je défendrai jusqu’à la mort votre droit de le dire

”私はあなたの意見には反対だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る”。

ヴォルテールが残したとされるこの文句は、言論の自由・表現の自由に対する態度はかくあるべしとして有名ですが、自由と民主主義を標榜する国ならば、国民ひとりひとりはもちろん、国としてもこれを大切にしなければならないのは当たり前のことです。
自分が嫌いな意見が世の中に流れていても我慢する、しかし、自分にもそれに反論する機会がある。それが自由と民主主義です。
ひとりひとりの自由な意思表明が許されない国は、特定の組織や個人が牛耳る独裁国家となってしまいます。
それは自分が反対する意見が世の中に溢れるよりも、もっと恐ろしいことです。

その意味で、私は昨日6月5日に川崎市で行われた〈川崎発!日本浄化デモ第三弾!〉なるデモが、それに反対するひとたちの違法行為(道路交通法違反)と激しい威圧によって中止に追い込まれたことに、少なからぬ恐怖を感じました。
このデモは、川崎市や横浜地方裁判所が「ヘイトスピーチの可能性がある」として一部施設や地域の使用を禁止し、報道でも「ヘイトスピーチ行ってきた排他的なデモ」とされていましたけど、主催者が発表する概要には、共産党批判、ヘイトスピーチ対策法は憲法違反(言論の自由)、日本人差別反対、朝日新聞批判などといった内容が記載されているだけで、差別的なものはありません。
デモの様子を映す画像や映像のなかのプラカード等にもそのような表現はないようでした。

そんな20人ほどのデモに対して、数百人という反対派が道を塞ぎ、威圧的な態度と言葉で取り囲んでいるのですから、犯罪性がどちらにあるのかは明白です。
それなのに神奈川県警は反対派を取り締まることなく、デモ側に「危険だから」といって中止を要請したというのですから、職務放棄以外の何ものでもありません。
警察は反対派をあらゆる方法で排除し、その上でデモを逐一監視しながら、いわれのない差別や侮辱の表現が少しでも見つかれば、そこでデモを中止させればよかったのです。それが法を守る態度です。

また、これを伝えるマスコミも異常でした。
まず、テレビでは「度々ヘイトスピーチ行ってきた排他的な団体」としか伝えず、主宰者が主張するデモの目的は一切無視しているのです。
(※日本にはヘイトスピーチを取り締まる法律はないので、彼らの言動がヘイトなのかどうか認定する法的・客観的根拠は何もありません。ヘイト対策法は理念法ですから、立件することはできず、裁判で認定することもできないのです。ですから、この法律に賛成する側も反対する側も、自分のいいように解釈することが可能です)。
そして、それを妨害した反対派がどのような方法を用いていたのかも一切触れていないんです。
ひどいところになると、”反対派が見事にヘイトスピーチを阻止した!”といわんばかりの内容で伝えているのですから、恣意的な印象操作としかいいようがありません。
報道は公平であるべきです。
そして報道は自由と民主主義を守るべきです。
常々「言論の自由を!」と声高に叫んでいるひとたちが、それが蔑ろにされた事実に対して、無視を決め込んでいる姿に私は強い失望を感じます。
表現の自由が実力行使によって妨害されたことに、断固たる反対を唱えなくて、何がジャーナリズムなのか。
日本の大多数のマスコミには、自由も民主主義も憲法も語る資格はありません。
そして、”ある特定の団体を決めつけによって迫害している”のですから、これもまた彼らがいうヘイトスピーチなのではないでしょうか。

私はこのデモには全面的に賛成はできませんが、彼らがデモをする権利については全力で支持したいと思っています。
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