「いずれは」という思いがまた強くなりました。

ちなみにこの『石橋』のワキは宝生朝哉先生。
安曇野薪能のワキといえば宝生欣哉先生ですけど(この日の『花月』も『松風』も素晴らしかった)、そのご子息でまだかなりお若そうでした。謡の癖が欣哉先生によく似ていましたけど、欣哉先生が20代のころに早くも持っていたワキとしての存在感と迫力はまだまだ身に着けていないようです。これからどんどん鍛えられてゆくのでしょうね。
囃子方でも今回は笛の杉信太朗先生(杉市和先生の長男)が出演なさっていましたし、安曇野薪能も徐々に代替わりの気配でしょうか。
篝火も吹き消す強風のなか、新しい風を感じて、ちょっと寂しいような、ちょっとワクワクするような、そんな2015年の夏でした。
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