桐生祥秀、笑顔と涙の9秒台

桐生祥秀という高校生3年生が日本中の注目を集めたのは、2013年4月の織田記念男子100mで10秒01という日本歴代2位の記録を叩き出したときでした。
笑顔にあどけなさの残る無名の高校生が、あの朝原宣治(,02)や末續慎吾(,03)よりも速く100mを駆け抜けたことに日本中が衝撃を受けたわけです。
しかも桐生が通っていた洛南高校のグランドは狭く、100mのレーンもなかなか確保できなかったというではありませんか。
高校を卒業し、より良い練習環境になれば、すぐに伊東浩司(,00)を捉え、夢の9秒台の扉をこじ開けると、誰もが確信に近い期待を寄せたものです。

そうして東洋大学を進学先に選んだ桐生はその年の日本選手権で初優勝、世界ジュニアでも3位になるなど結果を残したものの、14年のベストタイムは10秒05というじれったいもので、終盤は左太腿の怪我で欠場してしまったこともあって、本人も悔しさを吐露するシーズンになってしまいました。

翌15年シーズンは、いきなり3月に追い風参考ながら9秒87を計測し、9秒台がすぐそこに見えたかに思われたものの、またもや左太腿を傷め日本選手権を欠場、世界選手権に行くこともできないという悲劇的展開。
ただ、シーズン終盤に復帰し、10秒09(SB)を出して翌年のリオ五輪の参加標準記録を突破したのはさすがでした。

その左太腿の怪我があったせいか、16年シーズンは低調な感じでシーズンに入ったものの、6月には自己ベストである10秒01を久しぶりに叩き出し、これがリオ五輪派遣設定記録だったことから出場が決定。
しかし、日本選手権では足の痙攣があって3位に終わり、人目もはばからず悔し涙。
そして、期待されたリオ五輪では10秒23で予選敗退。
リレーでは銅メダルに大きく貢献したものの、個人としては”大舞台への弱さ”を印象付けるシーズンになってしまいました。

この16年シーズンは、山縣亮太が10秒03まで自己ベストを更新し、ケンブリッジ飛鳥が全日本を制すなど、日本短距離界も群雄割拠の様相を呈し、桐生の存在感は相対的に低下。
そして今年17年シーズンになると、多田修平というニューヒーローが現れ、大器といわれていたサニブラウン・ハキームもいよいよその本領を発揮し始め、「日本人初の9秒台のチャンスはみんなにある」という、国民的にはとってもワクワクする状況になったわけです。
ですが、もちろんこれは桐生とその陣営にとっては面白くない状況だったに違いありません。
ちょっと前までは、「日本人初の9秒台は桐生のもの」という認識でしたからね。

しかも今年6月の日本選手権では、1位サニブラウン(,05)、2位多田、3位ケンブリッジに先着され、桐生はまさかの4位。
世界選手権に個人で出場できないという屈辱的な結果に桐生はまたしても悔し涙を流すはめになりました。
その世界選手権でもサニブラウンが活躍し、桐生はリレーで銅メダルメンバーになったものの、”主役交代”は誰の目にも明らかでした。
多くの日本国民は、初の9秒台はサニブラウンのものになると予想しましたし、サニブラウンが2020東京五輪の顔になると期待し始めたわけです。
逆に桐生は10秒01という日本歴代2位の記録を持っていても、もはや”頭ひとつ抜けた存在”とは見なされないようになってしまいました。
もっといえば”過去のひと”になりかけたといっていいでしょう。

こうやって見てくると、高校3年生のときの輝きが年々色褪せていったことがよくわかります。
桐生祥秀の大学生活は、”伸び悩み”という評価を受けても仕方ありません。
一般的には大学時代というのは”記録が伸びる時期”であって、高校時代の記録を更新できない選手というのはかなり珍しいケースです。
もちろん、そうなれば批判と疑いの視線は”東洋大学陸上部”と”土江寛裕コーチ”に向けられることになりますよね。
(※土江コーチは桐生が入学する際に東洋大学がヘッドハンティング。)
「いったいどういう指導をしているのか?進学先を間違ったのではないか」
陸上界でもそんな声が聞かれたかもしれませんし、一般の我々だってどうしてもそう感じてしまいます。
サニブラウン・ハキームが高卒後にアメリカの陸上チームに所属してメキメキ実力をつけている姿をみればなおさらです。
桐生祥秀という日本陸上史上でも稀に見る逸材は進む道を間違えてしまったのでしょうか…?

その答えは否。

昨日9月9日、日本学生選手権100m決勝に進んだ桐生祥秀は、追い風1.8mという好条件のなか、スタートを綺麗に決め、先行する多田修平を終盤で捉えると、そのスピードを保ったまま1着でゴール!
速報タイムはなんと9秒99!出た9秒台!
…しかしこれで喜んではなりません。
あの伊東浩司のときは写真判定の後、10秒00になったではありませんか。
そういうドキドキのなか、出てきた正式タイムは9秒98!
ついに日本人が初めて”10秒の壁”を破ったのです。
桐生祥秀は日本陸上界の伝説になりました!

このタイムが出たときの桐生の笑顔の晴れやかなこと。
やはり彼に涙は似合いません。
かわりに泣いたのは土江寛裕コーチ。
土江コーチにとってこの3年数ヶ月は本当に苦しかったと思います。
桐生を預かったプレッシャーとの格闘の日々だったと思います。
そこから解放された男泣きに、私も胸がじーんとしました。
本当に良かったですね、”東洋大学の桐生”としての9秒台。
本人だけではなく、陣営にとっても最高の一日だったと思います。
おめでとう!

そしてこの9秒台は間違いなく連鎖してゆくことでしょう。
桐生が破った壁は”無意識のそれ”でもあるはずです。
これからの日本はドバドバと9秒台選手が誕生し、東京五輪のメンバーは全てそうなっているに違いありません。
アジアのスプリント王国誕生はすぐそこにある!
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