ボブ・ディランの受賞コメントを楽しみに

10月のノーベル賞ウィークといえば、このところの日本は基礎科学の分野を中心に多数の受賞者を出し、今年2016年もオートファジーで大隅良典博士がその栄誉に輝いたわけですが、締めくくりはやはり文学賞です。
これで村上春樹さんが受賞を逃し、ファンが残念会を開かなければノーベル賞ウィークが終わったような気がしません。
もちろん、今年も村上さんは予定調和のように賞を逃しました。
まあ、しかし、毎年この時期に獲るか取らないかの大騒ぎがあるから本の宣伝になるわけで、出版業界からしたら”永遠の有力候補”の方がありがたいってものですよ。受賞者の本の横に村上さんの本を置けば2倍美味しいってものですしね。
ところが今年は出版業界の思いもよらない事態になってしまいました。
なんと、文学賞を受賞したのが歌手のボブ・ディランで、店頭に並べる本がないんです!

私も昨日13日(日本時間)のボブ・ディランの受賞のニュースにはちょっとびっくりしました。
選考委員会によると、「音楽史に新たな詩的表現を生み出した。現代の音楽への影響は計り知れない」「おそらくは存命中の最も偉大な詩人だろう」とのことで、歌手ではなく”詩人”としての受賞みたいです。
詩人ならば過去にも何人も受賞者がいますし、そらならそんなにおかしくないのかもしれませんが、ディランはやはり歌手ですから、文学賞の枠がそこまで広がったと思うと、興味深いものがあります。
きっと、来年以降に向けて、何人かの歌手がそわそわし始め、何人かの作家は苦虫を噛み潰していることでしょう。

ただ、このボブ・ディランの授賞理由は、選考委員会がいっているようなのは表面上で、多くの部分は政治的なものだと考えるのが妥当だと思います。
2012年に受賞した中国の反体制派作家である莫言(ポーズだけの反体制との評価もあり)、2015年の反ベラルーシ・反ロシアのジャーナリスト、スベトラーナ・アレクシエービッチと同じ系譜というわけです。
ボブ・ディランといえばその名を世に知らしめたのは、1963年の『Blowin' in the Wind』ですが、この曲はその歌詞から公民権運動の象徴となり、プロテストソング(政治的意思表明)の歌い手としてのボブ・ディランの地位を確固たるものにしました。
それがまた”いま”のアメリカで口ずさまれているんです。

みなさんご存知のように、2012年に起きた〈トレイボン・マーティン射殺事件〉以来、アメリカでは白人警官(ヒスパニック系や自警団員も)が、犯罪者と思しき黒人を、間違いや行き過ぎた形で射殺する事案が繰り返し発生し、それが人種対立へと発展しているわけです。
今年も黒人による大規模なデモが数多く行われました。
『Blowin' in the Wind』で歌われていた世界が、50年経ったいまでも変わっていないというのは、本当に悲しいことです。
ノーベルの選考委員会が、ボブ・ディランの受賞で、そういう現状を是正するよう、アメリカ社会やアメリカ政府にメッセージを送っていることは間違いありません。
また、いまのアメリカではドナルド・トランプのような排外主義者が大きな顔をしていますよね。
このことも、ヨーロッパ人で占める選考委員会が標的にしていると、私は推測しています。
リベラルを代表するボブ・ディランへ文学賞を与えることは、大統領選挙を戦うトランプへの大きなダメージになることでしょう。

こういう背景はちょっと考えればわかることですけど、昨日今日と日本のメディアがそれをまったくいわずに、「私もファンでした」みたいな声ばかりを拾っているのに、私はうすら寒いものを感じています。
ディランと同年代のひとたちは、過去の自分たちが一緒に賞賛されたような気分になって喜んでいるのかもしれませんし、メディアからすればこれを期にボブ・ディランで一儲けをしたいがために、アメリカや世界の現状から目を背け、あくまで”歌手”や”詩人”としての彼に焦点を当てたいのかもしれません。
しかし、それは本当に正しいことなのでしょうか?
How many times a man turn his head
Pretending he just doesn’t see?
日本でも『Blowin' in the Wind』の世界はまったく変わっていないみたいですね。

ちなみに私はスプリングスティーンのファンのせいか、ディランはあまり好みません。
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