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8月15日の静けさのなかで

日本で最も厳粛な1日といえる8月15日、戦没者追悼式での天皇陛下のおことばは、毎年その静けさのなかで我々国民の胸に染み入るわけですが、退位特例法案が成立した今年平成29年(2017年)は特に感慨深いものがありました。
少なくともあと2~3年で、戦争の時代を生きた天皇から平和の時代に生まれた天皇へと御代がかわるのです。

「本日,「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり,全国戦没者追悼式に臨み,さきの大戦において,かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い,深い悲しみを新たにいたします。
終戦以来既に72年,国民のたゆみない努力により,今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが,苦難に満ちた往時をしのぶとき,感慨は今なお尽きることがありません。
ここに過去を顧み,深い反省とともに,今後,戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い,全国民と共に,戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対して,心から追悼の意を表し,世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。」
これは今年平成29年の今上陛下のおことばですが、その内容は平成元年から大きな違いはありませんし、締めの「全国民と共に,戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対して,心から追悼の意を表し,世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。」はほとんどかわっていません。
つまり、世界の平和と日本の発展を目指すことが戦没者の御霊を慰めることだと陛下はおっしゃっているのでしょう。

その”世界平和”といえば、8月15日が近づくと新聞やテレビは”反戦”という言葉とともにこれを大きく取り上げていますよね。
しかし、彼らは、どうすれば世界が平和になるのか、戦争が少なくなるのかはまったく語りません。
彼らが語るのは戦争の悲惨さのみといっていいでしょうし、もうひとつ加えれば、当時の日本がいかに悪かったかということです。
ようするに反戦ではなく、厭戦や嫌戦なのです。
しかし、厭うても嫌っても戦争はなくなりません。
むしろ、厭うことで引き起こされたのが第2次世界大戦なのです。

1938年、ドイツがチェコスロバキアに侵攻した際、イギリスとフランスは融和政策を取り、ドイツがチェコスロバキアのズデーテン地方を領有することを認めてしまいました。
これは第1次世界大戦で疲弊したイギリスとフランスの国民的厭戦気分が背景にあったと考えられています。
ドイツはそこに漬け込む形で次々と領土を拡張し、のっぴきならないところまできて、イギリスとフランスはようやく立ち上がったわけですが、もはや戦線は”大戦”という規模に膨らんでいました。
それを終わらせるためには、世界中が大きな犠牲を払わねばならなかったわけです。
当時のイギリスの首相、ウィンストン・チャーチルは回顧録のなかで、「ドイツを早目に叩き潰しておくべきだった」という後悔の言葉を綴っています。

いうまでもなく、厭う、嫌うというのはものごとから目を背けることです。
対して、”反戦=戦争に反対する”というのは、戦争を起こさせないようにすること、戦争が拡大しないようにすることなわけですから、常にそこと向き合ってゆかなければなりません。
そのためにも我々は過去を教訓にすべきなのです。
日本の大東亜戦争も、なぜ起きたのか、なぜ拡大したのかを学び・考えることが真の反戦であり、目を背けていては平和に繋がるはずはありません。

しかし、残念ながら日本の学校教育では、その”なぜ”を教えてくれませんし、マスメディアもそれを伝えようとしません。
彼らはただただ国民の目と耳を塞ぐのみです。
教えると戦前の日本が完全なる悪ではなかったことがバレてしまうからでしょう。
ですから、我々日本国民が真に平和を求めるためには、自ら学び・考える必要があるわけです。
8月15日の静けさは、それにもってこいです。
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