「何々とは何か?」はわかりやすく、

2015年11月のパリ同時多発テロが起きた頃、”フランス人”として生きにくいイスラム教徒のストレスがその原因ではないか、ということがよくいわれました。

では、フランス人とは何か?
民族(血)というのはあまり関係ないようです。
それよりも、国籍を持っていることはもちろん、フランス語をしゃべり、自由や平等といったフランス的な価値観を有することが不可欠とされ、そのことは宗教以上の重要性を持ち、公共の場で特定の宗教をアピールすることは信仰の自由を阻害するとされ、禁じられるというのですから、さすがフランスとしかいいようがありません。
”こうあるべき”という価値観を守ればフランス人。わかりやすいといえばわかりやすいものです。

私はこれを知ったときに、陳舜臣さんの『日本人と中国人』を思い出しました。
陳さんはそこで、中国人(中華人民共和国人ではなくチャイニーズという意味)とは何か?という定義について、古代の歴史書でも中国人は人種や民族(見た目)にこだわるのではなく、中華の思想・価値観を持った人間を中国人としていると書いています。
そしてそれ以外のひとびとを”化外の民”として完全なる差別・区別をしていたというのです。
この化外の民でいえば、〈台湾征伐〉のきっかけとなった〈宮古島島民遭難事件〉の際、明治政府は清国に対して賠償を求めましたが、清国は「台湾は化外の民である」としてそれを拒絶しました。
清国は台湾に台湾府なるものを置いていましたけど、自分の国の一部ではないと宣言したわけです。
これは伝統的な中国人の感覚に従ったものといえるでしょう。

世界中の国々を見渡してみると、いわゆる単一民族国家(同一民族の割合が大多数)が半分以上あります。
そして世界的には我々の日本もそのひとつに数えられるわけです。
ただ、我々日本人は、その”日本人”のなかにも色んな民族がいるのを知っています。
ですから、無意識といってもいい意識のなかで、自分たちを”日本人”と規定しているのは、価値観や文化の共有であることに気がついているのだと、私は思うのです。
”見た目”にばかり拘泥しているのであれば、ラモス瑠偉や三都主アレサンドロといったサッカーの代表選手たちを心から応援するはずがありません。彼らが日本を愛し、日本人として生きてゆこうとしている姿にこそ、日本人は真実を見るのです。

日本人は単一民族国家っぽい国家でありながら、日本を愛する外国人(外国出身者)に対して、本当に寛容です。
「日本を知ってくれてありがとう、好きになってくれてありがとう」という気持ちが強いのでしょう。
私はそれを日本人の良さだと思っています。
ですから、日本人が排他的で、内向きだという『朝日新聞』の『日本人って何だろう』(今日2017年1月3日朝刊)のような主張には首肯することができないのです。

そもそも『朝日新聞』は”日本人”や”国家”というものをどのように捉えているのでしょう?
記事を読んでいると、彼らは日本人の民族的な繋がりだけではなく、価値観の繋がりをも破壊しようとしているように見えてきます。
ようするに”日本人”も”国家”も嫌いなのでしょう。
ならばそう書けばいいんです。日本は自由の国ですから、誰もそれを止めやしません。
妙な論理をこねくり回すからおかしくなるのです。

”正々堂々”もまた、日本的価値観です。
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