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推定する自由、扇動する自由

刑事裁判で有罪が確定するまで被疑者や被告人を犯罪者として扱わないという〈推定無罪の原則〉は、法で治められる民主主義国家の共通理念として知られているところですが、我々はついついそれを忘れがちなのもまた事実でしょう。
その理由はいうまもでもなくマスコミ報道のせいです。テレビや新聞では逮捕された段階で犯罪者扱いですからね。

もちろんこれにはある程度正当な理由があります。
現行犯逮捕であったり、確たる証拠や本人の自白などにより有罪の可能性が高い場合は、”推定有罪”として報じた方が公共の利益に適うという考え方です。
裁判というのは時間がかかるものですから、その結果を待っていては事件の記憶が風化しかねないわけです。
しかしマスメディアはしばしばその正義を乱用し、取り返しのつかない冤罪を生み出していることも忘れてはなりません。
なにかことが起こったとき、誰かを”悪”と決めつけて世論を扇動し、たとえ有罪の可能性が低くてもセンセーショナルに報じることで社会的罰を与える、そんなメディアの姿を我々は繰り返し見てきました。

マスメディアはこの”推定有罪”を犯罪以外にもよく使います。
わかりやすいのが昨今のアマチュアスポーツ協会のパワハラ疑惑ですね。
体操の塚原夫妻、ウェイトリフティングの三宅義行会長の問題はパワハラと断ずるまでの事実関係はまだ出てきていないというのに、訴えが起こった瞬間から犯罪者扱いです。
”アスリート・ファースト”という言葉が金科玉条のようになって、選手の側の主張だけが正しいとされるのは間違っているといわざるを得ません。協会・指導者側にも”人権”はあるのです。

推定有罪として扱うならば、日大アメフト部の内田正人監督やボクシング協会の山根明会長の一件のように有罪の根拠が得られているものにすべきです。
前者は試合後に悪質タックル指示を認める発言を記者に語っていましたし、当該選手を注意する素振りもありませんでした。
後者は助成金不正流用の証拠録音がありましたし、本人もそれを認めていました。
これならば推定有罪として報じるのが社会正義というものです。

しかし、レスリングの栄和人監督のときはどうだったでしょう?
今年(2018年)3月、栄監督がパワハラを行っていたと内閣府に訴えがあったとわかると、そこからメディアは”推定有罪”の原則に基づいて連日のバッシングを行いました。
告発状には、男子コーチへの圧力、伊調馨さんの男子合宿参加禁止、伊調さんだけ航空機の座席が低いグレードだったこと、警視庁の柔道場からの締め出し、大会派遣での不可解選考、栄氏が監督をする大学の特別扱い、栄氏による数々の暴言、などといった内容が書かれていたわけですが、その調査が終わらないうちからメディアは栄監督を吊るし上げたわけです。
そして第三者委員会の調査の結果、コーチへの圧力、伊調馨さんへの暴言と2010アジア大会に選ばなかったことがパワハラと認定され、栄監督は協会の役職を解かれました。

ここで注目すべきは、告発された内容の多くはパワハラと認定されていないことです。
メディアが力を入れて伝えていた男子合宿や警視庁道場からの締め出し、座席のグレード問題は認められなかったんです。
しかし、メディアはそれをきちんと伝えたでしょうか?
多くの日本国民は栄氏が解任されたことで、報道にあった内容をすべて事実だと思い込んでいるはずです。
例えは悪いかもしれませんが、窃盗犯が強盗殺人犯のようになってしまっているわけです。
こういう印象操作こそが犯罪です。

体操やウェイトリフティングも、我々はメディアに踊らされることなく、まずは調査の結果を待つべきです。
メディアは日本をどこぞの国のような感情優先の人治国家に堕そうとしているのかもしれませんが、我々は民主主義と法治主義を守りましょう。
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