プロレスも選手ファーストで

いま、日本のスポーツ興行といえば、サッカーの日本代表戦が頭一つ抜けた存在になっていますけど、昭和の2大スポーツといえばプロ野球とプロレスでした。
プロ野球はまだしも、プロレスというのは若いひとには想像がつかないのではないでしょうか。
プロレスは地上波テレビ放送もほとんどなく、新日本プロレスが土曜のすごい深夜にやっているくらいですからね。
しかし、昔は力道山が街頭テレビに群衆を生み、それに続いたジャイアント馬場の全日本プロレスとアントニオ猪木の新日本プロレスもゴールデンタイムに毎週放送されていたんです。
ちょっと信じられないくらいです。

そこから比べると天国から地獄へ突き落とされたようにマイナー化してしまったプロレスですが、業界ナンバーワン団体である新日本プロレスの観客動員はここ数年とても好調です。
深夜のテレビ放送を観ても、現場での盛り上がりは伝わってきますし、ようするに、”コアなファン”はがっちり掴んで放していないわけです。
これは地上波中継がなくなっても球場にはたくさんのお客さんが詰めかけるプロ野球と似ているといっていいでしょう。

しかし、コアなファンの要求に応え続けるというのは大変な努力が必要です。
ファンになればなるほど、”もっともっと”になりますからね。
そしてその”もっとの方向性”について、新日が出した結論は”選手の見た目も技も派手”なプロレスでした。
2012年に親会社がブシロードになった影響も大きかったことでしょう。

選手の身体がみな引き締まっているのはもちろん、それぞれがキャラクターに応じて髪型や眉毛・髭、衣装を工夫し、マイクパフォーマンスも磨かれました。
そして肝心のレスリングはスピーディーかつ華やか。大技を連発し、観客を飽きさせません。
勝ち負けを超えたエンターテインメントがそこにあります。

しかし、その派手なプロレスも、いま曲がり角に差し掛かっているようです。
今年2017年に入って、新日本プロレスでは、試合中の大きな事故が2件続けて発生しました。
まずは3月3日、本間朋晃選手がDDT(頭部をマットに叩きつける技)を食らって、そのまま意識不明となり、病院に緊急搬送。
中心性頸髄損傷という重傷で、意識が戻ってからも首から下が麻痺している状態とのことです。
本間選手といえば、独特のしゃがれ声を生かしてバラエティ番組でも活躍していたので、ショックを受けた方も多いのではないでしょうか。

そして4月9日には40分近い激しい戦いの後、柴田勝頼選手が急性硬膜下血腫で緊急手術。
新年度のスタートを飾るIWGPの大一番で、試合も大いに盛り上がったにもかかわらず、そこに冷や水を浴びせるような事故でした。
手術は上手くゆき、麻痺の症状も回復に向かっているそうですけど、今後リングに戻って来られるかどうかは不透明な状況のようです…。
(他団体ですが、高山善廣選手も5月4日の試合で頸椎の損傷。)

この2つの事故について、2016年にアメリカのWWEに移籍した新日の元エース・中邑真輔選手は、「トレンドが危険な技の応酬になったところで、本間さんしかり、柴田さんしかり、重傷者が出てきているので、考えたり、変えていくことが必要な時期なんじゃないかと思う」(デイリースポーツ)と語っていました。
中邑選手といえば、そのトレンドではなく、伝統的な”ストロングスタイル”の継承者として名を馳せているだけに、そのスタイルの違いが親日を離れた理由かと勘ぐってしまいますよね。

それにしても、この”危険な技の応酬”、特に頭部や頸部にダメージを与える技ですが、これは本当にファンが求めているものなのでしょうか?
危険性を下げても”派手な大技”というものがありますし、たとえばAJスタイルズ選手の〈スタイルズクラッシュ〉などがそうだと思います。
日本にもかつては〈ハッスル〉というファイティング・オペラが人気を博していましたし(興行成績ではなく、親会社の問題で運営が難しくなりました)、アメリカのWWEが選手の身体を財産のように扱っていることを見ても、危険な技はなくても人気は保てるはずです。

日本のプロレスも”選手ファースト”にならなくては!
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2017年アカデミー賞に呆れる

私も映画をよく観ていた頃は、毎年のアカデミー賞発表を心待ちにしていて、最優秀作品賞などは何年も遡ってタイトルを憶えていたものですし、日本で授賞式がテレビ放送されるようになってからは、受賞者のスピーチも楽しみのひとつになったのはいうまでもありません。
もちろん、ビリー・クリスタルの司会も!

そんなアカデミー賞授賞式ですが、今年2017年(現地2月26日)のそれは少し、いや、かなり異様でした。
民主党支持のハリウッドは昨年の大統領選挙中から”反トランプ”を鮮明にさせていたわけですが、その姿勢はトランプ大統領が誕生してからも変わらず、授賞式でものっけから司会者のトランプ批判で始まり、それからも合間合間にトランプ大統領への皮肉を織り交ぜるという粘着ぶり。
こういうのをアメリカでは”いじめ”といわないんでしょうかねえ。
”映画”を楽しみたいひとにとっては余計な演出だったようにしか思えません。
この影響か、授賞式翌日にわかったテレビ視聴率は前年の10.5%から9.1%に下がり、視聴者数も13%減ってしまったというのですから、きっと多くの視聴者が呆れてしまったのでしょう。

また、その”呆れた”でいえば、授賞式のハイライトである最優秀作品賞の発表で、プレゼンターが封筒のなかから作品名の書いてあるカードを取り出し、『ラ・ラ・ランド』の名を高らかに告げ、万雷の拍手を浴びて登壇した作品関係者がオスカー像を手に喜びのスピーチをしているそのとき、突然割り込んできたスタッフがそれを止めさせると、封筒が間違っていて、本当の受賞作は『ムーンライト』たとの説明があったのは映画にもないようなハプニングでした。
かつてアカデミー賞でこんな失礼なミスと混乱があったでしょうか。
私も本当にがっかりしました(この1年に亡くなった映画関係者を偲ぶコーナーでも別人の写真を用いる失態が)。
授賞式の陰の主役だったドナルド・トランプ大統領も、ニュースサイトのインタビューで「政治を意識するあまり、ちゃんとできなかった。情けない」と語っていたようですが、そう皮肉られても仕方ありませんね。

ちなみに、トランプ大統領のことを「差別主義者」といって批判するハリウッドですが、昨年と一昨年は2年連続で主演男優・女優賞、助演男優・女優賞の候補がすべて白人、黒人がひとりもいなかったのは記憶に新しいところです。
もちろん、”たまたま”かもしれませんけど、スパイク・リーやジェイダ・ピンケット=スミスが授賞式をボイコットしているように、黒人の映画関係者からの反発は強いものがありました。
そして今年は、スラム街で生きる黒人少年を題材にした『ムーンライト』が最優秀作品賞に、助演男優賞・女優賞も黒人の役者だったのですから、投票権のあるアカデミー会員たちのいやらしい思惑が透けて見えるようです。

セレブにいじめられたマイノリティや貧乏人、イケてないやつらが、それを見返すために頑張って成功を収めるというのはアメリカの映画やドラマのひとつの定番ですが、ハリウッドを支配しているひとたちが、その悪役であるセレブだというのは何ともいえない皮肉です。
映画が大衆の娯楽であるならば、映画関係者は特権意識を捨てて欲しものです。
たとえそれが”演技”であったとしても。
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業界ルールから守ってくれるのは宗教という悲しさ

”芸能界と宗教”といえば、これまでも人気の芸能人がカルト的な宗教に入信し、その看板になって活動するケースがいくつもあり、そう驚くようなことでもないのですが、それが売り出し中の若手となれば話はまた別です。

今日2月12日(2017年)、15年の朝ドラ『まれ』で人気を博し、その後はバラエティ番組などでも活躍していた女優の清水富美加さんが、「幸福の科学という宗教に出家」して、「芸能界から姿を消」すことを発表しました。
幸福の科学によれば、もともと清水さんの両親が信仰していたこともあって、清水さんも子供の頃から宗教活動に参加していたそうですが、事務所から少ない給料でこき使われていたことと、良心や信条にそぐわない仕事(人肉を食す役など)を強要されたことで、清水さんが精神的に参ってしまい、出家を決断したとのことです。
ただし、芸能活動については”引退”ではなく、幸福の科学の所属で続けるようですね。

これに対し、清水さんが所属していたレプロエンタテインメントは、「適切な報酬を支払っていた」とした上で、今後は信仰を尊重し、仕事量も減らすよう配慮すると本人に申し入れたものの、理解を得られなかったと説明すると同時に、「契約は5月20日までなので、決まっている仕事は最低限して欲しい」との不満を漏らしていました。

そんな両者の主張を聞いても、私にはどちらが正しいとも悪いかもわかりませんし、それを判断するつもりもありません。
ただ、日本の芸能界というのは独特だなあ、と思うだけです。
清水さんは待遇面や仕事内容で不満を抱えていたみたいですけど、普通のマネージメント契約(欧米の芸能界はもちろん、日本でも国際的に活躍する音楽家やスポーツ選手などが行っているもの)ならば、本人がマネージメント会社を気に入らないというのならば、他に変えるだけなんです。
しかし、みなさんご存知のように、日本の芸能界ではそういう自由はありません。
”事務所中心主義”という業界のルールから逸脱したタレントには”干される運命”が待っています。
力のないタレントならば給与も待遇も事務所の意向に従わねばならない、逆らえば仕事をもらえなくなる、そういう不安があったと清水さんも語っていました。
レプロエンタテインメントには”能年玲奈さん”も所属していただけに、彼女がどういう扱いを受けたかを見ていれば、恐ろしくもなるというものです。

日本の芸能界の独自ルールでは、所属事務所と揉めてしまったタレントは他の事務所が引き受けてくれませんし、個人事務所を立ち上げても、前の事務所の圧力でなかなか仕事ができません。
そんななか、清水さんが宗教を避難先に選んでしまったことは日本の芸能界ならではの不幸といえるでしょう。
幸福の科学には芸能部門もあるようなので、今後の清水さんはそこで活動してゆくみたいですけど(法名の千眼美子で)、以前のように色んな媒体で彼女を見ることは少なくなるはずです。
これは本当にもったいないことです。
またこれは、若い才能がそれを発揮する場として、芸能界を見捨てているということなんです。

いまこそ芸能界全体として、何かを見直す時期が来ているのではないでしょうか。
流行りの言葉でいえば、”タレント・ファースト”です。
その上で不満をいうのならば、ただの我がままというものですしね。
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松方弘樹さん、桜吹雪の季節を前に

松方弘樹さん(42年7月生まれ)といえば、若い頃は時代劇やヤクザ映画で有名になり、中年以降はバラエティ番組や釣り番組で
人気を博しことでわかるように、俳優の枠を超えた超一流のエンターテイナーでした。
その幅の広い仕事ぶりから、年代性別を問わず、松方さんほど多くの日本人に親しまれてきたひともいないのではないでしょうか。

ただ、私の”松方弘樹像”はやっぱり役者です。それもやっぱり時代劇です。
着物もよく似合っていましたし、裾捌きも上手ければ、所作も適っていて、殺陣も抜群に上手い。
顔が大きくて目力があるので、スクリーンやテレビ画面でもよく映える。
松方さんは『大江戸捜査網』や『遠山の金さん』というテレビのヒットシリーズはもちろん、映画や大河ドラマでもいくつものハマり役を持っていますけど、それも当然の結果だと思います。

松方さんは、その端正な顔立ちだけではなく、立ち姿の美しさと気品が、あらゆる時代劇にうってつけでした。
これは戦国大名を演じたときの威厳や存在感を表現するだけではなく、町奉行が遊び人に化ける『遠山の金さん』でもその正体に説得力を持たせていたわけです。もちろん、”私生活の遊び”でも有名だった松方さんの個性が、”金さんらしさ”を醸し出していたのもいうまでもありません。バラエティ番組でもよくわかるその親しみやすい人柄は、芝居の方でも存分に発揮されていてたわけです。
しかし、松方弘樹という役者は、二枚目半ともいわれた面白みのなかで、瞳の奥に狂気を宿していたことも忘れてはなりません。
世の中の常識を放り捨てたような無頼さ、次の瞬間何をするかわからないような恐ろしさ、我々はそういうものを松方さんから感じていたはずです。
それが時代劇で剣豪や忍者を演じた際の非情さと血の匂いに繋がっていたのだと思います。

晩年の松方さんは時代劇の主演というのはほとんどありませんでしたけど、重要な脇役に据えれば、間違いなく作品の質を上げてくれました。
それは本人の経験や技術だけではなく、それを若い共演者たちが見て学ぶことでの波及効果だったのでしょう。
後輩たちを高級店でおごりまくる”豪遊伝説”も、その遊びの場を芸の肥やしにさせてやることが目的だったに違いありません(たぶん)。

そんな松方さんがこの2017年1月21日に脳リンパ腫による闘病の末亡くなったという報道に接して、私はかなりがっかりしています。
私生活のトラブルから激減していた役者の仕事もここ数年は増え始めていたというのに…。
東映の岡田裕介会長は、「高倉健さんや菅原文太さんよりも下の世代の俳優が亡くなった。ついにこの世代もいなくなるのかという寂しい思いです」と語っていましたけど、松方さんの世代がいなくなってしまえば、日本の時代劇の伝統はどこかにいってしまいます。
20年前、30年前の松方弘樹のような役者がいま、いるでしょうか?
それが全ての答えです。

下の世代になればなるほど、時代劇からは縁遠くなってしまうのですから、松方さんにはもっともっと後輩たちを指導して欲しかった。
同世代の北大路欣也さんや高橋秀樹さんが現役でバリバリ活躍していることを考えれば、本当に早すぎます。
誰か松方弘樹の役者魂を継承するひとはいないのでしょうか。
願わくば、死して屍拾う者あり!
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大手事務所の力学からの脱却

日本レコード大賞から紅白歌合戦への”はしご”。受賞した歌手たちへ飛び交う「おめでとう」の声。歓喜のなかの再びの歌唱。
ある年代以上のひとならば、何とも懐かしい光景だと思います。
そしてその頃のレコード大賞というのは、その年を象徴する曲が選ばれていたはずですし、最優秀新人賞はその年に最も鮮烈な印象を残したひとが選ばれていたはずです。
しかし、受賞者が世間の感覚とズレるようになってきた80年代の後半頃から日本レコード大賞の権威と視聴率は失墜し始め、06年には放送日を12月30日に変更したことで、紅白へのはしごも完全に消滅してしまいました。
そして、いまでは多くの日本人から関心が持たれない、存在意義もわからないような賞になってしまったわけです。

ところが、この2016年、日本レコード大賞ににわかに注目が集まりました。
ただし、それはあまりいい意味ではありません。
今年大活躍の『週刊文春』が10月に『三代目JSBはレコード大賞を1億円で買った!』という記事を載せるとともに、そこに大手芸能プロダクション・バーニングプロダクションから三代目JSBが所属する株式会社LDHに、”年末のプロモーション業務委託費”として1億円を請求する書面まで添付したのですから、さあ大変。
長年、芸能事務所やレコード会社の”談合”によって受賞が決まるとの”噂”が囁かれていたもののが裏書きされてしまったわけです。

こうなれば本来、バーニングプロダクションや株式会社LDH、そしてレコード大賞を放送するTBSはこれを否定せねばなりません。黙っていれば認めたことになってしまいます。
ところが、『週刊文春』への反論はまったくないんです。
その代わりに彼らが行ったことというのは、テレビや新聞といった大手メディアを統制することによって、それ以上の報道が出ないようにすること。
恐ろしいことに、日本には”報道する自由”はないんです。あるのは”報道しない自由”だけです。

そして、疑惑をもみ消すために株式会社LDH所属の歌手やアーティストが大賞のノミネートから外れるなか、ニュースブログ『サイゾーウーマン』(12月17日)は、大賞受賞が有力視されていたエイベックス所属のAAAが、「今年の大賞受賞は嫌でも“買収”を連想されてしまうため、やはり及び腰になってしまったとか。現状では、本命が西野カナ」とのレコード会社関係者の声を載せ、大賞を諦めたエイベックスが新人賞に狙いを絞り、所属の韓国人ユニットのために勢いのある”営業努力”をしているとのレコード大賞運営スタッフも載せていました。

この記事は噂話を繋ぎ合わせたようなもので、信憑性がどこまであるか疑った読者も多いと思うんですけど、いざ蓋が開いた昨日12月30日のレコード大賞の結果を見て、今度は開いた口が塞がらなかったことでしょう。
最優秀新人賞はエイベックス所属の世間一般では誰も知らない韓国人ユニット。
大賞は漁夫の利を得た西野カナさん。
予想は完璧に一致してしまいました。
これはまさしく茶番としかいいようがありません。

今年2016年の芸能界は、所属のジャニーズ事務所から迫害されたSMAPの解散騒動から始まり、買収と談合のレコード大賞で
幕を閉じたわけです。
日本の芸能界は、世間の声などが届くところにはなく、大手事務所の思惑で全てが決まり、タレントはみな単なる駒にすぎないことがあらためてよくわかった1年といっていいでしょう。
しかし、ひとを楽しませるのがエンターテイメントであって、ひとの失笑を買うのは茶番劇です。
日本人もそろそろ大手事務所が企画・演出する茶番劇から脱却せねばなりません。
こんなことを続けていれば、日本のエンターテイメント産業は世界の嘲笑を浴び、グローバル化(TPP)によって外国資本に飲み込まれるだけです。
報道も含め、自由のなかでこそエンターテイメントの可能性は広がるものです。
独裁者のおこぼれは要りません。
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