FC2ブログ

作曲家に国民栄誉賞があるのならコーチにも

これは海外から見てもそうらしいのですが、日本人はとにかく長距離走が大好きですよね。
ランニング人口の多さもそうですし、マラソンや駅伝のテレビ中継なんかも高視聴率を叩き出しますし、レース中の沿道にはいつも応援のひとがたくさんいます。
ロス五輪・女子マラソン代表の佐々木七恵選手の〈おしん走法〉ではありませんが、”耐え忍ぶ姿”のが日本人の琴線に触れるのかもしれませんね。

そういえば、耐え忍ぶ姿が絵になるのか、女子マラソンの方が男子のそれより視聴率が高い傾向にあります。
かつては増田明美選手や松野明美選手など、小柄で華奢な選手がフラフラになりながら走るのも人気だったようです。
ちなみに、”世界初”の女子マラソン大会は1979年の東京女子マラソンなんです。
どういう経緯で開催されることになったのかはよくわかりませんが、世界陸上で女子マラソンが採用されたのが83年、初めての五輪が84年のロス大会だったことを考えれば、東京女子マラソンがいかに先進的だったかわかります。
ただ、その東京女子マラソンも、東京マラソンの発足に伴い、交通規制の関係もあって、08年に廃止され、横浜国際女子マラソンに引き継がれる形となってしまいました。
ちょっともったいなかったかもしれません。

そうして世界に先駆けて女子マラソンに力を入れた日本陸上界でしたけど、残念なことに、80年代のレース結果はあまり芳しいものではありませんでした。
世界陸上では第1回大会は最高31位、第2回大会は10位。
五輪でもロス大会では最高19位、ソウル大会では25位。
泣かず飛ばずだったといっていいでしょう。

それが”お家芸”とまで呼ばれるようになった転機は有森裕子の出現です。
91年の世界陸上東京大会で4位に食い込んだ有森は(2位は山下佐知子)、その翌年のバルセロナ五輪で見事に銀メダルを獲得。
陸上の日本女子が五輪メダルを獲得したのは人見絹枝(800m)以来64年ぶり、もちろん長距離では初という快挙でした。
有森は96年のアトランタ五輪でも銅メダルをもぎ取って、「自分で自分を褒めてあげたい」との名言も残し、ここで女子マラソンの地位は不動のものになったといっていいでしょう。
また、他の選手もつられるように活躍し、93年の世界陸上では浅利順子が日本女子初の優勝、97年大会では鈴木博美も2人目の制覇者になりました。

そして日本での女子マラソンの人気を決定づけたのは、もちろん高橋尚子です。
98年の初マラソンから圧倒的な強さで連戦連勝を飾り、期待を大きく膨らませながら臨んだ2000年のシドニー五輪では灼熱地獄のなか、リディア・シモンとのデッドヒートを制しての金メダル!
日本女子陸上としての初めての金メダルというだけではなく、日本陸上としても戦後初の金メダルということで、まさに歴史的快挙でした。
国民栄誉賞も納得です。Qちゃんブームも凄かったですよね。

その後も日本女子マラソンは国際大会でコンスタントに結果を残し、アテネ五輪では野口みずきの金メダルがあって、しばらくいい時代が続きました。
00年代後半からはちょっと厳しい状況になってきましたけど、競技人口や選手の待遇・環境などといったベースはいい時代に整っているはずなので、復活に期待しましょう。

ほんと、90年代~00年代前半の日本女子マラソンは花盛りでした。
そして、いうまでもなく、その花咲か爺さんは小出義雄監督です。
有森裕子と鈴木博美と高橋尚子を鍛え上げたその実績は、日本陸上史、いや日本スポーツ史に残る偉業ということができるでしょう。
それまでの実業団主体の女子長距離のなか、佐倉アスリート倶楽部を立ち上げ、育成の多様性を開拓していったのも、大きな遺産だと思います。

今日(2019年)4月24日、80歳で亡くなられた小出監督に、陸上界からでも国からでも、なにか表彰を!
人気ブログランキングへ
スポンサーサイト



プロフィール

かつしき

Author:かつしき
FC2ブログへようこそ!

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード