仮面ライダーゴーストに思う

昨日(5月29日)の日曜日の朝のことなんですけど、ふとテレビを観たら、仮面ライダーの放送をやっていたんです。
タイトルは『仮面ライダーゴースト』と付けられていて、過去の英雄の霊魂と協力したり合体したりしながら悪を倒すという、やや複雑怪奇な作品で、少し観ただけでは内容を理解するのがかなり難しいと感じました。
これを楽しんでいる最近の子供の知的レベルはかなり高いですね。

それと、実は私、観ていてしばらくこれが仮面ライダーシリーズだって気が付かなかったんです。
まず、ヒーロー(ライダー)が3人もいましたし、みな変身後がかなりごつくて、伝統的なライダーらしさみたいなものがまったく感じられませんでした。
それに、仮面”ライダー”なのに、バイクは一切出てきません。登場する雰囲気すらなかったんです(※主人公専用バイクは存在するようです)。
そこで、いったい何にrideするのか、と一生懸命考えたんですけど、おそらく霊魂が”乗り”移るにかけているのだと思います。
この制作サイドの感性もかなり難解です。子供たちはついていけるのかな…。

ただ、このrideはやっぱりちょっと苦しいですよね。
もともとの『仮面ライダー』は、オートレーサーの本郷猛が、バイクを高速で疾走させることで、腰に巻いた変身ベルトのファンを回して、そのエネルギーで仮面ライダーに変身するという設定だったはずです。
バイクによるアクションシーンも豊富だったと聞いています。

仮面ライダーがなぜバイクに乗ったヒーローだったのか、その理由は私も知りませんが、おそらく、1971年の放送開始当時、世界のオートレースシーンを日本のメーカーが席巻していたせいだと思うんです。
バイクが日本の工業技術の代表であり、それが世界を打ち負かすことで、当時の日本人は大きな勇気と興奮を得ていたに違いありません。
そして子供や若者はカッコいいバイクに憧れ、仮面ライダーが生まれた、ということなのではないでしょうか。

また、その世相でいうと、60年代というのは遺伝子の暗号が解析され、いまでいう遺伝子工学の基礎の部分が進歩し、ひとびとが色んな空想を膨らませた時代でもあります。
その空想は、遺伝子研究が人類を豊かなものにするという期待と同時に、果たしてそれは人類が手を触れていい研究なのかどうかという恐れや迷いであったはずです。
そして、みなさんご存知のように、初代仮面ライダーはバッタの遺伝子を使った改造人間です。
この設定には時代が大きく反映されているといっていいでしょう。

ようするに、1971年放送の『仮面ライダー』というのは時代の最先端を疾走していたわけです。
現代の我々はそれを振り返って、時代を感じることができます。
子供の頃はヒーローものとして純粋に楽しんでいたひとも、大人になって色々と考えさせられ、いっそうこの作品が好きになったに違いありません。
では、いわゆる〈平成ライダー〉はいまの子供たちに何を残すでしょう?
制作サイドはもっと”未来”を見て欲しいと思います。それは”いま”を見ることなんです。

ちなみに、仮面ライダーは伝統的にキックが必殺技で、『仮面ライダーゴースト』でもそうなっていましたけど、初代のそれは”バッタの跳躍力”があってのものなんです。
つまり、バッタの改造人間でなければ、キックが必殺技である必然性はありません。
制作サイドは、”過去”もよく見るべきです。

…と、ここまで否定的に書いてきちゃいましたけど、私は『仮面ライダーゴースト』も大いに楽しめました。
まず、テンポがいい。ラーダースーツのデザインがカッコいい。そして若い役者さんたちの熱演が眩しい!
これは、いまのライダーシリーズが若い役者さんたちにとって、登竜門的な位置づけになっているせいでしょう。ここから人気者になってやろう、成り上がってやろう、という意気込みが痛いくらいに伝わってきます。
若者たちはやはり”未来”を見ていますね!
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