松方弘樹さん、桜吹雪の季節を前に

松方弘樹さん(42年7月生まれ)といえば、若い頃は時代劇やヤクザ映画で有名になり、中年以降はバラエティ番組や釣り番組で
人気を博しことでわかるように、俳優の枠を超えた超一流のエンターテイナーでした。
その幅の広い仕事ぶりから、年代性別を問わず、松方さんほど多くの日本人に親しまれてきたひともいないのではないでしょうか。

ただ、私の”松方弘樹像”はやっぱり役者です。それもやっぱり時代劇です。
着物もよく似合っていましたし、裾捌きも上手ければ、所作も適っていて、殺陣も抜群に上手い。
顔が大きくて目力があるので、スクリーンやテレビ画面でもよく映える。
松方さんは『大江戸捜査網』や『遠山の金さん』というテレビのヒットシリーズはもちろん、映画や大河ドラマでもいくつものハマり役を持っていますけど、それも当然の結果だと思います。

松方さんは、その端正な顔立ちだけではなく、立ち姿の美しさと気品が、あらゆる時代劇にうってつけでした。
これは戦国大名を演じたときの威厳や存在感を表現するだけではなく、町奉行が遊び人に化ける『遠山の金さん』でもその正体に説得力を持たせていたわけです。もちろん、”私生活の遊び”でも有名だった松方さんの個性が、”金さんらしさ”を醸し出していたのもいうまでもありません。バラエティ番組でもよくわかるその親しみやすい人柄は、芝居の方でも存分に発揮されていてたわけです。
しかし、松方弘樹という役者は、二枚目半ともいわれた面白みのなかで、瞳の奥に狂気を宿していたことも忘れてはなりません。
世の中の常識を放り捨てたような無頼さ、次の瞬間何をするかわからないような恐ろしさ、我々はそういうものを松方さんから感じていたはずです。
それが時代劇で剣豪や忍者を演じた際の非情さと血の匂いに繋がっていたのだと思います。

晩年の松方さんは時代劇の主演というのはほとんどありませんでしたけど、重要な脇役に据えれば、間違いなく作品の質を上げてくれました。
それは本人の経験や技術だけではなく、それを若い共演者たちが見て学ぶことでの波及効果だったのでしょう。
後輩たちを高級店でおごりまくる”豪遊伝説”も、その遊びの場を芸の肥やしにさせてやることが目的だったに違いありません(たぶん)。

そんな松方さんがこの2017年1月21日に脳リンパ腫による闘病の末亡くなったという報道に接して、私はかなりがっかりしています。
私生活のトラブルから激減していた役者の仕事もここ数年は増え始めていたというのに…。
東映の岡田裕介会長は、「高倉健さんや菅原文太さんよりも下の世代の俳優が亡くなった。ついにこの世代もいなくなるのかという寂しい思いです」と語っていましたけど、松方さんの世代がいなくなってしまえば、日本の時代劇の伝統はどこかにいってしまいます。
20年前、30年前の松方弘樹のような役者がいま、いるでしょうか?
それが全ての答えです。

下の世代になればなるほど、時代劇からは縁遠くなってしまうのですから、松方さんにはもっともっと後輩たちを指導して欲しかった。
同世代の北大路欣也さんや高橋秀樹さんが現役でバリバリ活躍していることを考えれば、本当に早すぎます。
誰か松方弘樹の役者魂を継承するひとはいないのでしょうか。
願わくば、死して屍拾う者あり!
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大手事務所の力学からの脱却

日本レコード大賞から紅白歌合戦への”はしご”。受賞した歌手たちへ飛び交う「おめでとう」の声。歓喜のなかの再びの歌唱。
ある年代以上のひとならば、何とも懐かしい光景だと思います。
そしてその頃のレコード大賞というのは、その年を象徴する曲が選ばれていたはずですし、最優秀新人賞はその年に最も鮮烈な印象を残したひとが選ばれていたはずです。
しかし、受賞者が世間の感覚とズレるようになってきた80年代の後半頃から日本レコード大賞の権威と視聴率は失墜し始め、06年には放送日を12月30日に変更したことで、紅白へのはしごも完全に消滅してしまいました。
そして、いまでは多くの日本人から関心が持たれない、存在意義もわからないような賞になってしまったわけです。

ところが、この2016年、日本レコード大賞ににわかに注目が集まりました。
ただし、それはあまりいい意味ではありません。
今年大活躍の『週刊文春』が10月に『三代目JSBはレコード大賞を1億円で買った!』という記事を載せるとともに、そこに大手芸能プロダクション・バーニングプロダクションから三代目JSBが所属する株式会社LDHに、”年末のプロモーション業務委託費”として1億円を請求する書面まで添付したのですから、さあ大変。
長年、芸能事務所やレコード会社の”談合”によって受賞が決まるとの”噂”が囁かれていたもののが裏書きされてしまったわけです。

こうなれば本来、バーニングプロダクションや株式会社LDH、そしてレコード大賞を放送するTBSはこれを否定せねばなりません。黙っていれば認めたことになってしまいます。
ところが、『週刊文春』への反論はまったくないんです。
その代わりに彼らが行ったことというのは、テレビや新聞といった大手メディアを統制することによって、それ以上の報道が出ないようにすること。
恐ろしいことに、日本には”報道する自由”はないんです。あるのは”報道しない自由”だけです。

そして、疑惑をもみ消すために株式会社LDH所属の歌手やアーティストが大賞のノミネートから外れるなか、ニュースブログ『サイゾーウーマン』(12月17日)は、大賞受賞が有力視されていたエイベックス所属のAAAが、「今年の大賞受賞は嫌でも“買収”を連想されてしまうため、やはり及び腰になってしまったとか。現状では、本命が西野カナ」とのレコード会社関係者の声を載せ、大賞を諦めたエイベックスが新人賞に狙いを絞り、所属の韓国人ユニットのために勢いのある”営業努力”をしているとのレコード大賞運営スタッフも載せていました。

この記事は噂話を繋ぎ合わせたようなもので、信憑性がどこまであるか疑った読者も多いと思うんですけど、いざ蓋が開いた昨日12月30日のレコード大賞の結果を見て、今度は開いた口が塞がらなかったことでしょう。
最優秀新人賞はエイベックス所属の世間一般では誰も知らない韓国人ユニット。
大賞は漁夫の利を得た西野カナさん。
予想は完璧に一致してしまいました。
これはまさしく茶番としかいいようがありません。

今年2016年の芸能界は、所属のジャニーズ事務所から迫害されたSMAPの解散騒動から始まり、買収と談合のレコード大賞で
幕を閉じたわけです。
日本の芸能界は、世間の声などが届くところにはなく、大手事務所の思惑で全てが決まり、タレントはみな単なる駒にすぎないことがあらためてよくわかった1年といっていいでしょう。
しかし、ひとを楽しませるのがエンターテイメントであって、ひとの失笑を買うのは茶番劇です。
日本人もそろそろ大手事務所が企画・演出する茶番劇から脱却せねばなりません。
こんなことを続けていれば、日本のエンターテイメント産業は世界の嘲笑を浴び、グローバル化(TPP)によって外国資本に飲み込まれるだけです。
報道も含め、自由のなかでこそエンターテイメントの可能性は広がるものです。
独裁者のおこぼれは要りません。
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渡瀬恒彦さん、十津川警部からの卒業

渡瀬恒彦さんといえば、若い頃から映画やドラマで活躍し、日本を代表する俳優のひとりですが、今年2016年で72歳になるというのに、定期的に放送される2時間ドラマの主演作を何本も抱えていたり、刑事物の連続ドラマでも安定した視聴率を取っているのですから、超人的としかいいようがありません。
そんな渡瀬さんには、もうひとつの顔といいますか、ネット上で広まっている”伝説”がありますよね。
それは渡瀬恒彦こそが”芸能界最強の男”である、というものです。
その話は、ケンカに覚えのある芸能人を片っ端からなぎ倒したというばかりではなく、ヤクザや米兵を相手にしても、それをボコボコにしてしまったというのですから、凄まじいばかりです。
もちろん、それらの話は噂の域を出ませんから、私も信じていたわけではありまんし、むしろ疑っていたくらいなんです。

ところが、私が京都に住んでいたとき、とある焼肉屋さんで食事をしていると、隣の隣くらいに座っていたおじさんが、「渡瀬恒彦もこの店によく来る」という話をしているので、耳をダンボにしていると、それに続いて、「腕っぷしが強い」とか「ヤクザと喧嘩をした」とか、噂通りのことを並べ始めたんです。
ただ、まあ、これはそのおじさんも私同様ネットの噂を信じちゃっているだけかもしれません。こういうのは飲食店でよくある話題のひとつですからね。
なんて思っていたら数日後、とある銭湯の待合で、おばさんだかおじさんだかが、「ここには渡瀬恒彦も入りに来る」、「あのひとは喧嘩が強いんだよね」、みたいな会話をしているんです。
この偶然に、私は誰かにそそのかされているような気分になりましたけど、そのとき以来、”渡瀬恒彦最強伝説”は、私のなかでは真実になっています(みなさんは信じちゃダメ)。

だからこそ、そんな最強の男が、今年の5月に胆のうガンを公表し、去年の秋から治療に入っているとのことで、私は少なからぬショックを受けました。
胆のうガンは、検査では見つけにくいガンで、見つかったときにはガンが進んでいることが多いとも聞きますし、本当に心配です。
それでも渡瀬さんは、この冬には『おみやさん』シリーズの撮影を終え、今年の春クールの『警視庁捜査一課9係』も乗り切ったというのですから、まさに超人です。
私も『9係』を拝見しましたけど、いわれなければガンだなんてわからないくらいでした。

ただ、やはり体調面からして、いままで通りとはいかないのか、今日9月5日、代表作のひとつである『十津川警部』シリーズからの降板が発表されたのは本当に残念です。
このシリーズは1992年4月に始まっているので、ほぼ四半世紀に渡る大仕事でした。
渡瀬さんの2時間ドラマといえば、『十津川警部』の他には、『タクシードライバーの推理日誌』(1992年-)と『おみやさん』(2002年-)と『世直し公務員 ザ・公証人』(2002年-)が有名ですけど、そのなかで『十津川警部』を断念したのは、おそらく、一緒に降板することとなった相棒の伊東四朗さん(亀井定雄刑事役)の年齢もあるかと思うんです。
なにせ、伊東さんも今年で79歳ですから、渡瀬さんの病気がなくたって、そろそろ卒業を考えたっていい頃合いでした。
現実の警察官の定年は”60歳”なのですから、伊東さんなどは頑張り過ぎたくらいです。
ですから、2人のことは降板ではなく、”卒業”といいたいですね。
長い間、我々を楽しませてくれて、本当にありがとうございました、お疲れさまでした!

そしてTBSによると、次の作品から交代となる十津川警部役は内藤剛さん、亀井刑事役は石丸謙二郎さんとのことです。
2人ともしっかりした役者さんなので、『十津川警部』の伝統をしっかり守っていってくれることでしょう。
ただ、年齢でいうと内藤さんは61歳、石丸さんは63歳…、2人とも警察官の定年を超えちゃっています!
『十津川警部』が始まったとき、渡瀬さんは40代、伊藤さんは50代だったのですから、新キャストもそのくらいの年齢でよかったんじゃないでしょうか。
ちなみに、私と相方の間では、反町隆史さんと竹野内豊さんが観てみたいコンビナンバー1でした。
伝統ではなく、”伝説”を受け継ぐには、それくらいのインパクトが必要ですよね!
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『こち亀』が終わるなんて

週刊少年ジャンプに連載され、今年2016年で40周年を迎えていた『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の連載が終了するというニュースを今日9月3日の昼間にネットで見て、びっくりしていた私ですが、このニュースがテレビや新聞でも大きく報じられ、なかでもNHKでも取り上げられていたことにはさらなる驚きがありました。
やはり『こち亀』は”国民的”な作品なんですね。

また、この『こち亀』の凄さは、この40年間で”一度も休載がない”ところです。
週刊漫画、それも1話完結のギャグ漫画において、これは奇跡としかいいようがありません。
作者の秋本治先生は本当にひとりの人物なのか、シェイクスピアの複数人説のように、疑いたくもなるというものです。
もちろん、秋本先生はこの世におひとりでしょうけど。
(両さんがアメリカに研修に行くというシリーズのとき、秋本先生もアメリカに取材旅行をされていたという記憶があるのですが、時間の作り方には大いに感心します。)

私も『こち亀』は思い入れが深い漫画ですけど、実のところジャンプはもうずいぶん読んでいないので、最近の『こち亀』は詳しくありません。
ただ、終わってしまうとなると、本当に寂しいです。
飲食店やコインランドリーなんかに置いてあるジャンプをふと手に取ったとき、まず探すのは『こち亀』です。
他の作品はよくわかりませんし、『こち亀』は1話完結なので、すんなりと読めて、懐かしいキャラクターたちが元気にしている姿を見て安心するわけです。
そんな『こち亀』がなくなれば、私はもうジャンプに手を伸ばすこともなくなるでしょう。

それにしても、なぜこのタイミングで連載を終了せねばならないのか。
秋本先生は今日の記者会見で、「読者が変わらない青年誌と違って、読者がどんどん変わる少年誌で作品が40年続くっていうのはありえないんですね」と客観的に語った上で、「両さんはお祭りごととかお祝いが大好きなので、40周年でみんなに祝っていただいているときにスッと消える感じが、作者というより両さんの引き際としていいと思って決めました」という説明をしていました。
ジャンプの編集長によると、秋本先生(63歳)の体調面の問題ではないそうです。

しかし、「ありえないこと」なんですから、45年、50年を目指したっていいように思います。
また、「お祭り」というならば、両さんの地元東京で開催される2020年の五輪を節目にしてもよかったはずです。
私も「変わる読者」のひとりですけど、未練だけは変わりません。
最終回はこの9月17日発売の42号とのことで、どういう締めくくりになるのか、はたして両さんは麗子と結婚するのか、など気になるところもあるので、久々に購入しようかと思いましたけど、やっぱり買うのも、読むのも止めておきます。
読まなければ最終回は永遠にやってこないんです。

私のなかの両さんはまだまだ暴れまくります!
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仮面ライダーゴーストに思う

昨日(5月29日)の日曜日の朝のことなんですけど、ふとテレビを観たら、仮面ライダーの放送をやっていたんです。
タイトルは『仮面ライダーゴースト』と付けられていて、過去の英雄の霊魂と協力したり合体したりしながら悪を倒すという、やや複雑怪奇な作品で、少し観ただけでは内容を理解するのがかなり難しいと感じました。
これを楽しんでいる最近の子供の知的レベルはかなり高いですね。

それと、実は私、観ていてしばらくこれが仮面ライダーシリーズだって気が付かなかったんです。
まず、ヒーロー(ライダー)が3人もいましたし、みな変身後がかなりごつくて、伝統的なライダーらしさみたいなものがまったく感じられませんでした。
それに、仮面”ライダー”なのに、バイクは一切出てきません。登場する雰囲気すらなかったんです(※主人公専用バイクは存在するようです)。
そこで、いったい何にrideするのか、と一生懸命考えたんですけど、おそらく霊魂が”乗り”移るにかけているのだと思います。
この制作サイドの感性もかなり難解です。子供たちはついていけるのかな…。

ただ、このrideはやっぱりちょっと苦しいですよね。
もともとの『仮面ライダー』は、オートレーサーの本郷猛が、バイクを高速で疾走させることで、腰に巻いた変身ベルトのファンを回して、そのエネルギーで仮面ライダーに変身するという設定だったはずです。
バイクによるアクションシーンも豊富だったと聞いています。

仮面ライダーがなぜバイクに乗ったヒーローだったのか、その理由は私も知りませんが、おそらく、1971年の放送開始当時、世界のオートレースシーンを日本のメーカーが席巻していたせいだと思うんです。
バイクが日本の工業技術の代表であり、それが世界を打ち負かすことで、当時の日本人は大きな勇気と興奮を得ていたに違いありません。
そして子供や若者はカッコいいバイクに憧れ、仮面ライダーが生まれた、ということなのではないでしょうか。

また、その世相でいうと、60年代というのは遺伝子の暗号が解析され、いまでいう遺伝子工学の基礎の部分が進歩し、ひとびとが色んな空想を膨らませた時代でもあります。
その空想は、遺伝子研究が人類を豊かなものにするという期待と同時に、果たしてそれは人類が手を触れていい研究なのかどうかという恐れや迷いであったはずです。
そして、みなさんご存知のように、初代仮面ライダーはバッタの遺伝子を使った改造人間です。
この設定には時代が大きく反映されているといっていいでしょう。

ようするに、1971年放送の『仮面ライダー』というのは時代の最先端を疾走していたわけです。
現代の我々はそれを振り返って、時代を感じることができます。
子供の頃はヒーローものとして純粋に楽しんでいたひとも、大人になって色々と考えさせられ、いっそうこの作品が好きになったに違いありません。
では、いわゆる〈平成ライダー〉はいまの子供たちに何を残すでしょう?
制作サイドはもっと”未来”を見て欲しいと思います。それは”いま”を見ることなんです。

ちなみに、仮面ライダーは伝統的にキックが必殺技で、『仮面ライダーゴースト』でもそうなっていましたけど、初代のそれは”バッタの跳躍力”があってのものなんです。
つまり、バッタの改造人間でなければ、キックが必殺技である必然性はありません。
制作サイドは、”過去”もよく見るべきです。

…と、ここまで否定的に書いてきちゃいましたけど、私は『仮面ライダーゴースト』も大いに楽しめました。
まず、テンポがいい。ラーダースーツのデザインがカッコいい。そして若い役者さんたちの熱演が眩しい!
これは、いまのライダーシリーズが若い役者さんたちにとって、登竜門的な位置づけになっているせいでしょう。ここから人気者になってやろう、成り上がってやろう、という意気込みが痛いくらいに伝わってきます。
若者たちはやはり”未来”を見ていますね!
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かつしき

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