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照ノ富士の復活優勝に酔う

大相撲の横綱というのは、その腰にしめ縄を巻いていることでもわかるように、神様のようなものであって、ひととしての最高位は大関だともいわれます。大関はそれほど高い地位なんです。
実体的な横綱との比較でも、収入は少し落ちるものの待遇は遜色ありませんし、協会役員選挙の投票権があったり、引退後に相撲部屋を新設する権利があったりはもちろん、協会の理事長になれるのも現実的には元大関以上の親方ですから、関脇以下の力士とはその身分に隔絶したものがあるといっていいでしょう。

そういう特別な地位であるため、大関を経験した力士というのは、現役から退くタイミングも普通の関取とは違います。
まず、長く大関を守り、「名大関」などと呼ばれる力士であれば、大関陥落で土俵を離れるものですし、旬のときの大関に上がったものの落ちてからが長いような元大関であっても幕内に踏みとどまれなくなればそこが潮時です。
それが慣例であり、十両の土俵に上がった元大関はほとんどいません。
いわんや関取(収入のある力士)ではない幕下で相撲を取った元大関というのは、相撲協会が創設されてから90年以上、ひとりもいなかったんです。
そう、”照ノ富士”までは。

照ノ富士は23歳の平成27年名古屋場所で大関に昇進したものの(平成27年名古屋)、両膝の大怪我や糖尿病があって、その2年後に陥落すると、そこから休場に次ぐ休場で、十両、幕下、三段目をすっ飛ばすように転がり落ちて、平成31年大阪場所では序二段で午前中に相撲を取っていたんです。
これは本人も辛かったでしょうし、周囲も辛かったと思います。
陥落前は2場所連続で準優勝していて、歯車がかみ合っていたら横綱になっていたかもしれず、そうなっていればいくらでも休場できたわけですから、運命というのは残酷なものです。
(※すんでのところで優勝を逃した場所などは、膝の怪我もあっての変化をしただけで差別的な批判をされたり、本当に可哀想でした。)

大怪我をした膝は何度も手術をしたといいますし、番付が落ちる度に師匠の伊勢ヶ濱親方(横綱・旭富士)に引退の相談をしたそうですが、親方やおかみさんや同部屋の仲間たちが「まだやれる」と照ノ富士を励ましてくれたそうです。
まだ若いというのもあるでしょうし、その類まれな素質を惜しんだこともあるでしょう。部屋全体として復帰をサポートしてくれたと昨年(2019年)の雑誌インタビューで照ノ富士本人が語っていました。
そして、そんな部屋のみんなに報いるために、照ノ富士は大好きなお酒を完全に断ったというのです。

照ノ富士はもともと間垣部屋でしたが、親方の病気もあって間垣部屋が平成25年に閉鎖すると、伊勢ケ濱部屋に移籍し、四股名も若三勝から変更しています。
当時の間垣部屋は関取がひとりもいなかっただけではなく、力士も数名しかおらず、稽古相手のみならずなくちゃんこ番すら事欠く始末だったそうですが、大所帯の伊勢ケ濱部屋では安美錦や日馬富士といった厳しくしごいてくれる先輩がいたこともあって、照ノ富士はめきめきと力をつけていったとのことです。
伊勢ケ濱部屋は稽古が激しいことでも有名ですが、”チームとして戦う”という方針でもよく知られ、対戦相手の研究や分析も一緒に行い、誰かが優勝争いしていれば援護射撃にも必死になるという雰囲気みたいですから、部屋への愛着や忠誠心も生まれやすいことでしょう。

そういうチームの応援のなか、断酒で糖尿病が癒えた照ノ富士は番付を一気に駆け上がり、今年令和2年初場所には「新十両のときより嬉しい」という十両復帰を成し遂げます。もちろん元大関では初めてのこと。
そこで優勝して、次の場所も10勝を上げると、5月場所ではついに再入幕を果たしますが、これももちろん初めて。
5月場所は武漢ウイルスのせいで中止になるも、この7月場所の番付には幕尻の前頭17枚目に照ノ富士の四股名がはっきりと書かれていました。

その幕尻から再び三役に上がっても史上初ですし、できれば大関に再昇進した姿も見たいところでしたが、そう相撲は甘くない、膝の怪我もありますし、幕内相手に勝ち星を積み重ねるのはいくら元大関であっても難しいだろうというのが、場所前の大方の見方だったと思います。
私も今場所の照ノ富士には幕内に定着できるくらいの内容を期待していました。
ところが、そんな予想をあざ笑うかのように、初日から照ノ富士は持ち前の馬力で次々と旧敵たちを倒してゆくと、5日目の1敗(髙安)を守ったまま、中日を超え、後半戦に入り、13日目には同じく一敗で並んでいた優勝候補の新大関・朝乃山をがっぷり四つから寄り切りで撃破するという番狂わせ!
どっちが大関かわからない!

こうして照ノ富士が単独トップに立つと、にわかにメディアの注目が集まり、すわ史上初の快挙なるか、という雰囲気になってきたものの、それがプレッシャーになったのか、翌14日目は緊張したような相撲で正代にあっさりと敗北を喫してしまいます。
これで結びの朝乃山が勝てば再び2敗で両者が並び、優勝争いはわからなくなる、いや追いついた朝乃山に勢いが出て有利になる、というのが大相撲の流れというものです。

しかし、それを食い止めたのは伊勢ケ濱部屋の結束力でした。
同部屋の照強が立ち合いで”足取り”の奇襲を仕掛け、見事に朝乃山をひっくり返したのです!
「一発勝負だった。自分の星どうこうより照ノ富士関への援護射撃の気持ちが強かった。伊勢ケ濱軍団一丸となって優勝させたい」というのも泣けるコメントでした。
ちなみに、照強は照ノ富士より3歳年下なんですけど、中卒入門なので初土俵は1年2ヶ月早い兄弟子です。

そして千秋楽、”勝てば優勝”という照ノ富士の相手は難敵・御嶽海。
決して合口のいい方ではありません。
しかし、そんなの関係ない!ここで勝たなきゃ男じゃない!
照ノ富士はそういわんばかりの厳しい立ち合いで両上手を取ると、そのまま一気に寄り切って、奇跡の復活優勝!
武漢ウイルス禍という異常な状況で、両横綱が相次いで休場するという盛り上がりにかけそうになる場所でしたが、救世主は二度目の黒廻しから這い上がってきた元大関でした。

諦めない気持ちと、周囲との結束力があれば、陽はまた昇るんです。
ここ数ヶ月、日本中がくさくさしていましたけど、久々に気持ちが晴れやかになるような出来事だったと思います。
ありがとう、照ノ富士。
おめでとう、照ノ富士。

いまごろ祝勝会でしょうけど、お酒はあまり呑まないように!
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