ハリルジャパン、しばらくは我慢の時期

世界各地で行われているロシアW杯予選もいよいよ決着のときを迎え、悲喜こもごもの光景が繰り広げられるなか、オランダやチリ、アメリカが出場を逃すというニュースは世界のサッカーファンに大きな衝撃を与えました。
現代のサッカーは各国の実力差が縮まり、ちょっとしたことが天国と地獄を分けてしまうのでしょうねえ。
我々の日本代表だって久しぶりに緊張感のある最終予選でしたし、あの運命のオーストラリア戦(ホーム)でゲームプランがバッチリはまったから良かったものの、ひとつ間違えればいま頃は大陸間プレイオフの対戦相手の分析をしていたかもしれません。

というわけで、そういう危機に陥らなかった日本代表は世界各国が必死の一戦を迎えるなかの国際Aマッチデイウィークをホームでの親善試合に当て、10月6日にニュージーランド、10日にハイチと対戦しました。
対戦が決まった当時のFIFAランクは日本44位で、ハイチ55位、ニュージーランド123位でしたから、相手は割と”格下”。
”強化”という意味ではどこまで有効かわかりませんが、代表を運営するための資金稼ぎとしての興行は必要ですし、世界中で予選をやっている時期にそんなに強い国と対戦することもできませんから、多くを望んでも仕方ありません。
(※来月は欧州遠征でブラジルとベルギーと対戦するのでそちらを楽しみにしましょう。)

そんな状況のなか、ハリルホジッチ監督は「新しい選手を試す」と明言した上で、長谷部誠(怪我)や本田圭佑、岡崎慎司というチームの柱を招集しなかったことで、”テストマッチ”の様相が濃くなったわけです。
ところがニュージーランド戦のスタメンは、GK川島永嗣、4バックは長友佑都・槙野智章・吉田麻也・酒井 宏樹、ダブルボランチに井手口陽介と山口蛍、トップ下に香川真司、前線が武藤嘉紀・大迫勇也・久保裕也。
あまり目新しい顔ぶれでもありません。
おそらくトップ下を置いた4-2-3-1のテストだったのでしょう(いつもは4-3-3)。

試合の方は引き気味のニュージーランドに対し、日本が攻勢に出る序盤は香川のシュートがポストを叩くなど、得点の匂いがしたものの、時間経過とともにニュージーが日本の攻めに対応してゆくと、逆に日本がニュージーのハイボールを使った攻めに苦しむという前半。
日本の前線の選手たちはアピールしたいという気持ちが空回りしていたかもしれません。フィニッシュの精度があまりにも低すぎました。

0-0で折り返した後半は、4分の山口のシュートが相手DFの手に当たったPKを大迫が決めるというラッキーな先制点。
これで流れに乗って欲しいところでしたけど、ビハインドのニュージーがガンガン攻めてきて、日本は防戦一方。
そしてダムが決壊するように14分に同点弾を食らってしまうわけですが、長友と井手口は相手のドリブルに対応できず、吉田と酒井はハイボールの競り合いにあっさり敗れるのですからガッカリしました。

このチームの不甲斐なさに呆れたのか、ハリル監督は失点のすぐ後に香川→小林祐希、大迫→杉本健勇という交代カードを切り、布陣も4-3-3に。
すると小林がインサイドハーフに入った左サイドが活性化し始め、25分に武藤→乾貴士に代るとさらにそれが加速し、流れは完全に日本へ。
しかし、フィニッシュがどうしても上手くゆきません。
トップに入った杉本も、右サイドの久保と途中で交代した浅野拓磨もなにか工夫が欲しかった。
42分に乾からのクロスを酒井がヘッドで折り返し、途中出場の倉田が執念のヘッドで勝ち越しゴールを挙げてくれましたけど、雨天とはいえ、なんともじれったい試合でした。

ニュージー戦の後、不機嫌を隠そうともしなかったハリル監督は10日のハイチ戦ではスタメンを大幅に入れ替え、GK東口順昭、4バックが長友佑都・槙野智章・昌子源・酒井高徳、ボランチに小林祐希と遠藤航、トップ下が倉田秋、前線に乾貴士・杉本健勇・浅野拓磨。
あまり見たことのないメンバーだけに連携は不安でしたけど、フレッシュさが勢いになったのか、序盤から日本が積極的で、前半7分に長友のクロスから倉田のヘッドで先制すると、17分には前線のパス回しから倉田がシュート!これは相手GKに弾かれたもののこぼれたところに杉本が詰めて代表初ゴール!おめでとう!

こうして大量得点祭りになるかと思われたゲームでしたけど、やはり守備では連携面の問題が顕著で、28分にハイチのドリブルへの対応が後手に回って1点取り返されます。
前半は日本が攻める時間が長く、ハイチのシュートの本数は少なかったものの、攻めの危険性でいえばハイチが上回っていた印象ですね。

後半頭の日本は浅野→原口、長友→車屋紳太郎の交代。
おそらく予定通りの交代でしょうけど、不安定だった最終ラインに初代表の車屋を入れるのですからハリル監督も思い切ったことをするものです。
なんて思っていたら、ハイチが素早くリスタートしてきた8分、それの対応にもたついてしまうとあっさり同点に。
代表の面々はW杯出場が決まって気が抜けているのでしょうか。

そんな選手たちットは裏腹にいつも気合だけは入っているハリル監督は11分に小林→井手口、14分に倉田→香川、さらに19分には杉本→大迫を投入し、勝利への執念を見せますが、ハイチが守りを固めていたこともあって、日本はアタッキングサード内でシュートを撃つことすらできません。
すると33分、左サイドからのハイチの攻めに日本守備陣がずるずると下がると、プレシャーのないところから相手が狙いすましたミドルシュート!
これが緩やかな弧を描きながら日本ゴールに突き刺さり、まさかの2-3(東口はなんとかセーブできなかったのか)。

そこからの日本はチーム全体の動きが重く、必死さを感じさせるのは原口くらいなもので、敗色濃厚でしたけど、アディショナルタイムに原口のスルーパスから左サイドをえぐった車屋がクロス、これを酒井がシュートしたボールの角度を香川が上手く変えて、3-3に!奇跡の同点劇でしたね!
FIFAランクはW杯のGLの組み合わせにも影響しますし、同点で終わって本当に良かった。
選手たちはみんな負けたような顔をしていましたけど…。

というわけで、残念ながらこの2試合は収穫らしいものはほぼありませんでした。新戦力の発掘は失敗してといっていいでしょう。
収穫があるとしたら、トップ下を置いた布陣がこのチームにはフィットしないとわかったことです(香川がフィットしないとも)。
そして、長谷部や大迫、吉田や川島、長友と酒井(宏)といった中心選手には”代わりがない”ということもよーくわかりました。
ハリル監督は今後も粘り強く発掘作業を続けてゆくかもしれませんから、我々にとっては我慢の時期ですね。
試合結果に一喜一憂しないようにしましょう。

すべてはW杯で躍進するためです!
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善光寺は長野市民の宝

ヨーロッパから長野市に観光にいらしたひとが、善光寺を見て、「自分たちの聖堂に似ている」といったという話を耳にしたことがありますが、おそらく丘の上から街を見下ろす大伽藍がそう感じさせたのでしょう。
私はヨーロッパを旅したことがないので実際にはわかりませんが、映像や文献などでそういう都市をいくつか見たことがあります。ぱっと思い浮かぶのはイタリアのジェノヴァでしょうかね。
また、その”似ている”はロケーションの問題だけではなく、善光寺の本堂の印象が「他の日本のお寺とは違う」ためだというのです。
これは私にもなんとなくわかるような気がします。

まず、一番の違いは本堂に”本尊”が見当たらないことでしょうね。
善光寺の本尊は”絶対秘仏”として有名ですが、数百年もの間、厨子の奥にしまわれ、住職に位置する歴代の貫主さまや上人さまでさえ拝んだことがないといわれていますし、本尊の身代わりである”前立本尊”ですら6年ごとにしか開帳されないため、普段の善光寺はいわば主不在の状態なんです。
こういうお寺は日本にも世界にもほとんどありません。
そもそも、お寺の本堂というのは”本尊を拝むためにあるお堂”のことをいうのですからね。
善光寺というのはその点でも”お寺らしくないお寺”ということができるでしょう。

もっとも、この”本尊がない”という状態は仏教寺院では珍しいものの、偶像崇拝を禁じるキリスト教プロテスタントやイスラム教ではそれが当たり前のことですから、外国人目線でいえば、こちらの方が慣れ親しんだ寺院(教会)の様子であり、それでもって「自分たちの聖堂に似ている」という感想が漏れたのかもしれまえん。
また、善光寺の本堂は普通のお寺とは違って、外陣までなら誰でも入れるので(法要は内陣)、そこでいつも多くのひとが手を合わせているのですが、目の前に本尊がいないので、なにかに向かって拝んでいるわけではなく、その信仰は手を合わせるひとの内面にあるわけです。
その様子もまた西洋の教会に似ているのかもしれません。

そのように仏教寺院らしくない善光寺ですが、もうひとつの特徴があって、実は”宗派”というものがないんです。
普通のお寺は浄土宗だとか真言宗だとか曹洞宗だとか宗派が決まっているわけですが、それがないんですから本当に変わっています。
でも、だからこそ、どんな宗派の方でも受け入れてくれますし、さらにその考えが発展し、いまではどんな”宗教”の方でもウェルカム!といっているのですからなんという度量の大きさなのでしょう。
善光寺本堂は総檜皮葺の建物としては日本一の規模だそうですが、その度量こそが真の日本一だと私は思います。

…しかし、誰にでも門戸を開く善光寺の大らかさというのは、性根の腐った人間にとっては、格好の餌食なのかもしれません。
昨日10月8日(2017年)、善光寺の本堂や宿坊、その周辺に100ヶ所もの落書きが見つかるという事件が発覚しました。
”善光寺の落書き”といえば、チベット弾圧を理由に北京五輪の聖火リレーのスタート地点になることを断った08年に、その報復としか思えないタイミングで本堂の柱などが汚されましたが、その犯人はいまだに捕まっていません。
今回は広範囲の犯行なので、どこかの防犯カメラにも映っているでしょうし、長野中央署はその威信にかけてこの不心得者をしょっ引いて欲しいものです。

長野市民は善光寺ほど大らかではありません。
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信州からのカッコいい刺客

希望の党の小池百合子代表といえば英語が堪能で、日本語での会話のなかでも聞き慣れない英単語を織り交ぜるようなお方ですから、和製英語は似合わないはずですけど、今日10月6日(2017年)に発表した衆院選の選挙公約のお題は〈ユリノミクス〉。
聞いているこっちが恥ずかしくなってきました。
しかもその3本の矢ならぬ12本のゼロがまた場当たり的で、
①原発ゼロ②隠ぺいゼロ③企業団体献金ゼロ④待機児童ゼロ⑤受動喫煙ゼロ⑥満員電車ゼロ⑦.ペット殺処分ゼロ⑧フードロスゼロ⑨ブラック企業ゼロ⑩花粉症ゼロ⑪移動困難者ゼロ⑫電柱ゼロ
どれも有権者の賛同を得られるような政策でしょうけど、国政と地方行政がごっちゃになっていますし、原発とペットが同レベルで語られることには違和感を禁じ得ません。
耳障りのいいフレーズを並べていたら公約を作っている側もわけがわからなくなってしまったのでしょう。

また、”隠ぺい”や”ブラック”でいえば、音喜多俊都議と上田令子都議が「都民ファーストの会は情報公開が徹底されてない」「小池知事空の圧力で自由に活動できない」「毎月21万円を党に上納しているが使い道を教えてもらえない」といった理由で都民ファーストから離党(10月5日)していましたけど、彼らの主張が本当ならば、小池さんはすでに公約を反故にしていることになります。
まあ、都議選からわずか3ヶ月で離党者を出すのですから、少なくてもリーダーシップは欠如しているということでしょうね。

音喜多議員たちの指摘以外にも、小池さんの希望の党は出だしから矛盾だらけです。
なにしろ、”保守の党”を自称しているくせに、つい先ごろまで「安保反対!」「改憲反対!」と叫んでいた民進党の議員を大量に引き受けているのですからね。
小池さんは9月29日の記者会見で「考え方が一致しないひとは排除する」という方向性を示していたものの、それだと政権交代=過半数獲得する候補者を立てらないとわかったのか、10月3日の1次公認では民進党の”転向組”が名を連ねているのですから、私もさすがに呆れてしまいました。
多くの国民が同じように思ったのではないでしょうか。
なんでもいいから数を揃えようというのは野合に他なりませんし、そんな形で国政を担っても上手くゆくはずがありません。
小池さんも民進党もあまりにも無責任です。

そしてその無責任でいえば、厚顔無恥な変節をしている民進党の前・元議員たちは、有権者や支持者にいったいどうやって説明しているのでしょう?
私の地元長野1区でも、民進党の篠原孝前議員が3日の公認発表後に行われた地元の会合で、支持者たちから希望の党ではなく無所属で出馬するよう強く要請されたとの報道がありました。
篠原さんはいわゆる左派であり、安保や憲法に対する考え方も小池さんとは180度違うので、その支持者だって希望の党に加わることに賛成するはずもありません。
篠原さんはその場ではどうするのか明言せず、支援者たちの声を「重く受け止める」といってその場を後にしたようです。

そして翌4日に開かれた民進党長野県連の記者会見で、篠原さんは希望の党の公認を”辞退”し、無所属で出馬すると発表。
「小池さんの靴は舐めない。私には政治家として歩んできた14年間の矜持がある!」
きりっとした表情でそう語る篠原さんの様子が全国ニュースにも流れていたかと思います。
しかし、こうして”筋を通した”篠原さんですが、その横には希望の党から出馬する民進党の”転向組”が並んでいたんですよね。
すごく居た堪れなかったと思います。
あんただけカッコつけるなよ!っていう声が聞こえてきそうでした。

そもそも篠原さんにそんな強い矜持があれば、29日に小池さんが「排除」をいってすぐに態度を鮮明にしてもよかったんです。
野田佳彦元総理や枝野幸男前議員などはすぐに諦めたじゃないですか。
それなのに篠原さんは最後まで決断を引っ張って、公認発表後に断ったのですから、「俺は最初からおかしいと思っていた!」みたいなことをいうのはあまりカッコよくありません。
他の民進党のひとたちに比べたらいくらか”まし”という程度なものです。

しかし、この”まし”が光輝いて見えるのですから、民進党と希望の党がどれだけ酷いかわかるというものです。
正論をまき散らす篠原さんは小池さんと希望の党にとっての最悪の刺客になるかもしれませんね。
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日本にリベラル政党ってあるのでしょうか?

希望の党の小池百合子代表が、民進党との合流について記者から「リベラル派をどうするのか?」と聞かれ、「排除する」と明言したことで、行き場をなくした民進党の枝野幸男代表代行が新党を立ち上げたのが昨日10月2日(2017年)。多くのマスコミはこの新党を「リベラルの受け皿」と呼んでいます。

それにしても、この〈リベラル〉という政治用語は日本ではいつ頃から一般的になったのでしょう?
たとえば、日本社会党(1945年-96年)は「リベラル政党」と呼ばれたことはなかったはずです。
おそらく、社会民主連合の田英夫氏が94年に〈新党護憲リベラル〉を結成したことが嚆矢であり、98年に”保守”の自民党に対抗する形で民主党が誕生した時に、マスコミや”進歩的”知識人がそれを「リベラル」と呼び始めたことで、少しずつ定着していったのだと思います。

しかし、私は日本の政治における”リベラル”というのがなんのかいまだによくわかりません。
リベラル(自由主義)がいうところの自由というのは、簡単にいうと”個人の自由”です。
国家や宗教、伝統的権威や価値観から「個人の権利を守ろう」という考え方です。
これはもちろんヨーロッパで生まれたものですが(18世紀)、その背景に王政とカトリックによる支配の強さがあったのはいうまでもありません。
そこには身分差という絶対的な格差があり、多くのひとびとは自由を制限されていたわけです。

もちろん、現代のヨーロッパは民主主義に染まり、そういう中世・近世的な格差はなくなりましたが、”キリスト教的価値観”と”階級差”と”人種格差”は残ったままです。
そして産業革命以降、”貧富の格差”も広がり続けています。
そういう伝統的価値観の押しつけや型にはまった社会制度から個人を守り、格差をなくそうとするのがリベラルといっていいでしょう。
ヨーロッパや、その属国として生まれたアメリカにリベラル政党が存在するのは、歴史的・社会的背景があるからです。

翻って我々の日本ではどうなのでしょう?
階級差や人種格差を感じることのあまりない国ですし、特定の宗教がひとびとの価値観や社会制度に強く影響を及ぼしているということもありません。
(※欧米で議論になる結婚制度や同性愛や中絶問題、死刑の是非などはキリスト教と関係があります。)
ですから私は「日本のリベラル政党」と聞いてもまったくピンとこないんです。
欧米と比べると、日本というのはずいぶんと”個人の自由”が守られた国です。
むろん、細かな格差や差別はあるでしょうし、貧富の格差だけは監視を怠ると広がり続けるので注意が必要ですけど、それらを現実的に是正してきたのは”保守”であるはzの自由民主党なのですから、自民党こそが日本のリベラルなのかもしれませんよね。
逆に日本でリベラルを自称する人間や団体は、自由を”自分勝手”と勘違いしていることが多いような気がします(民進党がまさにそれ)。

また、そのリベラルですが、世界的には社会主義や共産主義のことをリベラルとは呼びません。
ソヴィエト連邦や旧東欧諸国、中国やキューバや北朝鮮を見ればわかることです。
社会主義や共産主義が生むのは個人を抑圧する独裁国家です。
ですから、枝野新党や共産党をリベラルと呼ぶのは間違いなのです。
正しくは左翼や革新、極左です。
もちろん、彼らが目指す先には”個人の自由”はありません。
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破壊と嘘の後に残るのはゴミ

長野県といえば”キノコ王国”として知られ、山々で天然物が豊富に獲れるのはもちろん、ホクト(AC長野パルセイロの胸スポンサー)に代表されるようなキノコメーカーもたくさんあって、小売店には何種類もの商品が所狭しと置かれています。
いまは食欲の秋ですからキノコが本当に美味しいですよね。

そんなキノコ商品でも、最近増えているのが”カットキノコ”。
石突きが切られた状態なのですぐに使えてなかなか便利なんですけど、これは消費者のニーズで増えたものではなく、長野県による〈家庭ゴミ減量推進事業〉の影響なんです。
どういうきっかけでこの事業が始められたのか知りませんけど、ここ数年の長野県は本当に頑張っていて、2014年度と15年度は過程ゴミ排出量が少ない都道府県1位でした。
長野県といえば、”自然に溢れた美しい県”というイメージですけど、”ゴミが最も少ない”という事実は、そのイメージをより高める効果があるかもしれませんね。

そんな風に長野県が努力をしているなか、昨日9月30日、それを踏みにじるような大量のゴミが県内に届いたそうなんです。
それは”民進党”のポスターやチラシ数千枚。
この2017年10月の選挙で民進党は「党として公認を出さない」という異常な方針を定めたものの、前原誠司代表の決断が唐突だったせいで、すでに刷り上がっていたポスターとチラシが全て無駄になってしまったわけです。
長野県内の民進党スタッフは「ゴミが届いたようなものだ」と呆れ、10日の公示が迫るなか、新しいポスターやチラシをどうしようか頭を悩ませているそうです(読売新聞)。

その混乱の原因のひとつは、前原代表が「民進党所属議員を全員希望の党に合流させる」と説明しているのに対し、希望の党の小池百合子代表が「安保反対、改憲反対のひとは受け入れられない」という立ち場を取っていることにあります。
このままでは一部の民進党議員は宙ぶらりんのじょうたいで選挙戦に臨まねばなりません。
そして、長野県といえばキノコ王国と同時に、左派王国(民進王国)としてもよく知られているように、県内の民進党議員は左派色が強いひとばかりなので、希望の党に加わるのはちょっと難しい気配なんです。
そういうひとたちは無所属で出るのか、はたまた左派新党を結成するのか、それが決まるまでは選挙活動の方針もしっかり固まるはずがありません。
選挙戦序盤での出遅れは致命傷にもなりかねませんから、自分たちをゴミのように排除しようとする小池百合子代表への怨嗟は深いものがあるでしょうね…。

しかし、その小池百合子代表の希望の党も、左派選別のせいもあって、どうやら公認候補の数が衆院の過半数(233)に到達しないらしく、明言していた「政権選択選挙」は始まる前から実現不可能な情勢のようです。
まあ、そもそも「政権選択」といいながら、党の代表である小池氏が衆議院選挙に出馬しない意向を示しているのですから、首班指名をどうするのかという点でも、すでに矛盾しているんです。
「政権選択」という掛け声も、希望の党を”政権交代可能な政党”というイメージで糊塗することによっての票稼ぎにすぎません。
小池代表は確信犯的に嘘をついているといっていいでしょう。
そして、希望の党に殺到している民進党前議員たちも、安保法案と集団的自衛権について、なんの説明もなく反対から賛成に転向するという嘘をついているのですから、”虚言の党”の方がしっくりくるというものです。

おそらく、小池氏の”野望”というのは、自民党にとって代わるのではなく、左派政党(民進党)を潰し、自民党の票を削った上での”自民+希望の保保連立”であり、そこでイニシアティブを取った自分が総理大臣になることなのだと思います。
ただ、今回はあまりにも準備不足なので、狙うのは次以降の総選挙でしょう。

問題はそれまでに小池氏の化けの皮がはげないかどうかです。
破壊は得意な小池氏ですけど、創造はできるのでしょうか?
都政はなにか進みましたか?
小池氏の野望と民進党前議員の我欲が国民にとっての希望なのですか?
有権者は冷静に見極めるべきでしょうね。
そうしないと、後でゴミの始末に苦しむことになってしまいます。
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かつしき

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