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学生スポーツは自主創造

ボール状のものを複数人で蹴り合う遊びというのは、古代より世界のあちこちでその類例が確認されていますが、現代のフットボールの原型が作られたのは16世紀イギリスのパブリックスクールだといわれています。
教師と生徒とOB(卒業生)が他校との試合のためにルールをあれこれと模索し、心身を鍛えうるスポーツらしいものにしたわけです。
そしてそれがサッカーとラグビーに分かれ、さらにアメリカに渡ると新たにルールを開拓した大学生たちがアメリカンフットボールを作り出したのはよく知られたところです。
そういう歴史を見ていると、フットボールというのは学生スポーツそのものだということがわかります。

そしてもうひとつわかるのは、学生スポーツというのは学生の自主性や自由な精神から生まれたものだということです。
自分たちでルールを決め、道具や練習方法を考案し、競技として発展させてゆく。そこには若者らしさが溢れています。
もちろん、現代のスポーツはすでに競技として確立されているので、学生たちが新たに手を加えるということはありませんが、それでも自分たちで部を運営したり、練習のやり方を工夫したりすることで十分自主性を発揮することは可能です。

ただ、現代の学生スポーツというのは、これは世界中でそうですが、規模が大きくなり過ぎている競技になればなるほど、学生の自主性が介在する余地はありません。
日本の大学でも学生スポーツらしさがあるのはむしろ”サークル”の方で、”部”と名がつくと高校までの学校体育の一環のように学生が完全に受け身になってしまうものです。
これは仕方ない部分もありますが、せめて部の哲学や大方針みたいなものは学生と卒業生で作ってゆかないと、学校の宣伝素材や指導者の私物に堕してしまうといっていいでしょう。

そういう意味で、今日5月29日(2018年)に日本大学アメフト部の”部員一同”が出した声明文というのは、微妙なバランス感覚に立ったものでした。
例の〈悪質タックル事件〉で、”相手に怪我をさせろ”という指示が監督やコーチからあったかどうかが焦点になっているなか、そこには触れず、被害者となった関西学院側への謝罪と、世間を騒がしたことへのお詫びが主眼となった文章に、世間一般では物足りなさを感じているひとが多いかもしれません。
「監督やコーチに頼りきりになり、その指示に盲目的に従ってきてしまいました」「部の指導体制も含め生まれ変わったと皆様に認めていただいた時には」部の活動を再開したい、という部分には”指示”を匂わせ、内田正人監督らと袂を分かちたいという気持ちは伝わってきますが、全体的にはぼんやりした内容で、出す意味があったのかどうかわからないような声明文でした。

しかし、それも内田監督がいまだに大学の人事権を握る常任理事という職責にあるからなのは想像に難くありません。
選手たちからすれば、今後日大OBとして生きてゆくためには内田監督を直接非難するのは危険すぎますし、自分が卒業した高校のことを考えれば日大との関係を絶つようなこともなかなか出来ないはずです。
いい意味でも悪い意味でも大人の対応といっていいかもしれませんが、残念ながらそこには若者らしい主体性も自主性もありませんでした。

また、今日は関東学生アメフト連盟からも日大アメフト部への処分が下され、内田監督と井上奨コーチが除名となった他、チームは今季の公式戦参加資格が剥奪となりました。
日大は”内田監督らの指示”をいまだに否定していますが、連盟はそれを認めた上で処分を下したわけです。
これで日大アメフト部は否が応でも体制を刷新せねばならなくなりましたが、”内田監督の院政”の可能性は残ります。
なにしろ大学としては内田監督は”無罪”なのですから…。

今回の一連の騒動で日大アメフト部のイメージは地に落ちました。
そこからの再生は並大抵の努力では無理でしょうし、部がその再生の方向性を”強豪としての復活”だと考えてしまえば、また同じような問題が起きるはずです。
勝利至上主義が生んだ支配の構造ですからね。

今後の日大アメフト部が目指すべきは、選手が主体となった学生スポーツらしいアメフト部なのではないでしょうか。
日大の掲げる理念は”自主創造”でしたよね?
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