東京五輪エンブレムの泥沼化

2015世界陸上北京大会の注目の集め方や世界柔道での日本勢の金メダルラッシュで、来年のリオ五輪、そして2020年の東京五輪の匂いがぐっと濃くなってきた今日この頃ですが、懸案だった新国立競技場も今日8月28日の関係閣僚会議で観客席の数や総工費上限1550億円が決まったそうですから、ひと段落といったところでしょう。
しかし、同じく懸案だったデザイナー佐野研二郎さんのエンブレム盗作問題の方は、今日28日に東京五輪組織委員会が”原案”と”修正版”と”決定版”という経緯を説明したことで、さらなる泥沼化の様相を呈しちゃっています。

なるほど、確かに公開された原案はベルギーの劇場のロゴには似ていません。
決定版は”大きな円の真ん中に上下に重なったL”みたいなデザインですが、原案は”Tの右下に小さな日の丸が落ちている”という感じです。
ただ、5日に盗作否定会見を開いた佐野さんは五輪ロゴのコンセプトについて、大きな円は1964東京五輪のエンブレムをリスペクトしたもので、上下のLみたいなTの書体にも彼なりのこだわりがあると自信満々に説明していましたよね?
でも、それって原案にはまったくなかったんです。

組織委の説明によると、コンペで選ばれた佐野原案は、商標手続きのなかで類似性のあるものが見つかり、審査委員会の方から佐野さんに修正を依頼して決定版にたどり着いたというのです。
私は素人ですから、原案と決定版のデザインの違いを語ることはできませんが、佐野さんが記者会見で述べていたコンセプトが”後付け”だったことは確かです。
ということは原案にも何かしらのコンセプトがあったのに、佐野さんはそれを放棄したわけですよね。
そして、選考委員会もそのコンセプトは”いらない”と判断したわけです。

私などはなぜ審査委員会がその時点で、”佐野さんそのもの”を外さなかったのか理解できません。
デザインに類似性もあったわけですから、選外になって当然に思います。
最終選考には他に3作品があったといいますし、そのなかから選んではいけなかったのでしょうか?
経緯を見ていると、”佐野研二郎ありき”だったとしか思えません。

2020東京五輪エンブレム選考は選考基準を潜り抜けたデザイナーによる104作品を段階的に絞り込んでゆく形で決定されたといいますが、その選考基準が限定的すぎるという批判もありますし、審査委員長である永井一正さんと佐野さんのコネクションの強さを指摘する声もあります。

ちなみに1964東京五輪のエンブレムは、10人のデザイン関係者が「日本的なものを加味した国際性のあるもの」というコンセプトをまず打ちだし、それをもとに当時活躍していた著名デザイナー6人に依頼をした上でコンペをしたものです。
どうやって6人を選んだのか、6人では少ないのではないか、という疑問は残りますよね。
これに比べると今回は104作品と裾野を広げたわけですから、密室性は薄くなったように感じます。
しかし、私は1964年のときの方が公平に見えるんです。
それは選考にかかった6作品がすべて公開されているからです。
そして、素人目にも決定したデザインが他のものよりも素晴らしいのがわかるからです。
対して今回は104作品はもとより、最終選考に残った佐野さん以外の3作品すらも見ることができないのですから、どうしたって疑心暗鬼になってしまいます。

最終選考の3作品を公開したら、「こっちのほうがいい!」の大合唱になりそうですけどね。
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