『真田丸』第50話、最終回(前)

今年(2016年)1月10日に始まった『真田丸』もこの12月18日でついに最終回。
前の週に後藤又兵衛が討ち死にし、長曾我部盛親も敗走し、追い詰められた豊臣方では、残された真田幸村隊と毛利勝永隊、明石全登隊が徳川家康の本陣を狙う作戦へと切り替えます。
主戦力をそちらに振り向け、総大将である豊臣秀頼が出馬することで、その威光に徳川方の豊臣恩顧の大名たちが怯んだところで一気に家康の首を取るという算段です。
拠り所であった大坂城は堀が埋められ、敵は味方の数倍の兵力。まともに戦っても勝ち目はありません。
家康を殺すことで和睦の談判を豊臣有利にし、実質の勝ちを拾うつもりの幸村は、淀殿へ、「大坂を捨てる代わりに四国全土の主に。万に一つ私が死んだ場合は千姫さまを和睦のご使者に。望みを捨てなかった者にのみ道は開けるのです」といい置いてから戦場に赴くのでした。

しかし、その決戦では、秀頼が出陣する前に毛利勝永隊の兵が敵方から鉄砲を射かけられたことで先走り、「こうなればもう仕方なし」と勝永と幸村は戦闘開始を決断。
まずは毛利隊が次々と徳川軍を蹴散らし、南の家康本陣へと突き進みます。
幸村隊も毛利隊が作った混乱に乗じて家康本陣を目指し、途中真田本家隊の矢沢三十郎頼幸らと衝突しますが、「小者は相手にするな!」と一蹴し、その勢いは止まりません。
この豊臣方の思わぬ攻勢に家康本陣は大混乱となり、馬印を忘れるほど慌てて本陣を放棄した家康は、ほうほうの体で遁走しながら、「もうよいここまでじゃ」と腹を切ろうとして家臣に止められる始末。
東では徳川秀忠軍も大野治房に攻められて劣勢。秀忠も”逃げ恥”を晒します。

こうして状況が豊臣有利となると、軍監の大野治長は秀頼の出馬を促すためにいったん大坂城に戻ることとしますが、そのとき豊臣の馬印である”千成瓢箪”も戦場を離れたことで、豊臣方の兵たちが「秀頼公が逃げた」といって大いに動揺してしまいます。
しかも、大坂城内では「真田幸村が徳川と内通している」という噂が立ち、徳川のスパイである大角与左衛門(厨の主)がそれを裏付ける証言をしたことで秀頼に疑念が生じ、大蔵卿局(乳母)の反対もあって出陣に踏み切れません。
そうこうしていると、大角与左衛門が城に火を放ち、これを遠目で見た家康は、「好機じゃ」といって反撃を号令。
これで完全に潮目が変わりました。

こうなると幸村隊も毛利隊も押し返され、その後詰であった明石隊も瓦解。
幸村を戦場から逃がすために堀田作兵衛が仁王立ちで鉄砲の的になるなど、もはや敗走といっていい様相を呈します。
ここにきて大坂城では秀頼が「これより討って出る。私とて太閤の息子である」と出陣を決断しますが、ときすでに遅く、淀殿から「生きる手立てはまだあります。私には生き延びる策があります」といわれたことで城に留まることに。
やがて大坂城に敵が乱入すると、高梨内記が老骨に鞭うっての槍働きで秀頼らを守ろうとしますが、力及ばず崩れ落ち、昌幸の位牌を抱きながら息絶えます。
また、立ち往生したはずの堀田作兵衛も、何をどうしたのか大坂城へ舞い戻ると、壮絶な立ち回りの後、自ら耕した中庭の畑で、娘のようにして育てた姪を思いながらこと切れるのでした。

豊臣方の敗北が決定的となったその頃、幸村は単騎で家康本陣への突撃を慣行。
馬上筒で家康を狙いますが、一発目が逸れ、徳川家臣たちが家康の前に立ちふさがったことで、万事休したかに思われましたが、家康は「手を出すな」と家臣に命じると、幸村の前に堂々と五体を晒し、「殺したいなら殺すがよい。されどわしを殺したところで何も変わらぬ。徳川の世はすでに盤石。戦で雌雄を決する世は終わった。お主のような戦でしか生きる証を立てられぬ者の生きてゆける場所はない!」と大上段からの大正論。
これに対して幸村は、「わかっておるわ!」と絶叫すると、馬上筒を構えながら、「先に死んでいった愛する者たちのためにお前を殺す!」と大感情論。
そうして轟音が響き渡り、弾の行方が気になるところでしたが、その鉄砲の音は父を救うために駆け付けた秀忠隊のもの。
腕を打たれた幸村は引鉄を引くことができませんでした。
そうして幸村は敵兵に囲まれて絶対絶命のピンチに陥るわけですが、そこに割って入ったのは手飼いの忍び・佐助。
佐助の張った煙幕で敵を混乱させ、死闘の末、どうにか2人でその場からの撤退に成功します。

しかし、激しい戦いのため、幸村の体はボロボロ。
安居神社の境内で鎧を外し、佐助とともに体を休めているところを徳川兵に見つかってしまいます。
名前を誰何され、「真田左衛門佐幸村」と答えた幸村は、大人しく首を差し、「わしの首を手柄にされよ」という有名なセリフをいうかと思いきや、懐の短刀を抜いて鮮やかに敵を切り伏せるのですから、視聴者も虚をつかれたことでしょう。
ただ、幸村に残されていた力はこれで全て尽きたのか、「ここまでのようだな」と切腹の覚悟を見せ、佐助に介錯を促します。
そこで佐助の長年に渡る働きを労い、「いくつになった?」と優しく声をかけますが、「五十五でございます」という佐助の返答にあんぐり(このときの幸村は五十手前)。
この緊迫の場面でくすり笑いを差し込んできたのは喜劇作家・三谷幸喜ならではですね。
そうして腹を切ろうとする真田幸村。
最後にその瞳の奥に映るのは”愛するひとびとの顔”でした。

その後、場面は大坂から上田に帰る途中の真田信之に。
たまたま同道した本多正信(家康の右腕)の領地に立ち寄ると、正信がずいぶんと領民に慕われているのを見て、その極意を訊ねます。
「無理をさせず、楽をさせず、年貢だけはきっちりと取る。その上で領主たるものは決して贅沢をしてはならぬ…」、正信がその後の徳川幕府の方針そのままを語るのを、信之が納得した様子で頷いていると、そこに大坂からの報せが。
信之が大坂城の落城を感じたそのとき、腰から下げた六文銭のお守りが何かと共鳴します。

「これより七年後、信之は松代へ。松代藩は徳川幕府を倒すきっかけとなる佐久間象山を生む」
2016大河ドラマ『真田丸』は、そんなナレーションで締めくくられました。
(粗筋を追うだけで長くなったので後編に続きます。)
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